成長するおチビちゃん
辺境の森の魔女ナタリアに弟子入りして、四年の月日が過ぎた。
この四年という月日は一瞬のうちに過ぎ去っていった。
それほど濃密な時間をナタリアの元で過ごした。
魔法の関する修行はもちろん、ナタリアはアイリスに自身の持つ全ての知識と技術を授けようとした。
錬金術師、薬師、そして魔法使い。
それぞれの知識とスキルを詰めに詰め込んだのだ。
この四年でアイリスはかなり変わった。
いや、変わらないとやってられないほどのスパルタだったのだ。
弟子となった翌日から魔法の修行は始まった。
修行といっても基礎中の基礎で、魔力のコントロールと魔力量の増加である。
魔力の増加はとても簡単で、毎日魔力切れが起こるまで魔力を使う。
シンプルだがこれしか魔力を増やす方法はなかった。
四年間、毎日欠かさず魔力を使い切ったことでアイリスの魔力量は大幅に増えた。
その量はナタリアのおよそ半分くらいで、この世界ではナタリアの次に魔力量が多い存在となった。
こちらはかなり順調だったのだが、問題は魔力コントロールの修行であった。
元々多い魔力と全ての属性の適正があったアイリス。
これだけなら苦労せずに魔力のコントロールはできたのだが、魂に刻まれている勇者と魔王の核が問題であった。
魔力を練った瞬間、勇者と魔王の核から力が漏れだし自身の魔力と混ざり合う。
強大な魔力はアイリスの小さな器では維持することができず爆散してしまう。
いわゆる魔力暴走と呼ばれる形となる。
それなら魔力の量を少なくすれば良いのでは?
そう思って試してみたが想像以上に魔王の核がじゃじゃ馬であった。
辺境の森は魔素が濃く、魔王の核と反応することでアイリスは体内の魔力だけではなく、空気中にある魔素を体に取り込み体内の魔力と混ざり合い、魔力が爆発的に増加するという現象が起こった。
これだけ聞くとかなり強いアドバンテージに聞こえるが、実際はそんな簡単な話ではなかった。
魔法を発動させる際、その威力は込める魔力量と、魔法に対するイメージ力で大きく変わる。
イメージするなら炎を想像する場合、マッチの炎と焚き火の炎では、同じ炎でも全然変わる。
このイメージ一つで魔法の威力は大きく変わるのだ。
そして込める魔力が多ければ強くなり、少なければ弱くなるのは子供でも分かる話。
アイリスの場合、マッチの炎をイメージして少量の魔力を込めたとしても、外部の魔素と反応して地形を変えるほどの爆発を起こしてしまう。
これは実際、授業初日にナタリアの前で火の魔法を使った時に起こったことで、辺境の森が燃えて地図から消えることになりかけた。
すぐにナタリアが消火したので、被害は最小限に抑えられた。
その日以降、アイリスは魔法の使用は身体強化のみと決められ、それは今でも変わらずであった。
代わりに座学の時間が増えたことで、ナタリアとほぼ同等の知識量となった。
すなわち自分で魔法を作ることができるというレベルだ。
この他にも錬金術師、薬師について教えている理由がアイリスの今後を考えた上での判断であった。
魔法使いは魔物や魔族と戦える存在ではあるが、周囲の反応は冷ややかなものである。
魔族は恐怖の対象、それらと戦える魔法使いもまた、彼らにとって恐怖の対象であったのだ。
なのでアイリスには魔法使いだけでなく、「錬金術師や薬師としての道も選べるように」と、魔法と同時に修行をつけていた。
「よし!今日の修行内容はこれで終わり。師匠が戻るまでもう少し時間があるから先にご飯の準備しとこ。」
十歳のアイリスは家事のスキルもメキメキと上達し、料理に関しては街で店を持てるレベルと言っても過言ではなかった。
街への買い出しは基本的にナタリアが仕事のついでに行っており、アイリスがこの四年間で街に行ったことはない。
それどころか、この森から出たことがなかった。
その理由はたった一つ。
『街で暴走したら被害が尋常ではないから』と、ナタリアに言われたからである。
本音を言えば森から出てみたいが、ナタリアが本気で止めるということは、想像以上に今の自分は、この世界にとって危険な存在なのだと強く認識した。
この四年、ナタリアの言うことを守りながら、修行の日々を過ごしていた。
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「また腕を上げたなぁ、おチビちゃん。」
夕飯のスープを飲みながらナタリアがしみじみと呟くと。
アイリスは
「ありがとうございます。」とだけ返して食事を進める。
「なんだ、ご機嫌ななめじゃないか?おチビちゃん。」
ナタリアがもう一度『おチビちゃん』と言った瞬間、アイリスは指を差しながら抗議をする。
「それです!!」
「おいおい、師匠のことを指差す弟子がいるか。」
「それはすいません……じゃないです!!どうしていつまでもおチビちゃん呼びなんですか!?私一度も師匠に名前を呼んでもらった事がありません!」
この抗議の通りだった。
アイリスが弟子入りして四年間、一度も名前で呼ばれたことがなかった。
最初は気にしてなかったアイリスだったが、不意にこう考えてしまった。
