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魔法の死に際  作者: 藁草ワロタw
第一章『慈愛の死に際』
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8.商会長


 煌々と灯りがともり、高価な香料を焚いた執務室で男は背もたれに体重を預け、モノクルを外して眉間を揉んだ。


 商会を構えるここ貧民街スラムは、その住人の質の悪さも然ることながら、タチの悪い訪問者が非常に多い。

 彼らが持ち込んでくる、表立っては出来ない汚れ仕事を請け負うくらいならもう慣れたものだが、近頃は神経を使う仕事が増えてきた。


「戦争でも起こすつもりですかね、この国は」


 一人きりの部屋で男は誰にともなく呟く。

 先日、商会に訪れた四人組の冒険者は、聖遺物アーティファクト回収の依頼があったと鼻高々に話していた。


「どこに敵がいるかわかったものではないでしょうに」


 オルトナ王国は、七つある聖遺物アーティファクトのうちの四つを保有しているとされている。

 ただ、それはあくまで保有、管理していることに意味があるのであって、仮に彼らのような一般人が行使できる状態にあるとなれば他国も黙っていないだろう。


 聖遺物アーティファクトは、かつて魔王が君臨した時代の古代魔法ロストスペルを封じ込めた魔導具──いわば破壊兵器だ。

 保有しているだけで国力の面で、他国への牽制となる。


 そんな、国の命運すら軽々握ってしまうような魔法兵器の回収を、ギルド経由で請け負った挙句、機密を漏らす危うさすら自覚せぬ一介の冒険者──。


 目的が何であれ、只事ではない事情がありそうだ。


 男はこの数日で彼らの身元を調べ上げた。


 最も口が軽かったブレイドという男と、魔術師と戦士、それと治癒師。

 特段変わった経歴はなく、法を犯した記録こそなかったが素行が悪く、実績と実力も見合っていなかった。モノクル越しに見たから間違いない。


 しかし治癒師の女だけは違った。

 一見人並みの魔力量に対して異様に洗練された魔力操作。一切揺れのない──それこそ聖女を思わせるほどの。

 だが生まれは一般家庭で、両親は早くに亡くしており、特待生として魔法学校を卒業した後はギルドに登録し、活動していたようだ。


 優秀であること以外は何もなかった。


「事が済んだら始末しろ、ということなのでしょうね」


 ギルドから商会ウチへ顔を出すように言われていたようだが、国家機密に触れてもおかしくないほどの依頼内容でありながら、何の身分も持たない冒険者を徴用するなどそれしかない。

 所詮、情報を残さないための捨て駒だ。


 念のために身元を調べて置いたわけだが、やはりといったところだった。そのうち内密に依頼があることだろう。

 世界情勢などに一切興味はないが、動向を見極めて勝算のある方に乗る。それだけだ。

 

