魔族とバトる弟子②
次にアイリスの姿を視認できた時、今度は魔族の姿が消えた。
これは別に魔族が危機を察知して、その場から高速移動で離れた訳ではなかった。
それを物語る二つの証拠。
一つ目はアイリスが現れた場所、すなわち魔族が立っていた場所でかなりの規模の衝撃波が起こったこと。
そこに立つアイリスの姿が綺麗な右ハイキックのフォームだったことから、おそらく魔族を蹴り飛ばしたのだろう。
ではその魔族はどこにいったのか?
これが二つ目の証拠で、数メートル先にあった大岩の一部が大きく凹んでいる。
「かはァッ……」
その中心地からゆっくり地面に落下する魔族。
まさか魔法を放つ寸前に攻撃されるとは思いもよらなかったため、防御が間に合わずモロにダメージを食らってしまった。
「うわぁ……相変わらず容赦ねえな。」
あのナタリアが引いている。
実はアイリスのこういった行動は初めてではなかった。
以前に一度ドラゴン退治を共に行った際にも同じようなことがあった。
ドラゴンが自身の大技であるブレスの予備動作を行った際に首を切り落としたのだ。
「アイリスって意外と容赦ないよな?」
「いやいや、命のやり取り中に容赦なんてしませんよ。隙があったら殺る。これ鉄則ですよ?」
「そりゃそうか。」
アイリスの意見は至極真っ当だったのでナタリアは納得するしかなかった。
「おの…れ!!貴様卑怯だぞ!」
「命のやり取りに卑怯もクソもあるか。てかそれならいきなり魔法を撃ってきたお前はどうなんだ?」
見事に論破された魔族は何とか息を整え立ち上がる。
「おぉ!さすがの防御力だ。」
「貴様、魔族を舐めるなよ?」
「いやいや舐めてないよ。というより逆だよ逆。」
言ってる意味が分からない魔族は不思議そうな顔でアイリスを見つめる。
「これでも期待してるんだよ?自称でも強い魔族と戦えるんだから。私の力が通用するか試せるでしょ?」
「それを舐めてると言うんだ!!」
アイリスの挑発を真に受けた魔族は、火炎弾を連続して撃ち続ける。
「ハッハァー!俺様を舐めるからこうなるんだ!」
「だから舐めてないって言ってるでしょ。」
黙々と上がる砂煙から姿を見せたアイリスは文字通り無傷。
服には汚れ一つ付いていない綺麗な姿であった。
「な、何故無傷なんだ!?」
「牽制の魔法で怪我するわけないでしょ?」
「な!?」
アイリスの一言に魔族は驚愕する。
(牽制だと!?あれは俺様の撃てる魔法でも威力の高いやつだぞ!?それを牽制だというのか……?)
そこで魔族はアイリスの周りを、光の膜が覆っていることに気づいた。
「なるほどな、多少防御魔法には覚えがあるようだ。」
「防御魔法?あ、これのこと?」
自身の周りにある光の膜。
これは別に防御魔法ではない。
先程の襲撃時、馬車に掛けたのは光の防御魔法であった。
現象が似ているので魔族が勘違いしたのだ。
(これは単に師匠からの言われた修行の一個なんだけどなぁ。説明するのめんどくさいからそのままでいっか。)
面倒くさがりな性格はしっかりと引き継いでいたアイリスであった。
「ならば、その防御魔法ごと吹き飛ばしてくれるわ!!」
そういうと魔族は性懲りも無くまた隙だらけで魔力を練り始める。
アイリスは先程と同じように攻撃してしまおうかとも考えたが思いとどまる。
別に相手を舐めているからではない。
この世界で過ごし人間側の魔法がかなり劣っているのは既に分かった。
では逆に魔族側はどうなのだろうかという興味が湧いたからだ。
もしかしたら自分の知らない魔法なのかもしれない。
もしかしたら魔王の頃に使っていたようなスキルが見れるかもしれない。
そう思うと今回はあえて受けるのも一興なのではないかと考えた。
今回は静かに待つ弟子の姿に違和感を覚えるナタリアであったが、そうこうしている間に魔族の魔法が放たれる。
「消え失せろ!【インフェルノフレイム】!!」
放たれた魔法は漆黒の炎。
その炎に触れたものはどんなモノであれ、その命が尽き果てるまで燃やし続ける。
