12.すれ違う思惑
迷宮を出た後、グラトニアのギルド支部で特急獣車を手配してもらい、王都に向けて出立したブレイド一行。
一般の乗合馬車なら王都まで一週間はかかるところだが、強靭な脚力を持つ狼の魔獣と、風除けの魔法の合わせ技で、その行軍は二日にまで短縮される。
六人程度ならゆったりと過ごせる車内で、四人は互いに距離を置くように、四隅の角へと分かれて座っていた。
聖遺物回収の依頼を受けた時は、馬鹿みたいに浮き足立って、和気あいあいと過ごしたはずの道中だが、今は真逆だ。
依頼は失敗。さらに地獄のような逆行治癒の苦痛を施されて、ブレイドは肉体も精神もズタボロだった。
迷宮を出てから丸二日、獣車に揺られている間だけでなく、食事中でも一切会話のなかった一行に、ブレイドは重い口を開いた。
「……なぁ、あの聖遺物って使えないんじゃなかったか?」
少年の細い腕に噛み付くようにして一体化した、禍々しい漆黒のガントレット。絶望の中で見た、あのあり得ない光景が脳裏に焼き付いて離れない。
「《暴食のライラ》だっけ? 装備したら腕が噛み切られるとか、そんな逸話だったわよね確か」
有名な噂をミラが何でもないことのように言う。
「俺はその手の知識はからっきしだ」
「え、あんたの頭の中って筋肉以外も入ってることあんの?」
一拍遅れで堂々と頷いたバルカスを、ミラが力なくからかう。そんないつもの軽口も、この冷え切った空気の中にいつもの笑いを連れて来ることはなかった。
「──ま、そういうこともあるわよ、ブレイド」
あっけらかんとミラはそう言う。
それが元気づけようとしたのか、あるいは単に思考を放棄しただけなのかは分からない。だが、確かに運が悪かったとブレイドも思う。本当に、あまりにも悪すぎた。
「そうだぞブレイド。それでも俺たちは生きているじゃないか」
バルカスに関しては、たぶん本当に何も考えちゃいない。しかしその言葉は、かえってブレイドの傷を抉った。自分たちは生きているというより、あの怪物に生かされたという方が正しいのだから。
「それにしても知らない魔法だった」
「他の国だと案外違ったりするみたいよ? 成り立ちが違うとかで」
「何言ってんだ、貧民街のガキだろ。誰にそんなこと教わるんだよ」
「それは……知らないわよ」
ミラはブレイドが言わんとすることを分かっていて、話を逸らしているようだった。直視しないように避けようとしたその核心は、三人とは別の所から投げかけられた。
「──魔王って言ってた」
ずっと窓の外を見つめていたフィオリアが、あれ以来初めて口を開いた。
ミラはふいと顔を逸らし、バルカスは不機嫌そうに無言で腕を組む。ブレイドも二人と同じ感情なのは確かだが、この中で最もこの手の知識に明るい彼女の意見を、聞かずにはいられなかった。
「フィオ……リアはどう思う?」
今まで通り、親愛を込めた愛称で呼びそうになって、ブレイドはとっさにつけ足す。彼女との間に確かに生じた深い溝を、今改めて意識した。
「魔王ゼノ、なんて知らない」
「そう、だよな」
きっぱりと言い切られてブレイドは内心で悪態をつく。
オルトナ王国の歴史において、魔王は切っても切り離せないほど有名だ。だからこそ、魔王がゼノという名前ではないことくらいブレイドでも知っている。
「でも、魔王だよ。きっと」
いまいち要領を得ない返答だった。しかし、その声には怯えではなく、何か得体の知れない熱が混じっているように聞こえて、ブレイドは背筋が寒くなった。
「結局、誰もわかんねーか……クソが」
これ以上会話する気にはなれなかった。苛立ちを吐き出し、ブレイドは窓の外へ目を向ける。
数秒の間を置いて、フィオリアは独り言のように問いを落とした。
「ねぇ、本当にギルドに全部報告するつもり?」
「当たり前だろ? 何言ってんだよ今さら」
「止めた方がいいと思う」
そのあまりに無思慮な忠告に、ブレイドは人一人分の間を空けて座るフィオリアの横顔を睨みつけた。
「──気に入らないなら抜ければ?」
口を閉ざしていたミラが、顔を背けたまま突き放すように言い放つ。
「俺も、ミラと同じ意見だ」
追い打ちをかけるようにバルカスが鼻を鳴らす。
「……なぁ、フィオリア。俺たちは頼まれたから報告するんじゃない、それはわかるよな?」
「仕返しがしたいから、でしょ」
「だったら……なんで止めろなんて言えるんだよ!?」
聖遺物が使えようと、魔王を自称しようと、自分たちを酷い目に遭わせた相手にギルドの戦力をぶつけて報復してやろうという狙い。
ミラとバルカスとブレイドが無言で共有出来たこの敵意を、フィオリアは理解したうえで正面から否定してきたようなものだった。
「自分だけ助かればいいと思ってるような子よ? 熱くなるだけ無駄だわ、ブレイド」
ミラの言う通りだ。
ゼノの治癒に苦しめられた時、三人の絶叫を聞きながら、フィオリアは自分にだけ《治癒》を使って免れようとしていた。結果的にさらに酷い目に遭ったのかもしれないが、極限状態で仲間を見捨てたという事実だけが、ブレイドを含めた三人の中に残った。
もう今まで通りには戻れない。
それが、気まずい沈黙の中で一致した三人の結論だった。
「……俺たちはギルドに行く。嫌なら来なくていい」
「いやいや、普通に来なくていいわよ? もう仲間とも思ってないし、そもそも治癒も間に合わないようじゃ信頼できないわ」
「そうだな。とてもじゃないが、もう背中は預けられない」
ブレイドに続き、ミラ、バルカスが容赦のない言葉を並べる。その言葉が鋭い刃となって彼女を突き刺すことに期待したが、フィオリアは反論せず、ただ静かに目を伏せた。
「わかったよ。王都に着いたら別れよう」
弁明もなく受け入れたフィオリアが何を考えているのか、ブレイドには最後まで分からなかった。
「──私もそのつもりだったし」
顔を逸らしてそう呟いたフィオリアの声は、ブレイドたちの耳に届くことなく、ちょうど到着した王都の喧騒に掻き消えた。
オルトナ王国の王都、オーソニア。
白亜の壁に囲まれた、王国最大の活気を誇る街だ。
特急獣車から降りたブレイド一行。
ありがたいことに、ギルドの公務を請け負った冒険者の特権で運賃は免除される。本来なら凱旋となるはずだった石畳の感触を、ブレイドは苦々しく踏みしめた。
「元気でね」
短く一言残して、フィオリアは一度も振り返ることなく王都の雑踏へと紛れていった。
別れを惜しむ間もなく、ブレイドたちはギルド本部へと向かった。




