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魔法の死に際  作者: 藁草ワロタw
第一章『慈愛の死に際』
1/17

0.死に際


 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い──。


 純粋だった、浅はかだった、どこまでも救いようのないほどにバカだった。


 顔を上げて見てみれば、どいつもこいつも腐肉に群がる蝿のように、醜い欲望を垂れ流すだけの人間ばかりだ。


 人々の暮らしを豊かにするために紡いだ技術は、今や毒を撒き散らす兵器となり、傷を癒やすはずの魔法は、兵士を死なせず戦わせるための枷へと成り下がった。


 騙されたから、気付かなかったから仕方がなかった。そうやって愚かな自分を慰めて無理やりに飲み込もうにも喉を通らない。


 奴らは薄ら笑いを浮かべて他者を踏み躙り、平気で命を冒涜する。


「──これで……俺たち人間の勝ちだ」


 広場の中心に群がる誰かが溢した言葉に、群衆はどっと沸いた。


 彼らの視線の先にある十字架に、魔法封じのくさびを両腕に穿たれている自分は、どうやら人間ではないらしい。


 はりつけにされ、爪を剥がされた指はことごとく潰されていた。抉られた左目の奥は空洞と化し、辛うじて光を捉える右目の前で、鈍い鉄の輝きが迫る。


 ──最後の一息を刈り取るべく、胸元へ深く短刀が突き立てられた。


「ゔ……ぶ、ぁ」


 ドロドロと噴き出す命の熱が静かに消えゆくのを感じながら、周囲を取り囲む自分と同じ人間──だと思っていた、人の形をしただけのケダモノたちを睨む。


「ご覧ください、皆々様! 『不死の魔法など存在しない』と断じたこの魔の王を! しかし、我々人類の悲願であるその奇跡を独占していないと、なぜ言えるでしょうか。──そう、今ここでその命を以て証明してもらうのです!」


 短刀を片手に、高らかに声を上げた男に賛同するように、群衆は熱狂する。


「こんなもの、貴方には何の効果もないでしょうに。相変わらず痛いのがお好きなようで」


 向き直った男は、魔法封じの楔に短刀を打ち付けながらそう言い、呆れた様子で目を伏せた。


 どうして、こんなモノを味方だと思ってしまったのだろう。どうして、同じ志を持っていると信じてしまったのだろう。


「ひっ……本当に化け物だ、まだ死んでない……」

「やっぱりあるってことだな!? 不死の魔法がッ! なァ!?」

「素直に不死の魔法を開示していればいいものを。あの方の意思に背くから、貴方の命で試さなければならなくなるのですよ、ゼノ先生」


 金の匂いに寄ってきただけの商人が。

 手軽に強くなれると勘違いした剣士が。

 私利私欲のために力を求めた司教が。

 処刑台という舞台で共演している今なら、こうもはっきりと彼らの悪意を感じるというのに。


「あぁそうそう、貴方の無実を訴えていた方が何人かいまして、彼らも皆“異端者”として断罪される事になりました。確か……」


 そこで一拍息継ぎし、男は耳元まで顔を近づけると、


「貴方の教え子だった方、でしたか……才があるのに勿体ない限りだ。せめてものよしみです──魔導具への転用を打診しておきますよ」

「──っ!」


 慈愛に満ちたはずのその声が、今はただ、耳の奥を這い回る蛆虫のように不快だった。


 唯一残った右目の視界に、司教が纏う白の法衣が揺れる。その袖口に施された黄金の刺繍──人と魔導の調和を表した紋章は、返り血で汚れていた。


 “賢者ゼノは魔法を独占し、人々から希望を奪うとともに世界に混沌をもたらし、破滅へと陥れた大罪人である”


