餞(高専時代/東條、玲)
その年の卒業式には、空から花びらが舞った。
青空を彩るように、ひらひらと落ちてくる花弁に、理事長代理であった東條は、出所である屋上を見上げて溜息を吐き出した。
今年の卒業生はたったの十六人。高専始まって以来、最も少ない人数であった。
理由は簡単。
一人の天才に呑まれなかった人間だけが、最後まで残った。そのおかげか、誰も彼も一癖ある。今年の人事は大いに荒れそうだ。
そんな事を考えながら屋上へと階段を登る。
途中で会った卒業生たちは、それとなくこちらに視線を向けていたが、会釈ばかりで声はかけてこなかった。
屋上へと続く錆びたドアに手を掛ける。
ギッ、と引き攣るような音の後に広がった景色は、澄んだ青空と、その青に伸びていく細い紫煙だった。
「……亜月。」
「!?うぇ、と、東條さん……!?」
まさか東條とは思っていなかったのだろう。
くるりと振り向いた弟分の手には、見たことのある紙煙草。
随分と慣れた様子に溜息が溢れる。
「な、なんでここに……?えっと、これはですね……えーと、ちょっと興味本位で!」
「ほう……。興味本位か。……では、今日から吸い始めたんだな?」
「も、もちろん!当たり前じゃないですか!」
玲は慌てた様子で、ポケットから取り出した袋に煙草を押し込む。
携帯灰皿まで用意しておいて、よく言えたものだ。
東條はもう一度息を吐き出すと、玲の隣に足を進めた。
屋上の柵もまた、錆びていて年月の経過がよく分かる。
「……あまり身体に良いものじゃない。分かっているだろう。」
「え?あ、えーと、そうですね。」
珍しく眼鏡が透けて、瞳が泳いでいるのに東條は目を瞑ると、視線を空へと向けた。
師匠の形見分けで渡した煙草。
吸うなと釘を刺しておいたものの、中学の頃から手を出していたことは知っている。
それでも取り上げなかったのは、この子の精神安定剤になっていたからだ。
何かひとつでも欠けたら壊れるような、そんな薄氷の上を歩きながら、それでもここ迄辿り着いた。
この春から玲は東條の部下になる。
東條は用意していた小包を懐から取り出すと、相変わらず視線を逸らして気まずそうにしている弟分に差し出した。
肩までに短くなった髪を風が揺らす。丸くなる瞳に、少しだけ満足した。
「卒業、おめでとう。」
「……え?」
「これは餞別だ。受け取れ。」
ぱちぱちと瞬いて、おずおずと手が伸びてくる。開けろと言えば、玲は丁寧に包装を解いた。
「……ジッポ?」
「お前には必要みたいだからな。」
どうせ適当な使い捨てライターでも使っていたのだろう。
不思議そうに、シンプルなデザインのジッポライターを見つめる玲の眼鏡が光を反射した。
「いいんですか?」
「程々にな。」
本当は煙草など取り上げたい。出来ることなら、こんな世界に踏み込ませたくない。しっかりとした治療を受けさせ、普通の道を歩んで欲しい。
それでも。
それでも、これは東條の覚悟だ。
「ありがとうございます。」
そっと落ちた笑顔に、東條は空を見つめた。
玲の瞳のような薄い青色の空を。
読んでいただきありがとうございます。
ハグレモノ短編第31話はいかがでしたでしょうか?
今回は今、本編で中心の東條と玲のお話にしました。
玲、清治、楽、彰良と椿の五人が同期ですが、他にも十一人います。全員、マイペースな感じです。
本編で機会があれば登場させられたらなぁと思っています。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
次回は土曜日19:30頃に本編投稿予定です。
よろしくお願いします!




