辺境の森の魔女ナタリア
アイリスが森に捨てられ一時間後。
少女の心は絶望という感情に苛まれていた。
勇者の頃は魔王討伐の旅の途中に、魔物が住む森でサバイバルをしたこともあった。
魔王の時は今いる森より凶悪な魔物が住む場所で、四天王と一緒にキャンプをしたこともあった。
何が言いたいかというと、アイリスは辺境の森での生活を舐めていたのだ。
いや、森の生活というより子どもの姿でできる限界を甘く見ていた。
何度か小さな魔物と出会い、食料確保のため攻撃を仕掛けた。
結果、全く歯が立たず何とか逃げ延びた。
子供の体力、ナイフを使っても致命傷にならない戦闘力の低さ、そして一番の誤算が魔法だった。
全属性を使えると言っても全て標準以下。
この世界の標準は生活魔法を使える程だ。
今のアイリスの魔法は、勇者や魔王だった時の何百分の一という弱さになっていた。
生活魔法も使えないとなると、この場所でのサバイバルは過酷を極める。
大抵の魔物は火を嫌う傾向がある。
魔物避けとして夜に火を起こせないとなると安心して眠ることも出来ない。
そして一番の問題が飲み水の確保だった。
森には川が流れているが、魔物の糞など溶け込んでいる。細菌だらけのためそのまま飲むわけにもいかない。
なので火を起こして殺菌してから飲むか、水魔法でそのまま飲み水を得ようと考えていた。
しかし結果は惨敗。
原因は力量というより、この森の魔素の濃さにあった。
普段より濃い魔素が体内に入ってくる。
その魔素が自身の魔力と混ざり合い、魔力のコントロールが上手くできなくなっていたのだ。
「これは……結構やばいかも。」
アイリスの頭に死という文字が少しずつ鮮明に浮かび上がってくる。
一度立ち止まると周囲に魔物の気配が無いことを確認する。
落ち着くために深呼吸をしてから思考のターンに入る。
(今の手札は兄様から貰った短剣と全く使えない魔法。今のところ周囲に食べれそうな果物や植物は無い……)
アイリスは静かに目を開けて呟いた。
「あっかん、開始早々から積んでもうとるがな。」
普段使わないコテコテの関西弁。
誰にも聞かれない呟き、これが本当の独り言。
アイリス絶賛現実逃避中。
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ふざけていても事態は変わらないので、少しでも生き残る確率が高い案を考える。
「自力で生き抜くのは無理。こんな所に人なんか来ないから助けを待つのも愚策。となると方法は一つしかないか……」
アイリスが弾き出したこの森で生き残る唯一の方法。
「辺境の魔女を見つけて弟子入りするしかない!」
可能性が高い案といっても、そもそも他の案の生存確率がほぼ0パーセントだ。
本当に辺境の魔女は実在するのか?
実在するとして見つけることが出来るのか?
そして見つかったとしてこんな子供……魔族返りとか言われてる忌み子を弟子にしてくれるのか?
課題は山積みだったがウダウダ悩んでも仕方ない。
(やってダメなら他の方法を考えよう!)
アイリスは決意を新たに森の奥へ歩みを進める。
体力がある内に動かなければいけない。
時間が経てば経つほど体力はなくなり、今までのように動けなくなる。
なら、一番元気がある時に動かずにいつ動くのか?
実際のサバイバルでも体力のあるうちに拠点を作ったり、ライフラインの確保を行ったりする。
アイリスのこの考えは理にかなったものであった。
歩を進めながらも周囲の警戒は一切怠らない。
魔物の気配がすれば立ち止まり、自身の気配を少しでも消すよう息を潜める。
幸いこの辺りは色々な匂いが混ざっており、アイリス単体の匂いを感知できない状態であった。
昔は探索系の魔法や、魔力探知などで索敵を行ったが、現状そこまでの魔法を使うことができない。
目と耳と嗅覚、己の感覚を全て研ぎ澄ませ周囲を警戒する。
大型の魔物に出会わないことを祈りながら、アイリスの宛のない探索はまだまだ続く。
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森に入ってからどれくらいの時間が経った?
ここまで毒のない植物から水分を摂取したり、食べられそうな果物を食べたりしながら命を繋いできた。
しかし、圧倒的なエネルギー不足と軽い脱水症状から満足に動けなくなってきた。
森の中には太陽の光は入ってこないので、時間の感覚も分からなくなっている。
(まずい……本当にまずい状況だ……)
フラフラになりながらも歩みを進めていると、森の奥に明かりが見えた。
「明るい、もしかして誰かいるのかな?」
森に入ってから見る初めての明かり。
それも自然のものではない人工的な光が、視線の先に浮かび上がっている。
アイリスは希望の光を掴むため、最後の力をふりしぼって足を前に進めた。
遂にアイリスは辿り着いた。
そこにあったのは一軒の小屋だ。
明かりの正体は小屋の中を照らすライトの明かりだった。
こんな所で生活しているのは一人しかいない。
「やった……これで…た、す、か……」
アイリスの意識はそこで途絶えた。
目的の場所に着いたことで、張り詰めていた緊張の糸が断ち切れてしまった。
その様子を見ていたのは辺境の森の魔女。
ではなく大きなクマの魔物。
体調は3m程あり、腹を空かして餌を探していたところに、丁度いい大きさの餌が森に落ちていた。
クマの魔物はヨダレを撒き散らしながら捕食の体勢に入る。
餌は動く気配が全くない。
今日は簡単に餌を手に入れることができた。
クマはそれを捕えるべく、両腕を大きく振り上げ掴みかかろうとした。
「ガ!?ガァォァ!?」
クマは突如大声を出しながら苦しみ始めた。
原因は分からないが、上手く呼吸ができずその場で暴れ回っている。
「ったく、他人の家の前で騒ぐんじゃねぇよ。」
面倒くさそうに森の奥から歩いてきたのは一人の女性だった。
「ブラックベアのオスか。久しぶりに熊鍋でもするか。」
女性はそう言うとクマに向けて右手をかざす。
「よいしょー。」
気の抜けた声と同時に風の刃が出現すると、そのままブラックベアの首を切り落とした。
血が溢れ出しそうになった瞬間、切断面が一瞬で凍り付く。
森には獰猛な魔物が至る所にいるので、血の匂いにつられ他の魔物が集まってくる危険性がある。
女性はそれを回避するため、瞬時に切り口を凍らし、辺りに血が流れ出ないようにしたのだ。
「さてと、食料確保は済んだんだが……これは何だ?」
女性がこれ呼ばわりしたのは、自分の家の前で行き倒れている物体。
ボロボロの布が転がっているのかと思ったが、よく見るとそれは子供だった。
「なんでこんなとこにガキが?」
周りを見渡すも保護者らしき人物は見当たらない。
そもそも、こんな森に入ってくる物好きもなかなかいないが。
面倒事の予感がした女性は一瞬放っておこうかとも思ったが、流石に小さな子供をこのまま置いておくこともできず、少女の首根っこを猫を持つかのように掴みあげると、そのまま小屋の中に入っていった。