勝負が決まったと思い込む魔族に対しアイリスの表情は冷めきっていた。
「ふぅっ!!」
目の前まで来た漆黒の炎に対しアイリスがとった行動は『吹き消す』であった。
「は?」
目の前から自身最高の魔法が突如消えたことで動揺を隠せない魔族。
驚いているのは魔族だけではない。この場にいる全員、師匠であるナタリアでさえ目の前の現象に驚いていた。
(魔法を吹き消した!?そんなの教えてないぞ……あいつまだ何か隠してやがるな。)
「き、貴様一体何をしたんだ!?」
「目の前の光景が信じられないからって大声出さないでよ。見ての通りあなたの魔法を吹き消しただけだけど?」
「ふざけるな!【インフェルノフレイム】は俺様だけが扱える魔法だ!!それを吹き消しただと!?」
アイリスは面倒くさそうに魔族に答えた。
「別に大したことじゃないよ。さっきのは吐き出した息に魔力を乗せただけ。魔法っていうのはぶつかり合った際、より魔力の多い魔法の方がその場に残るでしょ?」
淡々と告げられる驚愕よ事実に、魔族は驚きを通り越し恐怖すら感じ始める。
(俺の魔力よりあいつの方が上だと?しかも魔法でもないただの吐息で消された……)
「このバケモノが……」
苦々しい表情からこぼれた言葉は、誰に聞かれることもなく空に消えていく。
魔族は逃げる算段を立てようとするがそれも叶わない。
アイリスが対策として二人の周囲に光魔法で結界を張ったからだ。
「逃げようと思わないでね?ここから出るにはあなたが死ぬか、私が死ぬか。結末は二つに一つだよ?」
「クソがぁ!!」
魔族は意を決して体内に残る全ての魔力を腕に集める。
その量先程の数倍ほど。
魔力が収束するほど大気の振動が肌に伝わる。
結界がなければこの魔力に当てられ数人が意識を失っていただろう。
それほどの魔力を込めもう一度魔法を放つ動作に入る
同時にアイリスも右手をゆっくり目の前にかざした。
そして
パチン!
指を鳴らした瞬間、魔族が集めていた魔力が霧散し大気に消えていった。
「え??」
突然の事態に状況を呑み込めない魔族は、この戦いが始まって以来、一番の動揺を見せる。
アイリスがそれを見逃すはずもなく、一瞬で懐に潜り込むと右足で蹴り抜いた。
先程と同じような形で吹き飛ばされた魔族は、アイリスが張っていた結界に叩きつけられた。
相当な衝撃だったが結界にはヒビ一つ入っていない。
意識を何とか保っていた魔族だが、残された魔力は残りわずかとなっていた。
無言で近づいてくるアイリスに対して抱く感情は恐怖のみとなっていた。
「く、来るな!!」
後ずさりしようにも後ろは結界のため二人の距離は縮んでいく一方だ。
「さっきのはあなたの魔力の性質に対して、正反対の性質の魔力をぶつけたの。【魔力乱射】っていうスキルなんだけど聞いたことある?」
「知らない!我はそんなもの聞いたこともないぞ!?」
魔族の焦り方からどうやら嘘は付いていないようだ。
「個人の持つ魔力には異なる性質があってね。正と負、陰と陽みたいに当然相反するものがある。それをぶつけ合うとどうなると思う?」
アイリス問いかけに魔族は答えることが出来ない。
「答えは消えるの。さっきみたいにね。」
勝ち目が一切なく、逃げることも出来ない。
魔族は生まれて初めて本当の絶望を味わうことになった。
アイリスに戦いを挑まなければ
この場にアイリスさえ居なければ
そもそも今日この場所を襲わなかったら
たらればを並べ後悔するが時すでに遅し。
「魔族のレベルもこの程度か。」
アイリス非常な言葉が耳に入る。
攻撃も防御も期待値を大幅に下回った。
そして目新しいスキルもどうやら無さそうだ。
「終わらせようか。最後に良いことを教えてあげる。」
アイリスは魔族に向かって右手を向けると銃口の形を作る。
「あなたの魔法は未完成。黒い炎の本質は燃えるんじゃなくて【消失】。」
指先に50cmほどの黒い炎が出現する。
ソレは瞬く間に圧縮されていき1cmほどの球状へと形を変えていく。