『いつまで経っても名前で呼ばれない=名前忘れてるのでは?』という疑念に変わっていたのだ。
「なんだそんなことか。」
「そんなことじゃないです!私にとっては大問題です!」
ナタリアは食べている食器を置くと、真剣な眼差しでアイリスを見つめる。
「私がおチビちゃんのことを名前で呼ぶ時。それはお前のことを一人前の魔法使いと認めた時だ。」
「え?」
「私が認める……それは命を預けてもいいと思えるということ。だから今まで人のことを名前で呼んだことは無い。」
ナタリアは笑いながら続ける。
「おチビちゃんが最初の一人になってみせろ。」
「師匠……」
初めて知る師匠の思いに涙が出そうになる。
「まぁ、今のままじゃ死ぬまでは無理だろうな。家事のスキルばかり上げて……花嫁修業に来たのかよ。」
大笑いする師匠を見て先程の感動は一気に冷めた。
「今に見とけ!!絶対に認めさせてやる!!」
「楽しみにしてるよ…」
張り切る弟子を横目に楽しげに笑うナタリア。
これが二人のいつもの日常であった。
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ナタリアに弟子入りして更に六年の月日が経った。
アイリスは十六歳となり、あどけなかった少女は美少女と呼ばれるほど可愛くなっていた。
だか、当の本人にその自覚は全くない。
この間も森から出る許可が降りなかったアイリス。
ひたすら修行を続けたアイリス。
その成長は当然見た目だけではない。
魔力量は既にナタリアと肩を並べる程となった。
薬師としてのスキルも大きく向上し、ナタリアに代わり街に卸す薬を作成している。
錬金術師としての実力も目を見張るものがあり、最近では前世の記憶を元に携帯式の着火装置を作った。
魔法が使えない人々も簡単に火がつけられるということで、街の人々の中では人気の商品となっている。
この日もナタリアに頼まれた携帯式の着火装置をいくつも作っていた。
少しすると街に行っていたナタリアが小屋に戻ってきた。
「そこまでにして一度外へ出ようかおチビちゃん。」
「分かりました。」
ナタリアに呼ばれる理由がイマイチ分からなかったアイリスは、疑問に思いながらも小屋の外に出た。
森はいつも通り日が入らず、ジメジメとして暗い。
「おチビちゃんはもう薬師や錬金術師として、十分生きていける力を持っている。だが一番の望みは魔法使いとして生きていく。これは今も変わらずかい?」
「当然です師匠!そのために毎日厳しい修行をしてるんですから。」
ナタリアは「そうか。」とだけ言うと、森の奥に歩を進める。
先に進んだ師匠に置いていかれないように、慌ててその後ろを着いていく。
どれくらい歩いただろうか?
不意にナタリアが立ち止まる。
「師匠?」
「今日まで魔力増加と魔力コントロール、どちらもサボらず訓練してきたな?」
そう聞かれアイリスは無言で頷く。
「知識に関しては全属性の全ての魔法を覚えているだろ?身体強化に関しては私より上手いくらいだ。」
「いやいや!!私そんな強くなってないですよ!?」
慌てて否定するアイリスを見て大きくため息を吐く。
「え?ちょっとなんで呆れてるんですか?」
「私の指導で一つだけ失敗したことがあるとすれば、おチビちゃんにこの世界の常識を教え忘れたことだな…」
とても酷いことを言われたような気がしたが一旦流すことにした。
「まずお前の認識の間違いを正すと、この森の中で魔法を行使できる魔法使いは私くらいだ。それほどこの森は特異な場所ということだ。」
ナタリアは更に続ける。
「そんな森の中でおチビちゃんは身体強化魔法を完璧に使いこなせ、上級までの魔法ならコントロールできる程まで成長した。信じられんかもしれんが、今のおチビちゃんならそこら辺にいる魔族に負けることはない。」
いつの間にかこの世界では規格外の存在となっていたようだ。
「マジですか??」
「私が冗談を好まない性格なのは、お前がよく知っているだろ?」
まさかの事実に乾いた笑いがこぼれてしまう。
「今から行うのは最後の試験だ。今まで学んだ力を全て使い、この森の主『ポイズンバイソン』を討伐してもらう。もちろんおチビちゃん一人でだ。」
ポイズンバイソン
超大型のヘビの魔物で、獲物を毒で弱らし丸呑みで飲み込む。
毒の威力は世界でもトップクラス。
ドラゴンですら噛まれると意識を失う程で、解毒が遅れると命の危険に繋がる。
巨躯に似合わない俊敏な動き。
体全体を覆う硬い鱗。その鱗には斬撃も打撃も効かない。
唯一の攻撃方法は、森の中では制御が難しい魔法による攻撃のみという、非常に厄介な魔物である。
『見かけたらすぐに逃げること』
人々の間では、魔族の次に恐れられている存在である。
「そんな魔物を倒すのが最終試験……」
「見事合格したなら一人前と認めてやるさ。さぁ、どうするおチビちゃん?」
認めてやる
その言葉にアイリスの体は大きく震えあがる。
(やっと認めてもらえるチャンスがきた!)
「当然、やるに決まってるじゃないですか!!」
アイリス一世一代の大勝負が始まった。




