13.波紋
ブレイドたちが帰還したその日のうちに、王都ギルドで報告書が作成された。
それは、本来ならば任務失敗の一言で片付けられるはずのものだったが、その内容はあまりに異質であり、国家の安寧を揺るがしかねない毒を孕んでいた。
ゆえにその書面は、王都を構成する各機関の頂点に君臨する、極一握りの要人にのみ届けられた。
◇◇◇
王都総合ギルド本部:機密公文書
公務番号: 第四〇二号
機密指定: 極秘(閲覧権限:ギルドマスターおよび各機関要人のみ)
件名: 【聖遺物回収任務に関する事後報告および現状評価】
一.任務概要
王都総合ギルド本部は、グラトニア近郊『影喰らいの迷宮』に二十三年間安置されていた聖遺物の回収を決定。実行部隊には、過去の実績が十分であり、かつ『事後の懸念から貴族・有力組織との接点がない平民・孤児出身』であることを条件に、ブレイド、ミラ、バルカス、フィオリアの四名で編成されたブレイド一行(以下一行)を登用した。
【秘匿事項】
本件は王命による最重要機密案件である。聖遺物回収の事実を完全に隠匿するため、任務の成否に関わらず、一行の帰還後は速やかに粛清執行すること。
【監視体制】
情報の漏洩および他組織との接触を遮断するため、往路・復路ともにギルド専属の特急獣車を強制利用させる。移動経路は御者による常時監視を徹底する。
二.任務経過報告
・グラトニア到着後、一行は計画通り都市西部の廃棄区画、通称・貧民街へと潜入。
現地の管理人であり、ギルドとの取引歴がある『ヴィンセント商会』と接触。提供された情報に基づき、現地に住む隻眼隻腕の孤児を確保。これを『生贄』兼『荷物持ち』として同行させた。
・迷宮最奥の祭壇において、一行は事前の策通り少年の右腕を斬り落とし、囮として祭壇へ投棄。守護者の標的を少年に固定することに成功。これにより、第一段階である聖遺物の回収自体には成功している。
・回収直後、守護者の標的が一行へと転換され、現場は壊滅的状況に陥った。この時点で、聖遺物は投棄された少年の手に渡り、未知の変容が発生していたと推測される。
三.特記事項(重要警戒対象:ゼノ)
生還したブレイド、ミラ、バルカスの証言により、以下の異常事態が判明している。
・単独での守護者撃破
上級竜種に匹敵する危険度を持つ守護者を、少年が単独で完全消滅させた。その武力は王都の上級騎士に匹敵、あるいは凌駕する。聖遺物による権能を引き出した可能性が高い。
・未知の魔法体系
詠唱・術式構成ともに国内の魔法体系から著しく逸脱した魔法を行使。戦闘中の度重なる負傷と治癒の体験を『逆行』させ、再生と破壊を同時に行う猟奇的な術を確認。他国の体系にも該当はなく、現在調査中。
・聖遺物《暴食のライラ》の適合
装着者を即座に喰らい、拒絶する性質があるとされる当該聖遺物と、瞬時に完全適合したことをブレイドが確認。現在、少年の右腕は聖遺物そのものへと置換されている。
・魔王の自称
自身を『ゼノ』と名乗り、『魔王』を自称。当該名称に完全一致する文献・伝承は現時点で未確認。意図的な偽名の可能性が高い。
【対象者:外見的特徴】
・容姿
灰白色の髪、小柄で痩せ型の少年。十五歳前後。
・状態
左目、左腕欠損。右腕に黒色の籠手(聖遺物)を装備。
・所在
貧民街へ再潜伏した可能性が高いが、ヴィンセント商会からの報告は途絶しており、現地の状況は不明。
四.今後の対応案
・生存者の処遇変更
ブレイド、ミラ、バルカスの粛清執行は一時保留とする。
対象者『ゼノ』と唯一接触し、その魔法の特性を直接目撃した重要参考人として、ギルド本部地下施設にて厳重に監禁。外部との接触を一切禁じ、精神的・肉体的情報の抽出を行う。
・逃亡者の捜索
王都帰還直後に行方不明となった魔導師フィオリアを捜索・確保せよ。情報の外部流出源となる懸念が極めて高い。
・特別調査班の編成
聖遺物の再回収、および『ゼノ』の抹殺を最優先事項とする。本件が特定派閥や隣国に察知されることは、国防上の致命的欠陥となり得る。ギルド登録者から選出した少数精鋭による『特別調査班』を極秘裏に編成し、調査を開始する。
【提言】
