13『被害者と加害者』
「こちらこそよろしくな、藤堂さん」
「茜でいいって。二人はノクっちの訓練場に来るのは初めてって感じ?」
「ああ。茜はノクシアさんと面識があるのか?」
「ないよ。パンドラ・ネットが登場してから二年は経つけどさ、ノクっちは正体不明のままなんだよねー。なんかかっこよくない?」
ノクシアの投稿は全て『お役立ち情報』で占められている。
彼女のプライベートが綴られた投稿は皆無で、私生活を推測できる内容すら見当たらなかった。
「確かに、ミステリアスでかっこいいかも」
「おっ! エレナちゃんは話が分かるねー」
「……そういうものなのですかね?」
俺と茜がノクシアの神秘性で盛り上がっているなか、シルバは首を傾ける。
生粋の会社員である彼には、『SNSとは第二の名刺』であるという考えが染み付いているらしい。
「この扉の先が訓練場だよ。今はうちら以外いないみたいだし、好き放題暴れ回れる」
茜が重厚な樫の扉を、勢いよく押し開いた。
――その先に広がっていたのは、静寂に沈む無人の都市。
「夜の……東京?」
「ここって亜空間の中ですよね……? まさか、外に出たわけじゃ……」
俺とシルバは、呆然と目の前の光景を見つめるしかなかった。
そんな俺たちの絵に描いたような驚き顔を見て、茜が「ニシシ」と悪戯っぽく破顔する。
「ふふっ、その顔が見たかったんだ! うちもさ、初めてここに来たときは全く同じ顔になったんだよね」
茜に手招きされるまま、俺たちは扉の向こう側へと足を踏み入れる。
人っ子一人いない歩道。
閑散とした車道には、衝突したまま放置された乗用車。
この、世界が急に止まってしまったかのような光景には、強烈に見覚えがあった。
「これって……怪物が出現したときの、東京か?」
「そっ! 訓練するなら、本番と全く同じ環境の方がモチベーション上がるでしょ?」
「確かに。無機質なトレーニングルームじゃ実践的じゃないか」
先行していた茜が、スクランブル交差点の中央で足を止める。
「ここで戦おう。うちが二人に訓練つけてあげるよ」
「いいのか?」
「うん。どうせ暇だしねー」
茜は片足を真横に伸ばし、テンポよく準備体操を始める。
アキレス腱を伸ばし終えると、今度は肩甲骨を大きく回し始めた。
「そういえばさ、二人ってどうして強くなりたいの?」
ゆっくりと腕を回しながら、茜が疑問を口にする。
その問いに間髪入れずに答えたのはシルバだった。
「後悔したくないからです」
「というと?」
「先日、友人が行方不明になりました。……もし、私にもっと力があれば、彼は無事だったかもしれない。そう、思わずにはいられないんです」
シルバは両拳をきつく握りしめ、悔しさに声を震わせる。
あの日、自分がもっと早くグリフォンを倒していれば、吉川さんは怪物被害に遭わずに済んだはずだ。
その自責の念が、今も彼の胸を焦がし続けている。
それを聞く茜の横顔は、真剣そのものだった。
いつも絶やすことのなかった朗らかな笑みが、嘘のように消えている。
「……わかるよ」
「茜さんも、同じようなご経験が?」
「うちの場合はさ、魔法少女になる前の話だけどね。……『力があれば、あの人を助けられたのに』って、何度も、何度も思った。だから、シルバちゃんの気持ちは痛いほどよく分かるよ」
そこまで言って、茜はハッと我に返ったように、照れ隠しでぶんぶんと首を振った。
「ああー、今のなし! 今のなし! 超絶黒歴史案件だから忘れて!」
真っ赤になって慌てる茜を、俺とシルバは自然と温かい目で見つめていた。
――だが、二人はまだ知らない。
目の前で恥ずかしそうに身をよじる茜こそが、吉川を拉致した張本人であることを。
吉川は怪物に襲われた不運な犠牲者などではなく、生贄の頭数として彼女に狩られたのだということを。
そして茜もまた、知らない。
あの日、誘拐の最中に吉川が口にしていた『七瀬さん』という名の人物が、今、目の前で悔し涙をにじませているシルバその人であるということを。




