アイリス王都へ行く
アイリスが一人前と認められて三年の月日が経った。
この三年で二人を取り巻く環境は大きく変わった。
まず住んでいた森の小屋を引き払い街の近くに引っ越した。
理由はいくつかあったが、一番はアイリスに一般常識を身に付けさせるため。
その為には森で暮らすより、人と交流を持つ機会が増える街の近くに引っ越すことにした。
後は街の近くの方が色々な情報を集めやすいという理由もある。
基本的な生活は森にいた頃と変わらず、アイリスは魔法の修行を続けながらナタリアの身の回りの世話をする毎日を過ごす。
時折ナタリアが持ってきた調合や錬金の依頼を代わりにこなしながら、腕を磨くのも変わらない。
唯一にして大きく変わったことといえば、魔物討伐や素材探索などの、ナタリアがギルドで受けた依頼に同行するようになった。
当然、依頼遂行中には魔物との戦闘や、山賊などの対人戦等も経験した。
普通なら初めての対人戦となると、緊張や恐怖で動けなくなったところを師匠が助ける。
というお約束がありそうだが、前世の記憶があるアイリスにとってその程度のことで動きが鈍るなんてこともなく、あっという間に依頼をこなしていった。
アイリスが一番苦労したことといえば、街での生活に慣れる事だった。
長らく森で生活していた事で、対人のコミュニケーション能力が著しく低いアイリスは、街の人と会話できるようになるのに3ヶ月ほどかかった。
今では小さな街に住む全員と知り合いになり、この生活を満喫していた。
そんな感じの毎日を過ごすこと二年。
アイリスはナタリアに頼まれた薬の調合に使う薬草を乾燥させるために、庭にある干場で作業をしていた。
あと少しで終わるというタイミングでナタリアが現れた。
その手に持っていたのは遠出用のカバンだった。
「今から王都へ行く。」
「そうですか、お土産はスイーツでお願いします。」
さらっと師匠をパシリに使うようなセリフで会話を終わらせると、残りの薬草を干していく。
「お前.....昔はもっと可愛げがあったのになぁ。」
「ん?私は今でもナタリア様の可愛い弟子だと思っておりますが?」
「はぁ.....全く誰に似たんだか。」
どう見てもあなたですよ。
と出しかけた言葉をグッと飲み込み、アイリスは次の仕事を片付ける為に家の中に入ろうとした。
「って待て待て!王都にはお前も行くんだよ。」
その言葉を聞いてアイリスはその場で立ち止まり、ナタリアの方に振り返る。
その姿は『見返り美人』という言葉がピッタリなほど美しい姿であった。
ここにメンズがいればかなりの被害を受けていただろう。
「私が王都にですか?」
疑問に思うのは当然で、アイリスは今まで一度も王都に行ったことがなかった。
正しく言えば行くチャンスは何回かあったがその都度ナタリアから
「お前は来てもやることないから留守番な。」
と毎回留守を預かっていたのだった。
「そうだ。と言うより今回のメインはアイリスだからな。詳しくは道中で説明するから、とりあえず出る用意をしろ。」
「はぁ.....分かりました。滞在期間はどれくらいですか?」
「早かったら一週間、長かったら一ヶ月だな。荷物は最低限でいいぞ。必要なら向こうで揃えるから。」
「分かりました。」とだけ返事をすると、アイリスは中に入り小さなカバンに荷物を詰め込む。
錬金に使う道具や、調合の器具などは空間魔法に放り込む。
『空間魔法があるなら手元の荷物もしまえばいいのでは?』と思うが、これには理由があった。
この世界には空間魔法というものは存在しない。
この魔法を見せた時のナタリアは、何かを悟ったような目をして一言。
「人前では絶ッ対に見せるな!」
無表情なのに何故か怒気を感じる口調と、右肩を掴む力が尋常じゃない強さだったので、アイリスは内心かなり焦ったのはいい思い出である。
なのですぐに取り出せるものはカバンに入れて持ち歩くことにしていた。
10分もしない内に用意を済ませ、急いでナタリアの元に向かう。
「お待たせしました。」
「早いな...って荷物それだけか?」
手元の小さなカバンを見て驚くナタリア。
そんなに驚くことか?と思いながらアイリスは頷く。
「はい、最低限の荷物しかありませんので。」
「まぁいいか。足りないものは向こうで揃えられるしな。」
ナタリアは家の戸締りをすると、家の周囲を囲うように結界魔法の魔道具を発動させる
これは一度展開すれば3ヶ月は効力を発揮する代物で、発動時のみ魔力を消費するがその後の維持には魔力を使わない。
効力は家の現状維持で、長期で家を空ける際の必須品とされている。
ちなみにこの魔道具を一つ買うのに必要なお金は、王城で働く兵士の一年分の給金が必要とされている。
そんなものをすぐに用意できるあたり、ナタリアの稼ぎは相当なものなのだろう。
家の周囲に無事結界が張られたことを確認すると、ナタリアはすぐに移動を開始する。
アイリスもそのすぐ後を追いかける。
二年も住んでいるので街の中で迷子になることはないが、そもそも王都までの行き方が分からない。
街の外でナタリアを見失う=迷子になることが確定しているのだ。
「師匠、王都までは歩いていくのですか?」
その一言に対しナタリアは、残念な子を見るような目でアイリスを見つめる。
「アホか馬鹿弟子。ここから歩いて行ったら、帰る頃には周囲の森の魔物はほとんど冬眠してるぞ?」
「え?そんなにかかるんですか?」
今がちょうど春頃なので冬になるまではおよそ8ヶ月程ある。
その半分ということは王都まで片道歩いて4ヶ月。
とんでもない距離ということが分かる。
「じゃあどうやって行くんですか?」
「もう少し先に大きな街があって、そこで乗り合いの馬車を使う。金はかかっちまうが、高速で移動できるタイプがあるからそれを使って一週間程だな。」
「分かりました。」
アイリスは初めて聞く『乗合馬車』という単語に、心が惹かれていた。
その足取りはいつもより軽く、その様子を見たナタリアは弟子の可愛らしい一面を見て少し笑みがこぼれる。
「師匠?何か良い事ありました?」
そんな師匠を見て問いかけるアイリスだったが、瞬間ナタリアの表情は無に戻った。
「こんな当たり前のことも知らないアイリスが、この先上手くやって行けるか不安になっただけだ。」
「いやいやいや!明らかに笑ってましたよね?心配の割には微笑んでましたけど!?」
「うるさい!早く行くぞ。」
そんなこんなで二人の賑やかな旅は始まったのだった。