「ついでにあの気味の悪い子供を処分できたのは僥倖でしたか」


 ブレイドらの「迷宮攻略のために貧民街スラムの人間を借りたい」という頼みに、すでに死に体ではあったが少年の居場所を提供した。

 当然、その末路を知っての返答だった。だから「死んでも構わない」とあえて伝えておいた。


 商会にとって、貧民街は適度に汚れ、適度に貧しく、そして適度に生きていなければならない。住人を絞り尽くして殺すのは、金の卵を産む鳥を屠る愚行だ。


 けれどあの少年に限っては違う。

 罪人や騎士崩れなどが行き着く墓場とも言われるこの貧民街で、生まれ、育った特異な存在──。

 新たに生まれてくることすら異常だというのに、腕や眼球を対価にしてでも生に縋る異様な執着。

 まるで死にながら生きているような、底知れぬ悍ましさがあった。


 モノクル越しの、彼を取り巻く禍々しい魔力を見たときは背筋が凍った。

 それ以来、触れずにそっとしておいたのだ。


 そんな不安因子を、直接手を下すことなく片付けられたことに、改めて胸を撫で下ろしたところで、執務室のドアがノックされた。


「──ヴィンセント、入るぞ」


 男──ヴィンセントはモノクルを掛け直し、商会お抱えの殺し屋であるジャレッドを出迎えた。


「何かありましたか、ジャレッド?」

「ちょいと外が騒がしい、嫌な感じだ」

「ほう?」

「血の匂いがする」


 ジャレッドの報告にヴィンセントは目を細める。


 商会には防汚目的の結界を張っているため、実際に音や匂いはほとんど届かないはずで、彼は直感でそう判断したということになる。

 とはいえ元騎士である彼の感覚は、長年鍛錬を積んだ人間のそれだ。今さら疑うまでもない。


「……ガラムあたりの報告を待ちましょう」

「敵だったらどうする? こちらから仕掛けるべきだろう」

「いえ、敵ならなおさら商会ここで迎えるのが得策でしょうね。貧民街スラムにくる目的なんてそう多くはないでしょうから」


 言いながら、ヴィンセントは静かにモノクルを押さえる。


 仮に商会に用はなく、貧民街スラムに住まう人間相手に暴れているのならそれはそれでいい。そこで発生する犠牲は必要経費と割り切ればいいのだ。


 ヴィンセントはジャレッドとともに応接室へ移動した。


 現在、商会には自分たち以外に数人しかいなかった。ほとんどが取り立てなどの実務に出ている時間だ。気休め程度にその数人も近くに配置しておく。

 何にせよ、結界をくぐった人間がいれば感知できる。奇襲に後れを取る心配は──、


「結界が破壊されました」

「なんだと?」

「……なぜ?」


 ジャレッドの反応すら無視して、そんな疑問がヴィンセントの口をついて出た。


 あくまで貧民街の音と悪臭を隔てるためだけの結界。人体へ害を成す効果などは一切ないのだ。わざわざ破壊する理由がわからなかった。


 空気は淀み、香料の匂いに腐敗臭が混じり始める。

 外の喧騒が聞こえる。貧民街の住人たちのかすかな声だ。息を呑むような、中には悲鳴もあるようだ。


「来るぞ」


 ジャレッドが警告する。

 コツコツと階段を上がってくる音が近付いてくる。

 応接室のドアがゆっくりと開かれると、タチの悪い訪問者がそこにいた。


 黒い外套に身を包み、フードを深々と被った少し小柄な男、だろうか。

 漆黒のガントレットを嵌めた右手には、首から下をなくして金を塗りたくられたガラムらしき顔がぶら下がっていた。


 まるで見覚えのない風貌。

 だが、モノクル越しの禍々しい魔力には見覚えがあった。


「────」


 商談用に鍛え抜いてきたはずの鉄面皮はほんの一瞬、ヴィンセントの顔を引き攣らせた。


 ◇◇◇


 モノクルの奥で、瞳孔が限界まで収縮するのが見えた。


 ヴィンセント商会の長であり、貧民街スラムにおける絶対的強者。その名を知らない者はいない。噂に聞く冷徹非道なやり方はこの男の狡猾さを物語っている。


 この期に及んで眉一つ動かさずにゼノを迎え入れたのも、残忍さゆえか、まだ余裕があるらしい。

 右手に引っ提げた用心棒が見えないのだろうか。


 ヴィンセントの他に、殺気立った男とその他数人。必死にこの状況を飲み込もうと、こちらを凝視している。


 一瞬の沈黙──破ったのはやはり、殺気の男だった。


「そいつは商会の人間だったはずだ! 宣戦布告と受け取って良いな?」


 男の腰から逆手で抜かれた剣は、勢いのままに首元へと迫りくる。ゼノはここぞとばかりに右手のガラムを投げつけ、剣戟を半身で躱す。


「おいおい、さすがに可哀想だろ、それは」

「何を、すでに死んでいるだろう」


 咄嗟に軌道を変えた男の剣に、ガラムは宙で真っ二つにされ、金属のような鈍い音を立てて床に転がった。斜めに斬られた断面が床にへばりつき、黄金の眼がヴィンセントを恨めしく見上げているようだった。


「二度も仲間に斬られちゃ文句も言いたくなるってよ?」


 皮肉なことに、味方に刃を向けられる気持ちを、ゼノはよく知っている。遠い昔の話だが。

 当然そんな煽りにヴィンセントが表情を変えることはない。逆手の剣を構え直す男を片手で制し、モノクルを整えてから、この場にそぐわない緩和な笑みを浮かべた。


「死人に口なし、とは言いますが……これほど騒々しい無言の帰宅は初めてですね。さて、弊会への苦情でしょうか。それとも──?」

「なんだ。案外、熱烈な歓迎じゃないか。──なら、腹を割って話をしよう、商談の時間だ」


 ゼノはフードを捲り、ヴィンセント商会へ足を踏み入れた。


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