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魔法の死に際  作者: 藁草ワロタw
第一章『慈愛の死に際』
18/19

17.アクセルクス

 

 身体強化魔法はその名の通り、身体機能を強化する魔法だ。


 レンゼルトの初撃、聞き間違いでなければ確かに『アクセルクス』と口にしていた。それはかつてゼノが編み出した身体強化魔法の名と酷似している。にも関わらず、眼前の男が振るう効果は、ゼノの知るそれとはまるで別物だった。


 五感という感覚強化から純粋な肉体強化──時代に合わせた変化だとするなら、これは正してやらなければいけない。


 息を深く吸い込み、ゆっくりと吐き出す。

 胸骨が心地よく軋むのを感じてから、杖を握り直す。


 仕切り直し──とはいえ魔法使いの弱点を完全に克服できたかと訊かれれば、その答えは否だ。

 あくまで術式構築の手順は変わらず、同時に維持できるのは身体強化魔法ともう一枠のみ。防御力なしにレンゼルトの予備動作から行動を予測して対応するという、おおよそゼノの記憶と経験が物を言う戦法になる。


 一歩遅れを半歩下がって一歩詰めるような微々たる変化。だがそれだけあれば、あの男の首に手をかけられる。

 そんなゼノの変化を察したらしく、レンゼルトは目を丸くして嬉々とした声を上げた。


「やっぱり! 本気じゃなかったよね、君!」

「魔法使いとしては本気だったんだがな。正直、ここまで狂ってるのは想定外だった」

「狂ってるっていうのは何? 調子が悪いってこと? あーそっか! 復活したての魔王だから体が馴染んでないんだ!」


 首を傾げたレンゼルトは、勝手に納得して指を立てた。


「いいや、お前が狂ってるって話だよ──《水弾(アクア)》」


 ゼノとしてはもう対話の価値はない。

 問答無用で無数の水の礫を生成し乱射する。今度は単なる目眩ましではない。研ぎ澄まされた視覚がレンゼルトの重心を捉え、退路を断つように確実に追い立てていく。


「さっきよりはマシだけど、それじゃあ僕はやられないよ」


 レンゼルトは笑いながら、軽やかに礫を回避していく。

 その足先が瓦礫の山を抉り、蹴飛ばされた木片が散弾となってゼノへと降りかかる。杖を振り上げてそれを物理的に弾き飛ばした瞬間、掲げた腕が作るわずかな死角を突いて、レンゼルトが眼前まで迫っていた。


 だが、ゼノの五感はそれすら予見の範疇だ。

 杖の石突き側にあらかじめ待機させていた三発の水の礫を、超至近距離で男の腹、胸、顔へと立て続けに叩き込む。


「お──」


 全弾直撃だ。

 振り上げた杖の勢いのままゼノは後方へ跳躍して距離をとる。

 しかし手応えは皆無だった。五感強化によってもたらされる土を踏む音と静かな呼吸音が、レンゼルトの完全なる健在をゼノの耳に報せていた。


「すごい反応速度だ。今のは躱せなかった」


 弾かれ、軽快に着地したレンゼルトが感心したように呟く。

 その白銀の騎士服には傷一つなく、濡れた跡すら見当たらない。生半可な魔法ではレンゼルトが持つ何かに弾かれる。


「でも決定打にはならないよね! ま、僕としてもそうなんだけどさ」


 レンゼルトは改めて剣を構え直す。


「だから僕も手加減はなし! もっと思いっきりやってみるよ──《身体強化(アクセルクス)》」


 踏み込む足がギシリと土に食い込み、爆散する足元から飛び出した体躯は空気を強引に押し退け、世界を両断する。

 宙で捻った体が風を巻き込み、その剣速は音をも置き去りにする。それすら魔法の類じゃなく、理を無視した身体能力が生み出す一閃。


 力任せに振り抜かれた剣に、細く小柄なゼノの体は真ん中から上下に断ち切られ、大量の鮮血とともに腹の臓腑をぶち撒けて、断末魔すら上げることなく絶命する。


 ──そんな惨劇を幻視するほどの一撃だった。


 だがその刃が届くよりも一瞬早く、ゼノは地面に突き立てた杖に防御魔法を施す。

 命中精度を捨てて威力に振り切った剣は、確実に仕留めるためゼノの中心部分に放たれるはず。

 その見立て通り、腹部へ叩きつけられた剛剣の衝撃を、杖の側面で受け止めることに成功。硬い木材に防御魔法が合わさったこの長杖スタッフは、かろうじて砕け散ることを拒んだ。

