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魔法の死に際  作者: 藁草ワロタw
第一章『慈愛の死に際』
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1.魂の形


 その瞬間、世界から音が消えた。

 激痛すら、遅れてやってくる。


 地下迷宮の冷たい空気の中で、少年の右腕は肘のあたりから無造作に転がっていた。

 つい数秒前まで自分の意志で動いていた指先が、今は泥にまみれ、痙攣しながら白んでいく。


 パーティーのリーダーだった男──自慢の大剣とは不釣り合いな軽装の剣士が、汚れを払うように剣を振って一蹴した。

 剣に付着した少年の鮮血が、迷宮の壁に無慈悲な弧を描く。


「いやマジで荷物持ち引き受けてくれてありがとうな!? てことで──ここで死んでくれよな、クソガキ」


 わざとらしく繕うのも、仲間のフリをするのも、ここで終わりらしい。


 吐き捨てたリーダーの背後で、ローブの女が“聖遺物アーティファクト”を抱えて薄笑いを浮かべていた。

 残りの二人の冒険者も、少年の絶叫など聞きもせず、最奥の宝箱から手に入れた戦利品を抱えて背を向けた。


 この迷宮の守護者ガーディアンであるベヒモスは、最も弱った獲物から狙うらしい。

 それが、この最下層の唯一の攻略法・・・だ。


 少年は知っていた。

 この四人が自分に声をかけた理由を。


『人手不足だ』

『荷物持ちなら片腕がねえガキでも務まる』


 そんな嘘を。


 最初から、この瞬間のための生け贄として選ばれたのだ。


 左腕も左目も、生きるために売った。

 そして今、右腕も失った。

 この場に、少年以上に弱い生き物は存在しない。


「ぁ……が、あ……ッ」


 喉の奥から漏れるのは、声にならない掠れた吐息。

 視界の端で、巨大な影が蠢いた。

 宝箱の開封を皮切りに目覚めた守護者が、ゆっくりとこちらを見下ろしている。


 逃げる冒険者たちの背中は、もう遠い。


 ──死。


 そんなの、貧民街スラム育ちの人生には最初から決まっていた結末だ。銭を得るために左腕を捧げ、街を出るために左目を売った。


 それでも、何一つ手に入れられなかった。ただ、一秒でも長く生きようという醜い執着だけを抱えて、泥水を啜ってきた。


 そんなちっぽけな自尊心は、最後の抵抗とばかりに自ら死に場所を選んだつもりだった。


 意識が遠ざかっていく。


 その時、頭の中に──知らない男の声が響いた。


『──なんだ、まだ足りないのか?』


 声。いや、それは思考・・そのものだった。


『──左腕に左目……右腕まで失ったというのに。何がダメなんだ?』

「だ、れ……だ……」


 少年は自らの内に問いかけた。絶望の淵で、自我が崩壊する寸前の逃避だったのかもしれない。


『──聞こえるのか? これはいい、暇で死にそうだったんだ。もう死んでるが、じゃなく……俺が誰か訊きたいんだったな? 俺はお前だよ、って言ってもわかるわけないか。自己紹介してやるならそうだな……」


 捲し立てるその声に、何か応える気力はもう残っていなかった。


『俺は──魔法の極致に至った末に賭けに出て、転生に失敗して彷徨い続けた天才の名残だな』


 徐々に輪郭が曖昧になっていく声を聞き終えた直後、意識が混濁し、混ざり合う。


 魔獣の巨大な顎が、頭上に迫る。

 その瞬間、少年の空っぽの脳裏に前世の光景が氾濫し、莫大な知識が流れ込む。


 ──今や世界に蔓延はびこる現代魔法の原点。

 魔法という名の奇跡をいくつも生み出した、誰もが仰ぎ見るはずの賢者としての記憶。


 その死の間際、絶望の果てで煮え滾る復讐心を、次なる器へと飛ばす狂気に全てを捧げた。しかし十字架とともに燃え尽き、決死の賭けも失敗に終わった、はずだった──。


 だが、最後の一片が噛み合った。

 少年の肉体から右腕という最後の枠組みが失われたことで、()()()()()()()のだ。


 凹凸の合わない鍵と錠では噛み合わないように、歪な魂は綺麗な器をすり抜けてしまっていた。

 死ぬ直前の肉体を記憶し、歪な形で漂っていた魂がピタリと収まるための、欠陥が必要だったということだ。


 失敗作と欠陥品が混ざり合い、狂いなく合致する。


 かくして、処刑台の執念は“完成形”へと至った。


「──ッ! ヒ、……ッ、ヒヒ、アハハハハハッ! ……痛いぞッ、アハハハッ!! やっとだ……ッ! ようやく、戻ってこれた──ッ!!」


 のたうつだけの少年の意識が、賢者──ゼノの猟奇的な思考に蹂躙される。


 失った右腕の断面が焼けるように熱い。

 しかしその熱は全身を巡り、魂と器を一つに溶かし合わせていく。


 邪悪な嗤いに一瞬怯んだベヒモスの顎が再び迫る。

 ゼノは残った右目の焦点を、眼前の守護者へと合わせた。


 二本の大きな角を持つ四足獣だ。

 獣のようでありながらその規格外の巨躯は、体表が竜種のような硬質な鱗に覆われている。


「……随分と飼い慣らされたもんだ。時の流れを感じるよ。だが──」


 ゼノは立ち上がる。右腕を失ったバランスの悪さすら、今は関係ない。

 血の滴る右腕の断面を無造作に魔獣へ向けた。


 次の瞬間、足元の血溜まりが脈打ち、ドロドロと一つに纏まって球を形成すると、弾けるように無数の針となって射出された。


 竜鱗はあらゆる物理攻撃をね退け、魔法に対しても鉄壁の耐性を誇るが──、


「相変わらず、水系統それだけは上手く捌けないんだろう!? 」


 水分を害として認識しない竜鱗の内側──硬質な鱗の継ぎ目、関節、そして眼球。生命である以上逃れられない肉体の隙へ、血の針が吸い込まれるように突き刺さり、血飛沫が上がる。


「────ッ!!!!」


 咆哮に混じる絶叫が迷宮を震わせる。

 しかし、それは決定打にはなり得ない。寧ろ、針で刺された程度で死なれても困るというものだ。それでもこの卑怯な魔獣には十分なダメージだった


 ベヒモスの動きが止まる──否、巨大な身体を小刻みに震わせている。本能で理解したのだろう。目の前にいるのはエサではないと。


「さて……お前にとって俺は最弱ではない──てことはだ」


 ゼノは、出口へ向かって走る四人組を見遣った。

 

 魔獣の首が不自然な角度で冒険者たちの方を向いた。


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