現時点での情報は極めて不確定要素が多いため、王族への正式報告は、事態の収束あるいは確証が得られるまで保留されたし。
◇◇◇
ステンドグラスから差し込む陽光が、礼拝堂を白く焼き上げている。
各地から集められた清らかな魔力を持つ少女たちの中でも、特に純度の高い魔力を持つ筆頭聖女は、聖母が読み上げた機密報告書の内容を、恍惚とした微笑みを浮かべて聞いていた。
「あぁ、ああぁ……アーッ! んん……フィオリアちゃん、どこに行ってしまうの?」
感極まって一瞬だけ聖女らしからぬ野太い声が漏れたのを誤魔化しつつ、救済が必要な少女に想いを馳せる。
「魔王……ゼノ、どなたか知りませんけれど物騒ですわね。生憎わたくし、そういう野蛮な殿方には興味ありませんのよ」
その手の討伐や実力行使の適任者は、他にいくらでもいる。それよりも、今は行方知れずとなったフィオリアに聖女の興味は注がれる。
◇◇◇
紙と古いインクの芳香に包まれた大書庫。天を突く壁はすべて本棚であり、古今東西の知識が隙間なく詰め込まれている。
届けられた報告書の文字列をなぞりながら、司書の女は丸い眼鏡の奥の目を剥いた。
「はわわわ……ゼ、ゼノ……!? い、いきいき生き返った、のっ!? さ、三百年くらい……前の、あ、あのゼノ!?」
開きっぱなしの魔導書と山積みの資料。床を覆い尽くすほど散らかった数式の書面を蹴散らし、彼女は落ち着きなく部屋の中を右往左往する。
「ん゛ぁっ……! ライラ、ちゃんまで……っ! しかしか、しかも右手……? く……くっついちゃったの? ふへ、は、はひゅぅ……へ、ふへへ、しゅごいなぁ」
未知の魔法体系の解明および伝承精査への協力──ギルドからの切実な要請文には目もくれず、女は止まらない妄想に悶絶し、頬を紅潮させて身悶えする。
◇◇◇
豪奢に飾られた空間でひときわ目を引くのは、騎士団の紋章を描いた巨大な旗だ。
その旗を背に座り、些か大袈裟に思える報告書を片手に、デスクに足を投げ出した男は大きくため息を吐いた。
「魔王? ゼノ? あー、まぁ男の子ならそういう時期もあるよな? かっこいい名前を自称して暴れたくなるっていうかさ? 可愛いもんじゃね?」
思春期特有の期間限定の性癖が、国家を揺るがす大事件みたいに扱われて不憫とすら思いながら、男は騎士団の軍政官として報告書を隅々まで読み込む。
「つーことぁつまり? 騎士団はこの件に手出しするなってこったな?」
というより手が出せないのだ。隠匿すべき王命であり、『騎士が動くことで』この一件が他国に察知されるわけにはいかない。
理由は知らん。そう書いてある。
何にせよ騎士団としてやることはない。それなのに、監視やら情報整理やらで、軍政官としての実務だけは増やされた。
「──へぇーそういうことかー!」
「だーぁ!? レンゼルト!? いつの間に後ろにいやがった!?」
はた迷惑な報告書に項垂れかけた背後から快活に声を上げたのは、美しい金髪を揺らす青年だった。報告書を遠慮なく覗き込む彼に、軍政官は心臓を押さえて毒づく。機密情報だが、若くして副団長の座につく彼なら閲覧権限に問題はない。
「ふむふむ。灰色の髪に、左目と左腕がない……分かりやすいね! 隠れる気ないじゃないか!」
「だよな!? 貧民街に潜伏中って言っても、そんだけ特徴がありゃすぐ見つかんじゃねーの!?」
「うん、僕もそう思うよ! だからさ、今から行ってくるね!」
「そうだな!? 今から──って、どこにだよ!?」
弾かれたように立ち上がろうとした男の肩に、レンゼルトの手が置かれる。ただ添えられただけなのに一歩も動けなくなるほど、その手は重かった。
「あー、気にしないでよ! 僕、ちょうど今から非番でさ! ついさっきからグラトニアに遊びに行こうと思ってたんだよね!」
「ええい、んな勝手に!? こういう時、軍政官はどうすりゃいいの!?」
「ははは! 誰にも言わないでね! あくまで個人的な観光なんだからさ!」
その快活さとは裏腹に、そう言ったレンゼルトの横顔には影が差しているように見えた。
かと思えば、爽やかな笑顔で部屋を出ていった。
「隻腕……目立っちゃうよね、本当」




