アイリスの苦悩
現在アイリスとナタリアは、街で手配した乗合馬車に揺られながら、王都までの道のりを進んでいた。
馬車に乗って今日で四日目。
最初は初めての馬車ということもあり、いつもよりテンション高く過ごしていたアイリスだったが、さすがに四日目ともなると様子は変わる。
道中森に入ったり、小川の側を走ったりと若干の風景の違いはあれど、基本的には王都までは一本道だ。
感動は徐々に薄れていき、途中から馬車酔いと呼ばれる新たな敵に遭遇した。
これまで身体強化魔法で高速で移動したり、魔王時代には空も飛んでいたアイリスだったが、乗り物に揺られるという経験は皆無で、人生三週目にして初めてお酒以外で酔うという感覚に陥った。
「乗り物酔いは状態異常の一種だ。回復魔法を施せば何も問題ない。」
師匠のこの一言はアイリスにとって目からウロコであった。
早急に回復魔法を施したのだが、ここで一つ問題が起こった。
実はこの馬車、乗合馬車という名の通りアイリス達以外に複数の乗車客がいた。
それに加え冒険者パーティーと呼ばれる4人組の護衛がついている。
乗客は問題なかったのだが、パーティーの一人がアイリスの魔法を見た事で少し騒ぎになった。
この世界の人間は魔法をほとんど使わない。
というより使えないのだ。
使えてもギリギリ生活魔法で、攻撃魔法が出せるものなら天才と呼ばれる。
回復魔法なんて代物が使えるのはナタリアくらいしかいない。
その為アイリスの魔法を見た護衛が驚きながら
「貴様魔族か!?」
と発言したことで、ちょっとした騒ぎにまで発展した。
ここは何とかナタリアの弟子ということで納得されたのだが、今後も一々訝しげな視線を向けられるのは面倒なので、アイリスは手持ちの調合器材を使用して酔い止めの薬を処方した。
状態異常の薬は一般にも出回っているので、少しレシピを改良して乗り物酔い特化の薬を処方したのだ。
効果は抜群で、それ以降乗り物酔いの悩みはなくなった。
そしてこの薬を一緒に乗合せた人達にも配ることで、一気に仲良くなった。
しかし、そんな馬車の旅にも不満点はある。
これに至っては誰が悪いという訳でもない。
舗装された道とはいえ馬車での移動による振動や衝撃により、アイリスの臀部には多大なダメージが蓄積されていた。
薬を飲めばいいのではないか?
と思われるかもしれないが、処方できても痛み止めの薬が精一杯で、薬が切れたら痛みが一気に襲いかかってくるのだ。
それなら魔法を使って痛覚を遮断すれば?
と思われたかもしれないが、アイリスも一度試そうとしたのだがナタリアに止められたのだ。
「いいか馬鹿弟子。痛覚ってのはリミッターみたいなもんだ。脳が痛みを感じさせることで、お前自身の限界値を教えてくれている。それを遮断するってことは、仮に身体が限界を迎えてもそれに気づかずに過ごすことになる。さてこの状態で魔法を解いたらお前の身体はどうなるんだろうな?」
優しく教えていたナタリアだったが、最後は悪戯っぽく笑っていた。
その話と楽しげに笑う師匠を見て、魔法による対策はしないと心に決めたのだった。
「くぅー…それにしても痛すぎる……。どうして師匠は平気なんですか?」
「あぁ?そんなもん慣れに決まってんだろ。こう見えても依頼で馬車に乗ることは多いからな。」
「なんだ、ただの年の功ってやつですか。」
「はっ倒すぞコノヤロー。」
軽口を叩く余裕があるのか?と思うが、
これに関しては、軽口を叩いて気を紛らわせないとやってられないというのが本音である。
(てかなんでこんな痛いんだよ……他の人はよく平気だな。)
そう思って周りを見渡すアイリスだったが、周囲の人達は楽しげに談笑をしている。
辛い顔をしているの自分だけという事実に驚きを隠せない。
そんなアイリスに気づいた一人の男性が声を掛けてきた。
「おいおい、大丈夫かいお嬢ちゃん。何処か具合でも悪いのか?」
心配そうに声をかけてきたのは、王都で商人をしているおじさんだった。
乗り物酔いが酷かったところ、アイリスの処方した薬を飲んだところ見事に復活。
薬の効能に驚き、王都にある自分の店で取り扱いという相談を受けて話すうちに、仲良くなった人物だった。
「いやぁ…具合が悪いというか、お尻の痛さが尋常じゃなくて。」
その言葉を聞いたおじさんは不思議そうにアイリスが座っている場所を見た。
「お尻が痛い??っておいおい!?そのまま座ってたらそりゃ痛くなるはずだ。お嬢ちゃんクッションはどうしたんだい?」
初めて聞くクッションというワードに理解が追いつかず首をコテンと傾けるアイリス。
「乗り合い馬車は乗車前におしりが痛くならないよう、一人一つクッションが渡されるんだ。こいつは魔道具の一つで、【耐衝撃】の効果があるから馬車移動も快適に過ごせるんだぜ。」
(はて?そんなもの貰った記憶がないのだが。)
アイリスはここ数日の記憶を思い返すが、クッションなんてものを見た覚えがない。
「あ、やっべ!」
突如、隣で座っているナタリアの口から焦りの言葉が飛び出した。
そして一度その場に立ち上がると、自分の座席にあった物体を一つアイリスに渡してきた。
「いやぁーすまんすまん。アイリスに渡そうとしたら丁度居なくてな。後で渡せば良いかと思って私が二つ使ってたのすっかり忘れてたよ。」
アイリスは無言でそれを受け取り臀部に敷くとあら不思議。
先程まで衝撃が一切なくなり、一瞬で快適な馬車の旅に変わったのだった。
「そのなんだ……お嬢ちゃんも大変だな。」
おじさんの哀れむ顔が引き金となりアイリスの怒りは爆発した。
「この!この!」
「ちょ!痛ッ!?ごめん!ほんとごめんって!!」
アイリスは隣に座る師匠の肩を叩き続ける。
叩くといっても暴力的ではなく、効果音にするとポカポカという可愛らしい音がピッタリなじゃれ合いである。
「むー。むー。」
「分かった!お詫びに王都のスイーツを食べさせてやるから。」
ピタッ
スイーツという言葉にアイリスの攻撃は止まった。
「スイーツですか?」
「あぁスイーツだ。王都のスイーツは街で食べるものとは比べ物にならない程美味いぞ?」
年頃の女の子でもあるアイリスは甘い物が大好きだった。
街ではスイーツの食べ歩きをするのが唯一の趣味であった。
「何個ですか?」
「何個って……食べ過ぎは太るぞ?ただでさえお前最近ちょっと……あ、痛い!痛い!」
「むー!むー!むー!」
アイリスの攻撃は先程より明らかに強くなっている。
「ごめんごめん!好きなだけ食べて良いから!!」
その言葉を聞いてようやくアイリスの攻撃は終わりを告げた。
「本当にデリカシーっていうものがないですよね。」
「お前には尊敬するという心がないみたいだがな。」
「何か言いました?」
「何も言ってねぇよ。」
(どんだけ地獄耳なんだよ……)
こうしてアイリスの馬車の旅は四日目にしてようやく快適なものとなり、王都への残りの旅路を楽しめるようになったのだった。




