ただあなたに認められたくて①
最終試験が始まり数分後
魔物に気づかれないようにアイリスは木の上を移動しながら、今回の目標である大蛇を探す。
大きな体を引きずりながら移動するポイズンバイソン。
その痕跡を見つけるのにそこまでの時間は掛からなかった。
「あれがポイズンバイソン……」
部分強化を両目に施し視力を限界まで上昇させると、数百メートル先の水辺で水を飲む大蛇の姿を捉えた。
アイリスは気づかれないよう最小限の身体強化の魔法を施すと、気配を消しながら大蛇に近づいていく。
ナタリアが言ったようにアイリスの身体強化魔法は、既に師匠を超えていた。
【気配を消しながら魔力による強化を施す】
不可能な技法だと長い間言われ続けていた。
しかしそれはこの世界の常識。
魔王ゼノンの時は息をするように行っていた技法だ。
その事を言うとナタリアからは
「おそらくだが、おチビちゃんの居た世界の魔法は、この世界を遥かに凌駕している。同じことができたらいよいよ化け物の領域に到達するな。」
それならと思い、勇者の頃の技や魔王の時代に使っていた技法を試したが、やはり世界の構成が違うためか全てが上手くいくことはなく、完全に使えるまたは限りなく近い状態に再現出来たのは極わずかだった。
今の技法は完全に使えるようになったものの一つ。
ポイズンバイソンまであと数メートルの所まで接近するとその場で息を潜める。
可能なら一撃で、無理ならヒットアンドアウェイでダメージを与えながら大蛇を攻略する。
ポイズンバイソンの唯一の弱点が首元。そこだけは硬い鱗と鱗の間に少し隙間があり物理攻撃が通る場所。
アイリスは背中に掛けていた剣を抜くと右手に持ち、左手で刀身を一撫でする。
すると刀身に淡い光が宿る。
これも魔王時代の技法で、武器に属性魔法を付与させることができる。
これは『付与魔法』と呼ばれるもので、この世界では既に無くなったとされる古の魔法だ。
効果は属性魔法の付与、切れ味増加、攻撃力増加、耐久性の増加など様々である。
今回付与したのは炎属性。
ポイズンバイソンを含む生物系の魔法の大半は、炎系統の魔法を苦手としている。
弱点に苦手な属性をぶち込めば、多少はダメージが入るのではという思惑だ。
しかし、一見良さげな先制攻撃だがリスクは当然ある。
まず、いくら魔法を付与したとはいえ斬撃による攻撃。
固い鱗で防がれたらダメージはほぼ皆無。
その上存在を認識されるので、その後は単純な戦闘に発展する。
実はアイリスとして生まれてこのかた、今回のような魔物との戦闘をしてこなかった。
正確に言うとナタリアから禁止されていたのだ。
初めての戦闘がダンジョンのボスというなかなかのハードモード。
だからこそアイリスは慎重に見極める。
初撃のタイミングとその後の展開を。
先に動きだしたのはポイズンバイソンだった。
頭上から狙いを定めるアイリスに気づいた訳ではなく、目の前を通ったうさぎ型の魔物に意識を集中させていた。
捕食者として目の前に餌が飛び込んできたのだ。
ポイズンバイソンの意識は既にソレにしか向いていない。
その瞬間をアイリスが見逃すはずはなく、勢いよく木を蹴りポイズンバイソンに向かって急降下する。
完全な死角からの一撃だ。
大蛇との距離が2.3メートル程になった時、アイリスの全身に悪寒が走る。
久しぶりに感じる死の危険。
考えた行動ではない。
悪寒が走った瞬間、アイリス本能的に右側に向かって剣を構えた。
刹那、自身の両腕に今まで経験したことがない衝撃を受けると視界が一気に加速する。
吹き飛ばされたアイリスは大木に叩きつけられた。
「かはぁっ!?」
叩きつけられた衝撃で、肺の中にあった空気が一気に吐き出される。
激突する直前に、風魔法によるシールドを展開したことで致命傷にはならなかったが、事態は考えうる中の最悪のものとなった。
既にポイズンバイソンの狙いはうさぎ型の魔物からアイリスに切り替わっている。
この警戒心が高まった状態で、背後から首筋を狙うのは不可能である。
そして一番最悪なのは、ポイズンバイソンとの間に距離が生まれてしまったこと。
当初の予定では、ヒットアンドアウェイによる近距離戦闘を仕掛けるつもりであった。
大蛇は近距離戦闘を得意としていなかった。体が大きい分近くの敵に対しての攻撃手段が少なく、全ての攻撃に予備動作があるので対処がしやすい。
しかしある一定の距離ができると状況は一変する。
その名の通りこの大蛇のメインウエポンは毒による攻撃。
体内で何十種類の毒を生成し、状況に応じて様々な毒液を吐き出してくる。
回復魔法は扱えるが、この大蛇の放つ数十種類の毒を即座に解析、即座に解毒するという芸当はアイリスにはまだできない。
そもそも魔法使いなのだから魔法で戦えばいいのではないか?
