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魔法の死に際  作者: 藁草ワロタw
第一章『慈愛の死に際』
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5.地獄から


 ブレイドたちの話によれば、オルトナ王国の王都から真南に位置するこの地は、いにしえより迷宮資源を防衛管理する前線基地として栄えた場所だという。


 今はその名残として、整備された小都市グラトニアと、その影にへばりつく広大な貧民街スラムという、対極的な二層の街を成しているようだ。


 そして、明らかに人工的に作られた迷宮に、それを防衛管理していたという王国。そして迷宮の最奥にある聖遺物アーティファクト守護者ガーディアン──。

 

 どれも前世には存在しなかったものだ。

 百年程度で発展できる範疇を超えている。二百年、あるいはそれ以上の年月が経過しているとみていいだろう。


 ゼノは足を止め、背後で幽霊のように震える四人を振り返る。


「よし、ここまででいいぞ。……悪いがバルカス、ミラ。その鎧と杖を置いていってくれないか? 服を買うための金がほしい」

「「……は、はいっ!  喜んで!」」


 二人は、自分たちの誇りであろう高価そうな装備を、呪物でも捨てるかのようにゼノの足元へ積み上げた。ブレイドもまた、震える手で懐の金貨袋を差し出す。


「あとこいつも貰う。右腕がなくちゃ困るからな」


 右腕があってもなくても渡すつもりなんてないが。

 そんな嫌味を込めて言いながら、ガントレットを嵌めた右手をひらひらと見せるゼノに、ブレイドは苦い顔をした。


「……これで、行かせてくれるのか?」

「ああ。だが、一つだけ頼みがある」

「頼み……わかった、なんでも言ってくれ」


 息を呑むブレイドに、ゼノは改めて記憶を整理する。


 彼らが道中に話した、迷宮にきた目的である『聖遺物アーティファクト回収』。当時の浮かれた様子から察するに、何者かからの依頼──それも、かなり重要な案件だと推測する。

 であれば地方、ましてや貧民街スラムで引き受けた可能性は低い。


「お前らの雇い主は王都にいるんだろう?」


 ゼノの探りを含ませた問いに、続きを待つように頷くことはあっても、否定はなかった。


 目的の《暴食のライラ》に込められた術式は、確かに彼女が得意とした陰系統のものだった。ただ一点、攻撃性だけが異常なまでに抽出されていることを除いて。


 依頼の真意はまるでわからない。


 どこの誰がどの椅子に座っているのかもわからない。だが、あの日を知っている者がいるのなら、そいつを炙り出す処刑台からの宣戦布告を。


「魔王ゼノが地獄から戻ってきた──そう伝えてほしい」


 殺気混じりのその言葉に一同は戸惑いを見せた。


「魔王……ゼノ?」

「ゼノって……え?」

「いやぁ、さすがに……?」

「…………」


 それぞれ煮え切らない反応に、ゼノは「なんだ?」と眉を寄せた。


「いや、何も……。──伝えておくよ」


 ブレイドが歯切れ悪く言葉を返すと、ミラとバルカスは救いを得たかのようにその場を逃げ出した。二人に続くように、ブレイドもまた重い足取りでその場を後にする。


 彼らはこれから数日をかけ、北にある王都へと這い帰り、ギルドへ『聖遺物回収の失敗』と『魔王の復活』を報告することになるだろう。


 ただ一人、フィオリアだけが、ふらつきながらもその場から動かずにいた。


「────」


 何か言いたげなフィオリアの眼光は鋭い。

 けれどゼノが声をかけるより早く、彼女は振り返り三人を追って去っていった。


「時代が違えば、もっといい魔法使いになれただろうよ」


 遠くなった背中にはもう届かないが、紛れもなくゼノの本心だった。

 フィオリアが必死に紡いだ術式を思い返す──。


 かつてゼノが激しく反対し、たもとを分かつ原因となった男が提唱した、魔法理論を基に生み出された幾つもの魔法。

 その中にはフィオリアが振るったような治癒魔法もあった。


 ──過程を飛ばして、結果だけを求める魔法。


 確かに効率的なやり方だ。そこにも慈悲があるのはわかる。だが、痛みを知らない者は、他者の命を奪うことにも、自らの命を削ることにも鈍感になる。


 魔法は奇跡だ。

 だからこそ上手く付き合わなければいけない。

 どんな傷も病も治せるなら、人は慎重さを失ってしまうだろうから。


 怪我をしても一時間もすれば血は止まり、瘡蓋かさぶたができる。その状態でゼノの治癒魔法を使えば、瘡蓋は鮮血へと戻り、破れた皮膚を繋ぎ合わせる。当然、痛みを伴うわけだ。


