誕生日(高専時代/同期4人)
ある日の放課後、楽は玲が落とした生徒手帳を拾った。
秘密主義の玲の生徒手帳だ。
楽は届けるついでに報酬として中を確認することにした。
そして、その三秒後、驚愕の声をあげる。
「れ、れれれれいの誕生日一週間後なの!!!?」
楽は生徒手帳を玲に返すことも忘れて、慌てて寮への道を駆け出したのだった。
◇◇◇
「サプライズ!サプライズやろ!」
楽の大声に清治が苦笑を漏らす。
彰良の部屋で勉強していた二人に、楽は今の衝撃をつぶさに伝えたのだ。
そして冒頭の言葉が、締めの言葉。
楽としては是非ノってきてほしい。まあ、ノってくれなくても楽は一人でもやるが。
「僕はいいと思うよ。玲は喜ぶんじゃないかな。」
「だよねだよね!」
清治の肯定に嬉しくなる。あとはもう一人。
一番玲のことを分かっている、彰良が手伝ってくれれば心強いのだが。
そんな気持ちで彰良の方に顔を向ければ、難しい顔をして考え込んでいた。
「彰良?もしかしてダメだったりする?」
ちょっと気落ちしてしまった声で尋ねれば、彰良は慌てて首を振る。
しかしどこか言いづらそうに口を開いた。
「あ、いや……悪くない。ただ、あいつ……誕生日いないんだよ。」
「いない?」
「そう。……墓参り行ってんだ、誕生日。」
その言葉に、楽はハッと息を呑んだ。
玲の誕生日は玲が両親と恩師を失った日だ。
楽も清治も彰良に聞いてその事実は知っていたが、そうか。墓参り。
玲はちゃんと毎年両親と恩師を弔っているのか。
「俺もあいつの誕生日、ちゃんと当日祝ってやりたいんだけど……毎年休み取って行ってて、その日は帰って来ないんだ。だから次の日とかに声掛けるんだが、ちょっとな。誕生日自体なんか嫌厭してそうでさ。」
深い溜息を彰良が吐き出した。
楽は清治と顔を見合わせ眉を下げる。
それは余りにも辛い話だ。
玲は楽や清治、彰良の誕生日を祝ってくれた。自分のことのように。
だから楽もお祝いしたくて何度か玲の誕生日を聞こうとしたが、その度にはぐらかされて。
そんな理由だから、彰良も今まで教えてくれなかったのだろう。
ーーでも……。
玲が生まれてきた日を楽はお祝いしたい。
玲に出会えて、楽の人生は変わったのだから。
きっとそれは清治だって彰良だってそうだろう。
自分のことを愛せない玲に、せめて楽たちは玲のことが大好きで生まれてきてくれて嬉しいのだと伝えたいのだ。
楽は覚悟を決めると、清治と彰良に視線を向けた。
「……よし。取り敢えず、東條さんに相談しよう!」
「え、東條さん?」
「そう!玲の保護者だし、玲、その日は帰って来ないなら東條家にいるんでしょ?だったら聞いちゃって、ちょっとでもお祝いできないか相談しよ!」
楽の勢いに、彰良と清治は顔を見合わせるとひとつ頷く。
「よし。やるか!」
「うん、そうだね!」
「よーし!やるぞ〜〜!!」
声を合わせて楽たちは拳を突き上げた。
◇◇◇
蝉の声が鳴り響く中、玲の横顔はひどく静かに見えた。
陽炎が立つような熱気の中でも、白い顔は涼しげで、どこか現実離れしている。
線香の煙が昇っていく中、ただ目を閉じて手を合わせる彼は何を考えているのだろう。
楽はそんな事を考えながら、霊園の入口で玲を見守っていた。
東條は思ったよりも丁寧に楽たちの相談に乗ってくれ、その日のスケジュールを教えてくれた。
どうやら玲はその日、午前中は両親、午後は恩師の墓参りに東條と行くらしい。
だから一日休みを取るのだとか。
楽たちも休んで準備をしたかったが、流石に一日中休むのは許してもらえず、午後だけ休みをもらうことにした。
それから、あまり派手にやるのも遠慮してしまうだろうと、結局は墓参り後近くのパンケーキ屋さんに連れて行くことにした。
当初の予定通りとはいかなかったが、それでもこの一週間三人で考えて準備して、玲が好きそうな、綺麗な装丁の星座の本もプレゼント用に買えた。
