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魔法の死に際  作者: 藁草ワロタw
第一章『慈愛の死に際』
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7.黄金の凱旋


 慣れた悪臭が鼻を突いた瞬間、ゼノの意識に少年の忌まわしい記憶が蘇った。


 一年前。十五にも満たない少年が、必死に泥を這って貯めたなけなしの金貨を握りしめていた。


 彼はこの生き地獄から出るため、街の外門へと向かった。だが、そこには貧民街スラムを牛耳るヴィンセント商会の用心棒の男が立ち塞がっていた。


『通りたきゃ通行料を出せ。──おっと、その額じゃあ右足の先しか通せねえな』


 理不尽な要求。

 だが逆らう気も起きない。世間知らずな少年でも知っている、ここ貧民街スラムにおいて、ヴィンセント商会の言うことは絶対だ。


『いくらあれば、通してくれますか……』

『金貨十枚持ってきな。話はそれからだ』


 少年の手持ちは金貨二枚。それでも、片腕・・で必死に貯めた全財産だった。


『十枚なんて、どうやったら……』

『知りたいか? 金を稼ぐ方法』

『っ! 教えて、ください……!』

『そこの二番目の路地を入った奥に闇医者がいる。なんでもそいつぁ、人間の一部を切り取って売り捌いてるらしい。──特に眼球と子供の体は高く売れる分、高く買い取ってるそうだ』


 嘲笑を隠さない男の言葉に、少年は迷わなかった。


 自由のためなら光など半分でいい。彼はその足ですぐに闇医者のもとへ向かい、痛みを和らげる薬も満足にない中で左目を抉り出し、金貨十枚と引き換えに差し出した。


 だが外門へと戻った彼を待っていたのは、男の冷笑だった。


『おっと残念。ちょうど今通行料が上がって金貨十五枚になったんだよ。その金を合わせても……ほら、ちっとばかし足りねえな』

『……は?』


 吐き気がするほどの悪意。あからさまな搾取だった。


 少年は逆上のまま男に掴みかかった。

 だが、用心棒の鍛えられた拳が少年の顔面を砕き、そのまま商会へ連行され、迷惑料という名目ですべての金を奪い取られた。


 すぐ側で見下ろしていたモノクルの奥の目は、路辺に転がる石ころの価値を見定めるような冷ややかさだった。


 それから、騙されたとはいえヴィンセント商会相手に手を出した憐れな少年に関わる人間はいなくなった。


 光を失い、金を失い、仕事も失い、ただ泥を舐めて野垂れ死ぬのを待つだけのゴミへと貶められたのだった──。


「──あぁ、早く会いたいな、クソども」


 ゼノの右手が、無意識にガントレットを強く握りしめた。金属の軋む音が冷たく響く。 

 どうやら通行料が必要なのは貧民街スラムから出る時だけのようで、何の障害もなくここに戻って来られた。


 グラトニアとは真逆の様相。

 ここに人々の営みなど存在しない。活気のない死人の街並に縋り付いて生きる人間がいるだけだ。


 貧民街スラムの外から訪れるのは、大抵碌でもない仕事の依頼人か、気まぐれで施しを与えて破滅していく様を見たいだけの、悪趣味な人間くらいだろう。

 そんな淀んだ場所を、黒い外套を纏ったゼノが悠然と闊歩したところで、誰に何を言われることも、歓迎されることもない。


 全てを奪われてなお生還した少年ゼノの凱旋は、実に寂しいものだった。


 しばらく進むとスラムの空気感が、その建物の前でだけは不自然に途切れていた。


 ──ヴィンセント商会。


 周囲のボロ屋を威圧するように建つ石造りの建物は、この掃き溜めにおける権力そのものの象徴だった。


 ゼノは外套のフードを深く被り、さらにその先の王都方面にある外門へと向かうと、通行を阻むように立つ、見覚えのある二つの背中が見えた。


 一年前、少年の鼻を砕いたあの用心棒もいる。腰の湾刀が印象的だ。

 彼らは通りかかる数少ない住民を蛇のような目で見繕っている。


「おや、見ねえツラだ……迷子かい?  坊ちゃん」


 ゼノを見るなり、湾刀の男が下卑た笑いを浮かべて進み出てきた──あの日の男だ。

 質の良い外套に目を輝かせ、値踏みするようないやらしい目をしている。


 何も変わっていないようで安心した。


「知らねえかもしれねえが、貧民街スラムには貧民街スラムのやり方があるんだ。あんたが誰だろうと従ってもらうぜ? ここを通りたきゃ通行料が必要だ……金貨二十枚……いや、坊っちゃんみたいな高貴な御方なら二十五枚ってところだな」