 そんな、あえて不完全な治癒魔法を正解としたのは、魔法という奇跡が当たり前になりつつあった世界で、命の重さを知るための唯一のくさびになると信じたからだ。


 ゼノが研究し、この世に遺そうとした魔法は、いつだって守るための力だった。


 そして現代、フィオリアの魔法を見る限りやはりといったところか、ゼノの魔法は残っていないのだろう。遺した魔導書も廃棄されたか、どこかで厳重に封印、管理されているかあるいは──。

 

「俺が()()()()()以上、その可能性も捨てきれない……か」


 人間は数百年も生きられない。

 けれど魔法という非常識が常識になった世界なのだ。既存の常識は案外簡単に覆ったりする。


 それこそ当時は、奴らが求めた不死の魔法など研究すらしていなかったが、皮肉にも転生という形である種の不死を完成させてしまったのだ。

 どんな形であれ、魔導を極めた人間なら到達してしまうのだとすれば、頭の片隅にでも置いておくほうが良いかもしれない。


 気持ちを切り替え、ゼノは戦利品をまとめると、ひとまず貧民街スラムの前に、隣接する小都市グラトニアの雑踏へと紛れ込んだ。

 

 そこは貧民街スラムとは別世界だった。

 石畳は磨かれ、冒険者や商人が行き交う活気に満ちている。ゼノはすぐさま質屋で鎧と杖を金貨へと換え、仕立屋へと足を向けた。


 店内に入ると、店主がこちらを一瞥し、すぐに興味をなくしたようだ。

 並べられた服は少ない。吊るしの服を売っているというより、仕立ての見本のようなものだろう。前世でも服は貴重だった。


「急ぎだからあり合わせで構わない、これで見繕ってくれ」


 店主に金貨を数枚手渡すと、ギョッとした様子で忙しなく店内の品をかき集め始めた。


 そう広くはない店の奥には、大きな姿見があった。

 最後に自分の姿を見たのはいつだったか。貧民街スラムでは見る機会はほとんどないし、そもそも気にしている余裕もなかった。

 待っている間に確認しておくべきだろう。


 大きな鏡の前に立つ。反転した世界に少年──ゼノの姿を映し出す。


 色素の薄い灰白色の髪。光の加減では白銀にも見えるその色は、かつてのゼノの髪色を思わせる。左腕は付け根からなく、剥き出しの眼窩──左の眼球があった場所は不気味に落ち窪んでいる。

 右の瞳は涼し気な碧眼だ。これは意外だった。どうやら転生の条件に目の色は関係がないらしい。


 年齢に関してははっきりした記憶がなく、貧民街スラムで生き足掻いていた頃は十四、五歳だと自覚していた。

 しかし痩せこけているが、魔力循環の成熟具合を見るに、実年齢は十六歳を少し越えたあたりだろうか。


 何にせよ、見窄らしい姿だ。


 異質な存在感を放つガントレットに、貧相な肉体がくっついているかのような不格好さだった。


 しばらくすると、店主が黒い塊を持って現れた。


「お客様、こちらでいかがでしょう」


 ゼノは店主が持ってきた品に袖を通す。

 黒い服と左目を隠すための眼帯、そして灰色の髪を覆えるフード付きの黒い外套。黒一色とはなかなかセンスがいい。

 おそらくは、あり合わせの柄物では組み合わせが壊滅的だったのだろう。


 それにしても質の良い布地、汚れ一つない身なり。


「これはいいな」


 鏡の中にいる高潔で傲慢な黒装束は、再臨の魔王に相応しく思えた。少々値が張りそうなのも含めて。

 ここに至るまで散々踏み躙られてきたのだ。お金などいくらかけても足りないくらいだろう。


「……あ、あの、お客様。宜しければ、こちらの香油もいかがでしょうか。高価なものですが、その……匂いを消すには最適かと」


 店主が揉み手をして恐る恐る声をかけてくる。


 実に失礼な提案だが、彼はゼノが先ほどまでボロ切れ同然の格好だったことなど、もう忘れたかのようにへりくだっていた。


 ゼノは何も答えず、金貨を手渡した。

 まずは見た目から、と思っていたが臭くては復讐者として格好がつかなそうだ。

 それに、ブレイドたちに伝言を頼んだのだから、急な来訪があるかもしれない。出迎える準備を整えておくのは礼儀だろう。


 支払いを済ませて店を出ると、ぬるい風が外套の裾を揺らす。外はもう日が暮れ始めていた。


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