もちろん、玲には内緒だ。
そんなソワソワとした気持ちを抱えたまま、東條家の使用人である柳瀬に連れて来られた海を望む霊園。
そこで見た玲は、学園にいる時とは違って、静かで大人びていた。
それになんだか心が騒つく。まるで知らない人を見ているような。
そして、そう感じているのは楽だけじゃなく彰良と清治も同じようで、どこか不安げに玲の様子を見守っていた。
暫くしてようやく顔を上げた玲は、東條とひと言二言何かを話す。
そして東條がこちらを指し示すと楽たちの方に振り向いた。
薄青の瞳が、こちらを写す。
驚いたように目が丸くなって、玲は少しだけ後ろに下がった。
しかしその背を東條が押す。
玲は不安そうに眉を寄せながらも、楽たちの方へと歩いてきた。
「……みんな、なんで……。」
小さい声が落ちる。
周りの蝉の声に掻き消されそうなほど、掠れた声。
それで分かった。
玲は本当に自分の誕生日が嫌いなのだ。
自分が、生まれたことが。
だけど。
楽は彰良と清治と顔を見合わせると、タイミングを合わせて口を開いた。
「誕生日おめでとう!玲!」
「……え?」
玲の瞳がまた驚きで丸くなる。
そしてすぐに眉を寄せて視線を逸らそうとするのに、楽はその手を取った。
「玲。……ボクが言い出したんだ。玲の誕生日、お祝いしたいって。」
「……なんで……。」
震える声と困惑した表情。楽の胸が痛くなる。
ずっと玲はどんな気持ちで楽たちをお祝いしてくれていたんだろう。
あんなに楽たちの誕生日で嬉しそうにしていたのに、自分の誕生日をずっとどんな気持ちで過ごして。
ーーだから……伝えないと。
「あのね、玲。お前が生まれてきて、ボクは……ボクたちは嬉しいよ。お前がどう思っていても、今日を一緒に過ごせたら嬉しい。ボクたちにお祝いさせて。」
玲が息をのむ。
苦しそうな表情に、楽が伝えただけではまだ足りない事が分かる。
しかし楽が心配するよりも先に、清治が口を開いた。
「僕も、玲をお祝いしたいな。君と会えて、僕も牡丹もちゃんと前に進めたよ。だから玲に出会えて、生まれてきてくれて嬉しいんだ。」
「でも……。」
「でもって言うな、バカ。俺もお前の誕生日祝えて嬉しいよ。……誕生日おめでとう、玲。やっと当日に言えたな。」
最後のトドメとばかりに彰良が笑う。
玲の顔が泣きそうに歪んだ。
その瞳から涙は出ないけど、それでも。
玲は楽の手を握り返すと、噛み締めるようにそっと言葉を吐き出した。
「……ありがとう。」
くしゃくしゃと彰良が玲の頭を撫でる。清治は玲の肩を叩いた。
楽も手を握ったまま、その温度に自然と笑みが浮かぶ。
「よーし!玲、パンケーキ食べに行こ!パンケーキ!」
「パンケーキ?」
「玲が好きそうなふわふわのやつだよ。甘くて人気なんだって。」
「誕生日プレートなんだと。お前、ろうそく吹き消す準備しとけよ。」
「それなんの準備するの?」
わっと賑やかになる声に、玲が笑う。
笑顔が陽の光を浴びて輝くのに、楽も目を細めた。
きっと今日は世界で一番キラキラな日だ。
楽は繋いだままの玲の手を引いて、陽の光の方へと足を向けた。
おまけ
東條「柳瀬。今日予約していた料亭はキャンセルしておいてくれ。」
柳瀬「よろしかったのですか?万年筆をお贈りになるご予定だったのでは?」
東條「また今度でいい。……あの笑顔には代えられないだろう。」
柳瀬「左様でごさいますね。」
読んでいただきありがとうございます。
ハグレモノ短編第37話はいかがでしたか?
玲の誕生日は夏くらいです。丁度今頃かな、と思いながら書きました。
ちなみに残夏は夏の終わりくらいですね。凪たちから盛大に祝われたと思います。
楽しんでいただけたら嬉しいです!
次回は土曜日19:30頃に本編投稿予定です。
よろしくお願いします!