 湾刀の男の言葉に、もう一人の腰に短刀を提げた男が「ガラムさんの言う通りにしときな?」と下品な笑い声を上げた。


 ゼノは足を止め、フードの奥で片目を細める。


「なんだ、また値上がりか? 随分と世知辛い時代なんだな……こんな狡い商売を強いられて、可哀想に」

「──? あ、あぁそうなんだよ。いやぁ話がわかる人でよかったぜ」

「二十五枚──でいいんだな?」


 念のために、最後・・の確認をしておく。

 必要以上に話すと笑いを堪えるのが大変そうだ。

 後に引けぬよう釘を刺したそのあまりに素直な反応に、男たちは一瞬だけ顔を見合わせたが、すぐにカモが釣れたと確信したようだった。


「あ、ああ、そういや……ついさっき値上がりして金貨三十枚になったんだった。ヘヘッ、危ねえ危ねえ」


 湾刀の男──ガラムがニヤニヤと手を差し出し、もう一人が背後で「きっちり払ってもらうぜ?」と合いの手を入れながら、退路を断つように間を詰めてくる。


「……ク、ククッ……クッ、アハハハハッ!!」


 あまりの軽薄さに堪えきれず、嗤ってしまった。


「そうかそうか……三十枚か!! ──ちゃんと全部受け取ってくれよ?」

「ああ? 何笑ってやが──ガァッ!?」


 ガラムが言い終えるより早く、ゼノは動いた。

 背後の男の腰から短刀を奪い取ると同時に、抜き放つ軌道のまま、眼前のガラムの太腿を深々と一閃する。


 噴き出す鮮血を気にかける間もなく、鋭く反転して背後で硬直している男の腹部に、短刀を浅く突き立て──その切っ先から、練り上げた魔力を一気に解放する。


「──吹き飛べ」

「ぶ、ごぁっ!?」


 不可視の風刃が、男の腹の内側から爆ぜる。

 肉を断ち、内臓を掻き乱す衝撃に、大柄な男がくの字に折れて後方へと吹き飛んだ。そのまま壁に叩きつけられ、音もなく崩れ落ちる。


「おお? この短刀、魔導具だったのか……粗悪品すぎて手に取るまで気付かなかったぞ!」


 ゼノの想定よりも魔法の出力が安定し、少しだけ効果が向上している。

 魔導具なら触れずとも魔力を感じるものだが、この男たちに持たせるならこの品質でも十分すぎるかもしれないと、ゼノは妙に納得した。


 一方で、太腿を深く切り裂かれたガラムは鮮血をぶち撒けながら、憎悪に満ちた声を張り上げた。


「ぐ、ぎぃ……っ、この……ッ、クソガキィィッ! 

