12『ゴミ箱に詰まるロマン』
パンドラ・ネットで魔力の扱い方について調べた結果わかったのは、とにかく慣れろということだった。
魔法少女の能力は新品の革靴と同じようなもの。
最初は硬くて靴擦れを起こすが、歩いているうちに自分の足の形に馴染んでいく。
魔力というものは自分の体に合わせた『型』を現場で叩き込んでいくものだ。
以上のように、パンドラ・ネットの創設者であるノクシアが投稿していた。
要は、とにかく魔法少女の力を使えということである。
「シルバ。もう少しで到着するから、もうちょっと我慢してくれ」
「女性の姿で外を歩くなんて……」
「訓練場に着くまでの辛抱だから」
ノクシアがわざわざ野良の魔法少女たちのために設けた訓練場。今、俺たちはそこへ向かう途中にいる。
訓練場には先客がいる可能性もあったから、最初から魔法少女の姿で向かうことにした。
「この姿で外を歩いているわけだけど……全然バレないな」
「服と髪型を変えたこと、あとは黒のカラコンを付けているのが大きいと思います」
隣を歩く七瀬さんことシルバの姿は初期衣装とは打って変わっていた。
目隠しとして巻かれていたワイヤーが取り外され、本来は青色の瞳が慌ただしく動いている。
向かいから通行人がやってくるのを見るたびに、白いパーカーの裾をぎゅっと掴んでは恥ずかしがっていた。
「中身がおじさんの癖にあざとい」
「やめてください!」
俺はというと、ジーパンにポロシャツという何の面白みもない格好だ。
この服装に着替える時こそ恥ずかしかったが、エレナの姿で外を歩くこと自体にはあまり恥ずかしさを感じない。
「あのコンビニの裏路地に入ればいいんだっけ?」
「パンドラ・ネットにはそう書いていましたね」
時刻は19時。
コンビニは買い物客で賑わい、店前でスイーツを堪能する女子高生の集団もいた。
羞恥心で染まっていたシルバの瞳がキラリと輝く。
「スイーツ……! いいですね。この姿なら買うのに抵抗もありません」
「魔法少女の時に食べた物ってどうなるんだろ?」
「カミィさんに聞いたのですが、全て魔力に変換されるそうです。……つまり、暴食し放題ということです!」
シルバの歓喜の叫びに、女子高生たちの喋り声が一瞬止まった。
それに気付いたシルバが、恥ずかしそうに背中を丸める。
「……と、ともかく。体重や胃もたれを気にせず、焼肉やスイーツを堪能できるんです」
「中年になると焼肉が食べれなくなるって本当なんだ」
名残惜しそうに足をもつれさせるシルバの腕を半ば強引に引っ張り、俺たちは裏路地へと滑り込んだ。
賑やかな表通りが嘘のように、そこは濃い闇が支配する別世界。
頼りない街灯が、今にも消えそうなほどか細い光を辛うじて落としているだけだった。
「このゴミ箱の中が訓練場……なんだよな?」
「開けてみましょう」
シルバが恐る恐るゴミ箱の蓋を手に取り、ゆっくりと持ち上げる。
露になった内部を薄い月明かりが照らすが、底は闇に包まれたままだ。
俺はポケットからスマホを取り出し、ライトで照らす。
底が空いている――という訳でもなく、真新しいビニール袋がゴミ箱の内側を覆っていた。
「ノクシアさんはゴミ箱に入れと書かれていましたよね」
「太ってる人はどうするんだろ?」
「……変身すればいいのでは? 魔法少女は太らないわけですし」
呆れた声と共に、シルバが右足をゴミ箱に突っ込む。続いて左足も器用にゴミ箱に収納した。
おじさんの姿ならすごい苦労していたと思う。
「足が上がらないです!」と言ってパニックになる七瀬さんの姿が鮮明に脳裏に浮かんだ。
何も起きないことを不思議に思ったシルバが、ゴミ箱の縁をトントンと2回叩く。
「何も起きま――」
「シルバ……!?」
シルバの声が途切れ、慌ててスマホを持ち上げる。無駄に眩しいライトが、空のゴミ箱を白々と照らした。
急いで交互に首を振るが、裏路地に人の気配はない。
「本当に、亜空間の入り口だったんだ……」
ノクシアの能力は空間を操作すること。
彼女は自身が生み出した亜空間の入り口を、日本各地の目立たない場所に配置しているのだ。
「とりあえず、俺も入ってみるか」
片足ずつ入れるのが面倒だったため、ジャンプして両足同時にゴミ箱へ入れる。
それから縁を2回叩こうとするが、それより早く視界が暗転した。叩くことが転移の条件ではなかったらしい。
瞼は開いているのに、視界は相変わらず暗いままだ。
5秒経ち、10秒経って、胸の高鳴りは興奮から不安へと変化する。
「……大丈夫。訓練場を利用した人のスレもたくさんあったし」
自分を安心させるために言葉を紡ぐが、軽率だったのではという思考が脳を満たす。
ノクシアはダークウェブを運営する、見ず知らずの魔法少女だったのだ。彼女の亜空間に入るということは、胃に入ることに等しい。
不安が最高潮に達したその瞬間――俺の視界が明転した。
わずかに凹凸を残す漆喰の壁と、足元に広がる無垢材のフローリング。
奥の部屋から漏れ聞こえるのは、音量を絞った軽快なピアノ・トリオだ。
深煎りコーヒーの芳醇な香りと混ざり合い、静謐な廊下を色鮮やかに彩っていた。
「おっ、シルバちゃんの待ち人もきたよ」
シルバの声じゃない。もっと明るく、やけに賑やかな声。
明るさに慣れた俺の視界が、シルバの隣に佇む鮮やかな魔法少女の姿をくっきりと捉える。
「……ギャルだ」
「そうだよー。ギャルと話すの初めてって感じ?」
一見すると黒髪だが、耳にかけたときにだけ覗く、インナーカラーの鮮やかなピンク。
ゆるく着崩した制服から、甘いココナッツの香水が漂ってきた。
「うちは藤堂茜。よろしくねエレナちゃん」