 もはや標語と成りつつある人々の共通認識だ。

 正義の皮を被った薄汚い欺瞞に吐き気がする。

 魔法という奇跡を享受しておきながら、言われるままに危険なものだと騒ぎ立てて、悪だと断じる浅ましい群衆どもにも腹が立つ。


 ついには魔王に仕立て上げられ、大事な人たちまで弄ばれる。


 これはきっと天罰だ。こんな世界に魔法を生み出した罰。こんなケダモノたちに魔法を教えた罰。こんなあからさまな悪意に気付けなかった罰──。


 ──あぁ、そうか。同じようにすればよかったんだ。


 奴らが望み選んだ世界のやり方に倣って、やり返せばいいのだ。倫理無き化け物に倫理などいらない。


「こ……ろ、して──」

「殺して、ですか……残念です。魔の王といえど、魔導の始祖ともあろう者が死を懇願するとは……」


 司教はそこまで言いかけて、ハッと何かに気付いたように笑い声を上げた。


「もしや、既に不死の魔法は完成していたのか!? つまり貴方はこの程度ではもう死なない体になっているということなのか!?」


 色めき立った司教に続き、広場は熱狂の渦に包まれた。


「ついに……ついに人類は死を克服するのか!」

「もっとだ、もっとやれ! 本当に死なないのか証明しろ!」


 口々に、身勝手に言い放つ群衆の中から、処刑台に向かって火が放たれる。

 一瞬にして燃え広がった炎から逃げるように、共演者は慌てて舞台から飛び降りた。


 たった一人、燃え盛る処刑台でゼノは嗤った。


「ごろ、しで……や、る……っ。おば、えら、ぜんい゛ん──」


 魔法使いを殺して、司教を殺して、剣士を殺して、商人を殺して、貴族を、村人を、戦士を、国王を、聖女を、農民を、料理人を、詩人を──。

 魔法を歪めたやつらを、魔法で勘違いした連中を全員、一人残らず殺してやろう。


 二度と魔法に関わりたくないと思うくらいに。魔法と聞くだけで震え上がるくらいに。本能に刻み込んで殺す。生まれ変わって同じ過ちを犯さないよう徹底的に殺す。

 思いつく限り残虐に、可能な限り濃密に、時間が許す限り徹底的に魔法でいたぶって殺す。


 魔法という毒に魅了された者がいなくなるまで──。


 だがもう呼吸もままならない。体内の魔力操作だけでどうにか繋いできた命も、血塗れの決意と共に薄れていく。


 だから、これはただの悪あがきでしかない。

 両腕のくさびに込められた魔法封じの魔法は、皮肉なことに己が生んだ魔法だ。


 ただひたすら、魔力を両腕以外・・・・に巡らせ、体から漏れぬよう魂へと流し込み濾過をする。普通なら精緻な魔力操作が必要になるが、徹底的に潰されたことで痛みどころか感覚すらなくなった分、下手に意識が向かないおかげで集中できる。

 しかし激しい魔力循環は、骨を砕き、内臓を溶かし、脳を沸騰させる。


「ひ、ひは、が……ハッ、ごぼっ、アハハハバハッ、ゴバっ、ハハヴァッハハはは──ッ!!」


 痛みを通り越して体の感覚がない。右目の光もなくなった。なのに、口から血が溢れ出てもなお、嗤いが止まらない。


 せめて自分だけは人間らしくあろう──。

 そんなちっぽけな矜持に縋るのをやめるだけでこうも楽になるとは。


 彼らに見えているだろうか。

 もう全て燃え尽きただろうか。

 魔王を討ち倒した祝杯でも思い浮かべているだろうか。


 その光景を忘れないことをただただ願う。


 その愚かしさを、その浅ましさを、その卑しさを、その醜悪さを、その悍ましさを、その空虚さを、絶対に許さない。

 

 魂を、記憶を、人格を、そしてこの底なしの厭悪を、無垢の魔力に記憶させる──。


 己の全てをぐちゃぐちゃに混ぜ込んだ魔力は、仮初めの魂──とも呼べないほどの粗悪な紛い物。

 だがいい。その魂に凝りこびりついた愚かな賢者の執念を、肉体を置き去りにして暗澹あんたんたる虚空へと飛ばす。


 ──この歪んだ世界を、決して許しはしない。


 魂の芯まで焼き付けた殺意を最後に、ゼノの意識は広場から消え去った。


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