そう思うかもしれないが、今まで実戦で使ったことない魔法を、このタイミングで試すのは冒険のし過ぎだ。
「とりあえず懐に潜り込んで毒攻撃の射程から外れないと!」
アイリスは回復魔法をかけて動ける状態にまで回復させる。
地面やな落ちていた剣を握り直すともう一度、剣に炎の属性魔法を付与する。
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「すごい反射神経だな……」
死角からの一撃を剣で受け止めた弟子に驚嘆する。
それと同時にナタリアはこれまでの攻防から、弟子の現在地を再確認する。
魔法使いというにはあまりにもかけ離れた戦闘スタイル。
従来の魔法使いは遠距離からの魔法攻撃、もしくは味方への補助魔法の付与をメインとする職業だ。
装備も魔力を増幅させるか、魔力コントロールがしやすくなる補助タイプの杖型が多い。
それに比べ目の前で戦う弟子はどうだ?
気を抜けば死ぬかもしれない相手に対して、左手で魔法を撃ちながら大蛇を牽制しつつ、右手に構えた剣で大蛇を切り付ける。
それも満面の笑みを浮かべて。
どうやら命のやり取りを本気で楽しんでいるようだ。
(これも勇者の性……いや魔王の性か?)
アイリスの戦闘スタイルは純粋な魔法使いではない。言うなれば魔法剣士。
近距離も遠距離もいけるオールラウンダーな戦士だ。
服装も魔法使いっぽくない。
世間一般のイメージは黒いローブだが、アイリスの服装はTシャツに長ズボン。
家に居たところを急に連れ出したから仕方ないといえばそうなのだが、普段森の中を探索する時もこの姿である。
だが、この格好にはナタリアの意思も入っている。
ナタリアの持論はこうだ。
『黒いローブなんて着用したら動きが制限されるし、
敵に対して「自分は魔法使いです」とバラしているようなものだ。
相手パーティーを潰すときの鉄則は、魔法使いと回復役を潰すこと。勝手にバラして動けないとかバカがすることだ。』
だからこそナタリアは、動きやすい格好でいつも依頼を受けているし、弟子のアイリスにも同じような格好をさせていた。
見た目と戦闘スタイル。
今のアイリスのどこに魔法使いの要素があるのだろうか?
「やっぱおチビちゃんには常識的な事を教えないといけないか……」
弟子が生死を分けた戦いを繰り広げる中、そんなことを考えながらお茶を飲みリラックスするナタリアだった。
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場面は変わって大蛇の猛攻を剣で受け流しながら、この戦闘を楽しむアイリスに戻る
何度も攻防を繰り返すことで大蛇の攻撃には法則性があることに気づいた。
毒液の噴射がくるのは5メートル以上離れた時、それより懐に入ると毒による攻撃が一切無くなるのだ。
恐らく自らが被弾する恐れがある距離では撃たない。
それが意味することは、毒が強力すぎて自身にも被害があるという事実。
更に近距離での攻撃パターンは4種類。
尻尾による叩きつけとなぎ払い。
体全体を使った体当たり。
そして一番の驚異が毒牙による噛みつき。
どれも強烈な一撃だが、それぞれの攻撃には異なる予備動作があり対処は可能であった。
「それならば!」
アイリスは身体強化魔法を最大限施すと、大蛇の周りを縦横無尽に走り回る。
地形も存分に利用する。
木を死角に使いながら大蛇の視線を切る。
そして見失った瞬間、アイリスは上空に飛び上がると木に着地。
そのまま木と木の間を飛び移りながら空中を移動する。
「ストーンバレット!」
ちょうど大蛇の背後に移動した際、土の初級魔法である【ストーンバレット】を弱点である首元に放つ。
「ギャァァァス!!?」
直径10センチほどの石の塊が猛スピードで首元に着弾すると、大蛇は苦しそうに呻き声をあげる。
この戦闘で初めて大蛇がダメージを受けた瞬間。
そして、仮説だった攻略法が確信になった瞬間だった。
同じような形で何度もダメージを与えると、明らかに大蛇の動きが悪くなる。
俊敏だった動きは陰り、毒液の飛距離も短くなる。使用する頻度もかなり減った。
誰が見ても弱っているのは一目瞭然だ。
「そろそろ決めるよ!!」
アイリスはもう一度飛び上がり木の上に着地する。
右手で剣を握り直す。
とどめを刺すべく左手で刀身を撫でると炎属性を付与する。
目の前の大蛇は虫の息。
背後に回り込み一気に首を切断する。
それだけでこの戦いにアイリスは勝利する。
もう一度集中し直し大蛇に向かって飛び出すと、木々を利用してどんどん加速する。
そして大蛇は完全にアイリスの姿を見失った。
(勝った!!)
勝利を確信したアイリスは一気に背後に回りこみ、両手で剣を構え大きく振りかぶる。
アイリスの初めての戦闘は勝利という形で幕を閉じようとした。




