17『ピスタチオと幽霊』
「最近は暑くなってきましたからね。熱中症対策としてアイスを食べるのも当然です」
「なんて都合のいい免罪符。……その理論だと、冬はお汁粉を食べるのが義務になりそうだけど」
「お汁粉も甘くておいしいので構いません」
「毎日は嫌かな……」
ノクシアの訓練場へと向かう道中、俺たちはコンビニに寄り道していた。
七瀬さんことシルバの、たっての希望に押し切られた形だ。
この人、最初はあんなに魔法少女に変身するのを嫌がっていたのに、今やその羞恥心はどこへやら。
むしろ「おじさんの姿だと気後れして買えなかったスイーツが堂々と買える!」と、完全に味を占めて大喜びしている。
「そのうち、表参道あたりの小洒落たスイーツ専門店とかにも殴り込みそう」
「さすがに一人で並ぶのは恥ずかしいので、その時はエレナさんも巻き込みます」
「巻き込まないで……。っていうか、シルバはいいの? 今のその、限界突破したスタンスで」
俺の呆れ顔をよそに、シルバは早くも二個目のアイス(ピスタチオ味の高級なやつ)の袋を破いている。
魔法少女の肉体はどれだけ糖分を摂取しても太らないし肌荒れもしないというチート特性をフルに悪用していた。
やりたい放題である。
「変身できるようになってからの最初の一週間、ベッドの中で頭を抱えて思い詰めた結果、脳のスイッチが切り替わって開き直ったんです。カミィさんも、魔法少女の力は好きなように使っていいとおっしゃっていましたし」
「『好きなように』のニュアンス、絶対にそれじゃないと思うんだけど」
『確かに僕が想定してたのとはちょっと違うけど、これはこれでエンタメとして最高だからアリだね!』
「うわっ、いたのか!? カミィ」
『ひどいな、僕はいつだって君たちを愛をもって見守っているさ☆』
ウインクのSEが見えるくらい、最高にウザかった。
『ところでさ、君たちもなかなか面白いよね』
「と言うと?」
『だって、君たちが望んでいるのって“平穏な生活”でしょ? だったら魔法少女として強くなろうなんて思わずに、家でゲームでもしてればいいじゃん』
確かに、一理ある。
今までの人生、放課後に俺がすることなんてゲーム一択だった。
魔法少女に変身して特訓に明け暮れるなんて、摩訶不思議な非日常に足を踏み入れるはずじゃなかったんだ。
「……少なくとも年に一度くらいは、身近に怪物が出現するだろ。その時に、自分と周りを守れるだけの力が欲しい。それが俺たちの最低限の目標だよ。な、シルバ?」
「はい。もう二度と、大切な友人を怪物の被害に遭わせたりしません」
凛とした、真剣そのものの表情でシルバは宣言する――が、いかんせん口の周りにピスタチオの緑色のクリームが盛大に付いている。締まらない。
俺はポケットからポケットティッシュを引き抜き、その口元を無言で拭ってやった。
『なるほどねぇ。……まあ、平穏な生活が送れるよう祈ってるよ』
「カミィらしくないな。お前はもっと、スリルのある物語を求めていると思ってたんだけど?」
『日常系も大好物なんだよ。中身が男の魔法少女が織りなす日常なんて、最高にエキサイティングだと思わないかい?』
「……さいですか」
シルバが完全に食べ終えたのを見計らい、俺たちはコンビニを後にした。
向かう先は、コンビニの裏手にひっそりと佇む寂れた路地。すっかり日が暮れたことも手伝って、いかにもお化けが出そうな薄暗い雰囲気が漂っている。
そんな不吉なことを考えていたせいだろうか。
異様な静けさに満ちた路地の奥、闇に溶け込むようにして、ひとつの人影が佇んでいた。
「みぃつけた……」
「ひぃっ……!」
隣でシルバが短い悲鳴を上げる。
俺も辛うじて声を呑み込んだものの、心臓は早鐘を打っていた。
「エレナちゃん……シルバちゃん……こっちにおいでぇ……」
「……幽霊系の怪物、か?」
「そっ、そうですよね……! 幽霊なんていませんよ、科学的に考えて……!」
シルバは必死に科学を持ち出して自分を鼓舞している。
だが、男子高校生とおっさんが魔法少女というメルヘンの極みになっている時点で、科学もへったくれもないと思う。
「エレナちゃん……シルバちゃん……みつけたよぉ……」
「うわっ、近づいてくる!」
「エレナさん、戦闘準備を!」
ずるり、ずるり。古びたアスファルトを擦る音が、無風の暗闇にやけに響く。
この恐怖を煽る演出、間違いなくタチの悪いタイプの敵だ。
タイミングを合わせたかのように、寿命の近い街灯がチカチカと明滅を繰り返す。
その弱々しい白光が、ゆっくりとこちらへ歩み寄る不審者の姿を捉えた――。
「……ん?」
「あれ……?」
俺とシルバの思考がフリーズする。
照らし出されたのは、夜闇に映える銀髪と、鋭い赤い瞳。そして、仕立ての良い白のロングコート。
そこにいたのは、口元をニヤつかせ、笑いを必死に堪えている魔法少女だった。
「ノーラ……!?」
「ふふふ……っ、あははっ! 引っかかったぁ!」
お腹を抱えて笑い出したのは、政府所属の魔法少女・ノーラ。
俺たち野良の魔法少女の保護――もとい『捕獲』を義務づけられている、この世で最も遭遇してはいけない天敵だった。