ふざけんじゃねえ……ッ!  狂人がッ、死にやがれぇッ!!」


 片足を引きずりながら振るわれた横薙ぎの湾刀を、ゼノは短刀で軽くいなす。


 どうやら風系統の魔力を乗せていたらしい。

 必死に絞り出したであろう微弱な魔力が、刃に薄らと風を纏わせていた。

 おかげで軌道がよくわかる。


「お前みたいなクズにも魔法が使えるなんてな!」

「あァ!?! ダラァッ!! 切り刻んでやらァ!!」


 ゼノの挑発に、ガラムは凝りもせず風を纏った湾刀を振り回す。決めにかかった最後の大振りを短刀で弾く瞬間、ゼノは()()()()()()させた。


「──んがぁッ!? ひ、あ゛ァァァあッ!!」


 直後、湾刀に溜めていた風の刃が主の意思を裏切り、牙を剥いて逆流する。自分の放ったはずの風刃が腕から順に、顔面へと薄く切り刻んでいく。

 しかし、元が弱風なせいか大した威力にはならなかった。


「く、そがッ……ヴィンセント商会を敵に回してタダで済むと思ってんのか!? 殺すぞテメェッ!!」

「おいおい、通行料を吹っかけてきたのはそっちだろう!? こっちは支払う準備をしてやってるんだろう──がッ!!」

「ぶへらッ!?!?」


 膝をついたガラムにゼノは即座に駆け寄り、短刀を握りしめたままその鼻先を殴りつけた。


「前に殴られた分だ。返せるうちに返しておくよ」


 漆黒の金属が骨を砕く鈍い音と共に、ガラムは仰向けに倒れ伏せる。

 ゼノは短刀を放り捨て、代わりにガラムが手放した湾刀を拾い上げた。そして、深々と被っていたフードをゆっくりと外す。


「さて、久しぶりだなクソ野郎。知ってるか? 貧民街スラムには貧民街スラムのやり方があってな……ここじゃ()()()()になるそうだぞ?」

「……て、め……あ、あの時の……ッ」


 ガラムの顔から一気に血の気が引いていく。覚えてくれていたようで何よりだ。

 ゼノは自身の周囲に不可視の刃を纏い、馬乗りになる。そして懐の金貨袋からきっちり三十枚取り出して並べていく。


「悪いが火系統はちょっと苦手なんだ。加減が難しいから動かないでくれよ」

「なん、だ……何する気だッ……!!!」


 並べた金貨を湾刀の刀身にひょいと乗せ、その切っ先を男の眼球に触れるギリギリに据えたまま、ゼノは魔力を込めた。


「お……おい……待て待て……ッ! やめろ……ッ! やめ──」


 刀身に乗せた金貨がドロドロと溶け始め、湾刀を伝って切っ先へと流れていく。超高熱の液体となった金貨はガラムの眼窩へポタポタと垂れ落ちる。


「ア゛ァァァァァァァァッッ!!!!!????」


 獣じみた悲鳴を上げて悶え苦しむガラム。

 閉じた瞼を溶解させ、眼球は瞬時に沸騰し、焼け爛れる凄まじい臭いと共に、不気味に輝く黄金の液体が溢れ出す。


 抵抗しようと腕を上げればゼノの周囲に渦巻く風の刃が、その腕を容赦なく切り刻む。


「ほらほら、あと二十九枚だ。お前が三十枚って言ったんだぞ?」


 二枚目の金貨を一瞬で真っ赤な流体へと変える。

 ドロリ、と一枚目が注がれたばかりのぐつぐつと煮え爛れた眼窩へ流し込む。


「──ァバァァァァァァッッ!?!?!?」

「ちょ、おい、動くなって言ってるだろう。右手だけで上手くやってるんだ。危ないじゃないか」


 もっともっと後悔させてやらなければならない。

 金貨を取り返し、目をくり抜くだけなんて生温い。

 抗うことも出来ずに踏み躙られ、生きる気力すら奪われた。


 ならば抵抗も許さず踏み躙り、殺してほしいと懇願するほどの絶望をくれてやる。見下して欲をかいた分だけ叩きつけてやる。

 だから三枚目、四枚目と執拗に時間をかけて金貨を支払うのだ。


「お前たちが大好きな金で格好良くしてやるからな──!?」


 今ならわかる、あの闇医者も商会の人間で間違いない。少年に眼球を換金するよう唆し、闇医者が引き受け、その金すらも奪い取る。

 そうやって貧民街スラムという地獄から逃さないよう、子供が死ぬ気で貯めた金貨二枚をも掠め取って飼い殺す。


 大方、闇医者が摘出した人体の一部は魔導具の媒体にでもされているのだろう。かつてゼノが禁忌と定めたはずの技術だが、現代にそんな倫理が残っているはずがない。

 となれば、少年の左目も既に魔導具として売り捌かれ、金に変えられているだろう。今さら取り戻しようもない。


 その悪辣極まりない連鎖の入口である、ガラムの目を金に変える──我ながら素晴らしい意趣返しだ。


「ぁ゛だ、ずけ……」

「助け? あるわけないだろう……いや、あるか?」


 金貨を湾刀の先端で掬い上げて乗せる、という一連の動作にゼノが慣れ始めた頃、ガラムの意識は途絶えかけていた。残る金貨は九枚──。


「二十五枚でも欲張りすぎだったな」


 とっくに片目では足りず、ガラムの両の眼窩からは溢れ出した金が冷え固まって、鈍い輝きを放っていた。

 ゼノは残った九枚の金貨を掌で転がし、湾刀と一緒に片手で握り込む。


「退屈だったか? よかったじゃないか!! 相棒からのご指名だ!!」


 ゼノは立ち上がり、壁際で崩れ落ちているもう一人の男へと歩み寄った。腹部を風刃で貫かれた男は、辛うじて息はしているものの、指一本動かせずにいた。


「ん……が……ひ、ぃ……っ」

「ガラムだけじゃ三十枚、受け取ってもらえなかったんだ。残りの九枚……端数が出るのは気持ち悪いだろう? お前が受け取れ」

「や……め……っ、ご、ごめ、もご、んご、ふご……」


 ゼノは湾刀を一旦地面に置き、金貨を一枚ずつ男の口に詰め込んでいく。

 たっぷり時間をかけたいところだが、ガラムに時間をかけすぎた。今日はまだやらなければならないことがある。


「お前は合いの手が煩かったからな、一気に飲み干せよ? これでちょうど三十枚だ」


 拾い上げた湾刀を男の口に充てがい、魔力を込める。一気に九枚の金貨を溶かした熱は、一瞬にして頬肉をドロドロに煮え立たせ、一層激しい熱気を立ち昇らせる。

 痙攣しながら飲み干した男の破れた腹からは、黄金が溢れ出ていた。


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