 しかし殺しきれなかった衝撃がぶつかり合い、筋肉と骨を激しく震わせる。


 その勢いのまま、レンゼルトはゼノの背後へ剣を振り抜き、地を蹴って高く飛び上がると真上から刃を振り下ろす。


「上からならどうかな!」


 片手で掲げた杖で受け止める──無理だ。

 迎撃魔法の展開は──間に合わない。

 ならば回避行動を──。


 ゼノは振り向きざまに思考を巡らせ、浮かぶ選択肢を次々に切り捨てる。覚悟を決める間もなく杖を手放し、空いた右手を固く握りしめる。縦断の剣に狙いを定めて金属の拳でもって殴りつけた。


 杖に施した防御魔法──そこから別の魔法への転換はどうやっても間に合わない。だが、防御魔法の対象を変更するだけなら術式を維持したまま行使できる。

 杖からガントレット《暴食のライラ》へと防御魔法を切り替えて放たれた一撃は、精巧な業物であろう騎士剣の硬度すら凌駕する。


 刀身と籠手がぶつかった瞬間激しい火花を散らし、凄まじい衝撃波とともに互いに吹き飛ぶ。

 肉体が悲鳴を上げている。骨が軋み、筋肉の脈動が全身へと鮮烈に行き渡り、ゼノの脳が揺れる。


「しっ──!」


 右腕をだらりと垂らし、五感の強化によって付随的に増幅された痛みを、ゼノは奥歯が砕けるほどに食いしばって噛み殺す。

 正面、レンゼルトは呆気に取られたように目を瞬かせ、刃毀れした騎士剣の腹を撫でた。


「うん……今の、さっきまでのと同じ魔法、防御魔法なのかな? でも、普通は障壁を生成するはずだけど、君のはちょっと違うみたいだ」

「なんだ、今は剣士も魔法の講釈を垂れるのか」

「対魔術師戦を想定して教え込まれたからね。手の内を知っていれば対処も簡単でしょ?」


 人間を殺すための知識、魔法を破るための技術。

 現代の魔法体系が根底から『争い』のために腐敗している事実に、ゼノは内心で深い嫌悪を覚える。


「せっかくだから教えてやる。細かいことは省くが、俺の防御魔法は魔力の糸で編み上げた鎧みたいなものだ」


 ゼノは転がった杖を拾い上げ、改めてレンゼルトに向き直る。


「あ、そういうことか! 実際の鎧と違って隙がなくて、強度と柔軟性を兼ね備えてる……だから僕の剣が通らないわけだ?」

「ならどうする?」

「うーん、誘導されてる気がするけど……いいよ。斬撃じゃなく、打撃が有効ってことだね」


 不承不承といった様子で剣を鞘に収め、両手を軽く振って拳を固めるレンゼルト。


 男の言う通り、ゼノの防御魔法は肉体表面に纏う性質上、魔獣の爪や牙、ひいては剣撃に対する防御力に特化している。

 その分ある程度の衝撃は内側まで伝わってしまう。得物を介さない打撃であればなおさらだ。


 戦う力を持たない者が、魔獣の急襲で命を落とすことがなくなるよう、『全方位からの害を凌げる魔法を』とゼノと教え子とで開発した魔法だった。


「その剣で斬ることにこだわってるのかと思ったが、そんな矜持すら持ち合わせていないんだな」

「できるならそうしたいけど、勝てないのは楽しくないからね」


 それは不屈の精神などではなく、単なる負けず嫌い──あまりに無邪気で子供のような言い分だった。


「そろそろ回復できた?」


 小休憩を打ち切るように尋ねるレンゼルトの顔には、ただ無垢な楽しさだけが張り付いている。怒りも焦りも、何の起伏も感じられない。


「ああ、魔法の準備までばっちりだ──《霧よ、覆え(シグ・ネブラ)》」


 ゼノが言い切った次の瞬間、地面に突き立てた杖の先端から溢れ出した濃霧が視界を埋め尽くし、塗りつぶしていく。

 相対する騎士の姿をも呑み込んだ霧の中、ゼノの五感だけがその輪郭を克明に捉え続ける。


 静かに位置を変え、出方を窺う。

 向こうも奇襲を警戒しているのか気配を殺している。耳を澄ませば、霧の向こうから規則正しい心音だけが鼓動となって伝わってくる。


 ゼノの魔力も有限だ。《暴食のライラ》の権能で蓄えた膨大な魔力があるとはいえ、広範囲魔法をこれだけ惜しみなく連発すれば底は見える。

 そろそろ決めにかからなければならない。


 策は浮かんでいるのだ。

 だがそのためには、『魔法ではない』と断言したレンゼルトの身体強化の正体を、完璧に見極める必要がある。


 五感が告げる情報は彼が紛れもなく『生き物』であることを示している。ならば会話から覗える異常な精神性との因果関係も、ある程度推察できる。


 確認すべきはあと二点。

 魔法ではないという言葉の真意。そして──、


「陰系統魔法への反応をみせてもらう」


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