「【性質変化】と【形状変化】。この二つを加えることでただ燃えるだけの黒い炎が、当たると対象を消し飛ばす鉛玉に変化する。」
アイリスは片目を閉じ魔族に標準を合わせる。
「ま、待て!!!これ以上は………」
「ばん!」
可愛らしい掛け声と共に指先から放たれた弾丸は、魔族の左肩にヒットする。
当たった直後に黒い炎が一瞬で広がるが、次の瞬間には魔族は消し炭とかしていた。
残ったのは静寂。
先程まで戦闘があったとは思えない程の静かな時間であった。
「待つわけないじゃん。」
アイリスは周囲に展開していた結界を解くと師匠の元に駆け足で戻る。
「終わりました……ぬぁ!痛い!?痛いですよ師匠!!」
待っていたのは満面の笑みから繰り出されたアイアンクロー。
それは見事にアイリスの頭部を凹ませていた。
「潰れる!潰れちゃいますって!!」
「馬鹿め。人の頭はそう簡単に潰れんわ。」
そう言いながらも涙目の弟子を見てアイアンクローは解除される。
「【魔力乱射】、【性質変化】、【形状変化】だ?どれもできるなんて聞いてないんだが?」
「えへへへ。びっくりする顔が見たくて内緒にしてました。」
その顔は悪戯が成功した子供のような無邪気なものだった。
幼少期からこの顔を見ると毎回怒る気がなくなってしまう。
「ったく、そんなことできるならあんな魔族瞬殺できるだろうよ。知ってたら寝て待ってたのによ。」
少なからずナタリアにも心配する心というものがある。
可愛い弟子の対魔族初の実践だ。
何かあれば直ぐに助けに入るつもりで魔力を練り続けていたが、それも杞憂に終わった。
「まぁいいや。後でやり方とか理論とか教えてくれ。」
ナタリア程の魔法使いでも知らないことは多い。特にアイリスの持つスキルや知識は自分には無いものである。
そういう時は相手が誰であろうと教えを乞う。
「いいですけど師匠はもうできるじゃないですか?」
「できるが私のやり方では他の奴が出来ないんだよ。お前のやつは理論さえ分かれば実用化できそうだからな。」
この二人実は対象的な魔法使いであった。
完全感覚派のナタリアに対してアイリスは完全理論派。
初めのうちはお互いの感覚が合わず修行も難航したが、それぞれの良さを活かしながら今までやってきた。
「今日で確信したが想定より早く魔族が侵攻してきている。私とアイリスだけしか戦えない現状じゃいつか攻め落とされるからな。今のうちにギルド員や騎士団にも戦える術を身につけてもらわないとな。」
「なるほど。確かに私たち二人だけだと、多方面から攻められたりしたら対処できませんもんね。ってことは私が今回連れてこられた理由って…」
「魔族の討伐依頼を受けるためだ。そのためにまずはギルドに登録しなきゃいけないがな。」
冒険者になるのは憧れだった。
それは魔王ゼノンの時代。
勇者と酒を飲んでいた時、嬉しそうに自身の冒険談を語る姿を見て抱いた憧れ。
それが叶うということでアイリスのテンションは少なからず上がっている。
「それにいつ私が居なくなるかも分からんからな。」
「居なくなる?師匠は化け物みたいに頑丈だから長生きしそうですよ?」
言った瞬間「しまった」という表情をするアイリス。
思わず勢いで悪口のような言葉を言ってしまった。
来るべき衝撃に備えてアイリスはぎゅっと目を閉じるが、いつまでたっても予想していた痛みが来ない。
「…………長生きか。」
恐る恐る目を開けた時、目の前のナタリアは今まで見た事ないような憂いた表情を浮かべていた。
「師匠?」
初めて見る姿にアイリス戸惑いながらもナタリアに呼び掛ける。
「あぁ悪い、ぼーっとしてた。ってか誰が化け物だって?」
身構えていないタイミンクでのアイアンクローは想像以上のダメージをアイリスに与えていく。
「痛ッ!ちょっと不意打ちはダメ!!トマトみたいになっちゃうから!?」
「まったく…。ほら早く戻って街に向かうぞ。」
「はーい。」
頭を擦りながら涙目のアイリスを横目に歩き出す。
ナタリアのが浮かべていた表情。
その意味を知るのはもう少しあとのことであった。




