ただあなたに認められたくて②
そう、勝利で終わるはずだったのだ。
しかし、大蛇の命は尽きていなかった。
アイリスの事を敵として認識している目には、光がまだ灯っている。
大蛇の首に最後の一振を叩き込む寸前に思いとどまり、反対側にそびえ立つ大木の上に飛び乗ったのだ。
アイリスは目前の勝利を掴まなかった。
それは決して大蛇に情けをかけた訳ではない。
心の中で何かが引っかかったような、そんな言葉にすることが難しい奇妙な気持ちが生まれていた。
(本当にこれで良いのかな?)
今日の試練は大蛇の討伐。
そして目の前の大蛇はすでに虫の息。
状況だけ見ればアイリスの試験は合格だろう。
(魔法使いとして生きていくのか?)
試験前に交わしたナタリアとの会話が思い出される。
「魔法使いとして生きていく……」
そこでアイリスはスッキリしない理由に気づく。
「ここまでの戦い方……これって魔法使いとしての戦い方...ではないよね。」
大蛇との戦いを思い出す。
基本的な攻撃は剣による斬撃で、魔法は身体強化と属性付与のみ。
この戦い方の元となっているのは、勇者や魔王の時の記憶と経験値。
そこでもう一度考える。
「本当にこれでいいんだろうか?これじゃまるで……」
「過去の亡霊の戦いか?」
隣から聞こえた師匠の声に驚いたアイリスは木から落ちそうになった。
「ちょ、師匠!?いきなり出てこないでください!」
「戦いの中で考え事をするお前が悪い。」
言われた通りなのでアイリスの抗議はここまでとなった。
「過去の亡霊の戦いってどういう意味ですか?」
「言葉のままさ。今のお前はなんの為に戦っている?」
「それは師匠に魔法使いとして認めて欲しくて。」
そこまで言うとナタリアは呆れたように笑う。
「それが分かっていてあの戦い方ならおチビちゃんを認めるのはまだまだ先だな。」
笑われたことでムッとした表情を浮かべたアイリスだが、ナタリアの次の言葉で全てが腑に落ちた。
「当たり前だろ?今の戦い方のどこに魔法使いの要素があった?攻撃方法は物理に強いポイズンバイソンに対して切るだけ。使った魔法は身体強化と補助魔法のみ。」
ナタリアはそこで一息入れるとアイリスを見つめながら言い切った。
「おチビちゃんがやってるのは過去の自分の戦い方を再現しているだけだ。果たしてこれはおチビちゃんが望んだ、魔法使いとしての戦い方なのか?」
「…………。」
その通りだった。
魂の奥底にまで染み付いていた勇者、そして魔王の戦い方。
知らぬ内に自分はその動きをしていたのだった。
今の自分は魔法使いを目指すアイリスという少女なのに。
「気付いたのならいいさ。おチビちゃんが私に認めて欲しいのは過去の自分か?それとも今の自分か?それを考えてこれから第2ラウンドといこうか。」
「はい...師匠ありがとうございます!」
不甲斐ない弟子に対し、多くを語らず自らの道を再認識させる。
ナタリアは誰かを育てるという行為にあたり、最も必要なことを熟知していた。
「まぁ、師匠の手を煩わせたんだから少し難易度を上げるぞ。」
そう言うとナタリアは赤く光った右手を大蛇に向けるとそのまま放った。
光が当たった大蛇の傷は一瞬で回復した。
それどころか大きな体を周囲の大木に打ち付けなぎ倒していく。
目は血走っており、息遣いもかなり荒い。
いわゆる興奮状態といった様子だ。
アイリスは頭を抱えながら恐る恐る問いかけた
「えぇっと...師匠?一体何を撃ちやがりましたのですか?」
「言葉遣いがおかしいぞ?まぁ、あまり気にするな。さっきのは回復魔法にすこーしだけ、ほんの少しだけ強化魔法を混ぜただけだ。」
強化魔法と聞いて嫌な予感しかしないアイリスはジト目でナタリアを見つめる。
「おいおい、そんなに見られると照れるじゃないか。効果はただのおまけだ。まぁ、アドレナリンがかなり出るから今みたいな興奮状態になってるだけだよ。」
その割には周りの大木が小枝のように折れまくっている。
「おまけですか……はぁー、まぁいいです。」
アイリスは深いため息を吐いて諦めると一旦剣を収める。
「では行ってまいります!」
「おー。がんばれよー。」
師匠の応援を背に受けながらアイリスは大蛇に向かって飛び出す。
大蛇は相も変わらず興奮状態だった。
先程までは攻撃にパターン性があり、隙をついて首元の弱点を狙っていたがそれも難しい。
例えるなら、癇癪を起こした子供が暴れ回っているようなものである。
規則もクソもない。
ただ手当たり次第に周りを攻撃していた。
さらに厄介なのが、ナタリアの強化魔法のせいで攻撃力と防御力は桁違いに上昇しており、俊敏性も上がっている。
一撃でも喰らえば即アウトな上、こちらの攻撃は硬い鱗によって通らない。
正真正銘、森の支配者となっていた。
アイリスは攻撃が当たらない距離から大蛇を観察しつつ、隙あらば魔法を打ち込もうと考えていた。
森が燃えるので火系統の魔法は使えない。
それならと風、水、土などありとあらゆる魔法を撃っては大蛇の反応を見る。
少しでも嫌がる素振りを見せるのなら、その属性の魔法をありったけぶち込んでやろうと考えていたからだ。
自身の持つ属性魔法を一通り撃ち終えたアイリス。
額には一筋の汗が流れていた。
これは疲れから出た汗ではない。
考えうる最悪の状況を引き当ててしまったが故の冷や汗だった。
「.....魔法が効いてない?」
アイリスの放った魔法は全て大蛇にヒットした。
だが肝心の効果は全くなく、大蛇は元気に暴れまわっていた。
ダメージを与えるどころか、体に不快な衝撃があったことで怒りのボルテージが更に上がったようだ。
この状態で標的にされるとまずいと感じたアイリスは、闇魔法の一つである影魔法を使い姿を隠す。
なぜそのような魔法を使えるかというと、これは魔王ゼノンが使っていた魔法の一つで、試しに使ってみたら上手く発動した。
影魔法を見たナタリアからは一言。
「コソコソ隠れて攻撃するなんて悪役みたいな魔法だな。」
と笑われたのであまり使ってこなかったが、大蛇から距離をとるには現状最適な魔法だった。
距離を取った後、隠密魔法によって気配を完全に遮断したアイリス。
標的を見失った大蛇は周りをキョロキョロ見渡しアイリスを探す。
しかしその姿が完全に消えたことで、大蛇のアイリスへの興味は完全になくなった。
大蛇は周りの大木に体を打ち付けながら、どんどん森の奥に進んでいく。
一定の距離を保ちながら大蛇を追うアイリスだったが、目を疑いたくなるような事実に気づいてしまった。
「首元の弱点がなくなってる?」
そう、唯一ダメージが通っていた首元には先程までは無かった大きな鱗が張り付いており、弱点であった首元は完全に防御されていた。
魔法は硬い鱗によって弾かれ、剣による攻撃は魔法使いの試練としては多用できない。
というより暴れ回る大蛇に近づきたくない。
唯一の弱点はなくなりパワーアップした大蛇を見てアイリスは一言だけ呟いた。
「どうやって勝てと??」
アイリスの試験はまだまだ続く。




