Du bist nur neugierig(現代/清治、彰良、玲)
「これ、あいつに渡しといてくれ。」
そう言って手渡された、ホットココアの缶は熱かった。
◇◇◇
最近めっきり忙しい。
高専襲撃事件から向こう、後始末に追われて休む暇もない。
隊員の自分ですらそうなのだから、隊長の忙しさは筆舌し難いものがあるだろう。
それこそ、寝る暇もないくらいに。
ーー玲は無茶しいだからね……。
今朝も常と変わらぬ様子で笑っていた我らが隊長を思い出し、清治は小さく息を吐く。
天才で有能かつ嘘つきな玲は基本的に悟らせない。
後始末と称した山のような書類に、残された痕跡の調査、新人のケア。
清治たち隊員が日付を越さずに帰れる程度には、通常業務も肩代わりしているのだろう。
それなのに顔色ひとつ変えないから気づきもしなかった。
忙しなく人々が行き交う廊下を、こちらも少し早足に駆け抜ける。
まだ暖かいココアの缶に、また溜息が溢れた。
隠すのが上手いのも、人に頼るタイプじゃない事も分かっていたはずだ。
だというのに、忙しいからと見逃していた。
まさか別部隊の彰良に気付かされるなんて。
幼馴染だから、と言われればそれまでだが、清治も玲の部下であり友人なのだ。
ーーちょっと落ち込むなぁ……。
自然と溢れる息に反し、窓から差し込む陽光は随分と長閑な色をしていた。
何度目かの溜息を吐き出す頃。
ようやく自分たちの執務室に辿り着いた。
ノックもせずに入っても、苦言を呈してくる人間はいない。全員出払っているからだ。
「おかえり。」
朝会った時と変わらぬ姿勢でPCに向き合う、麗しの隊長以外は。
「ただいま。皆んなは?」
「柳瀬さんには重要書類だけ提出してもらいに行ってるよ。梓と圭は書類仕事に飽きてそうだったから調査の方に回してる。凪と残夏は学校だけど、ちょっと残夏しんどそうだね。今度様子見とくよ。……それで?追跡任務の成果は?」
「特に何も。根城らしいところは見つけたけど、綺麗さっぱりすべて消えてるからね。ハグレモノどころかネズミ一匹居ないよ。」
PCに目を落としたままの玲に肩をすくめて見せれば、くつくつと喉の奥で笑われる。
どうやら予想はついていたらしい。
「それは結構。連中も馬鹿じゃないからな。」
「無駄足じゃない?」
「そうは言っても、上はその報告が無い限り動けないしね。まあ、気分転換にはなったでしょ?」
カタカタと鳴るキーボードの音を止めて、玲が顔をあげた。
してやったり、といった表情にこちらも苦笑で返す。最近書類仕事で煮詰まっていたのは、後輩たちだけでもない。清治とて一緒だ。
上司に気を遣わせた事に、落ち込むのを通り越して笑えてしまう。
ありがとう、と感謝の言葉と共に、少し温くなったココアの缶を机に置いた。
「……ココア?」
「うん。……彰良から。玲、体調悪いんでしょ?気づかなくてごめんね。」
驚いたように小さく開いた口に笑みが漏れる。
分厚い眼鏡のせいで分からないが、瞳もくるりと丸くなっているのだろう。
ーーよく見たら顔色悪いし……。
常に白いから分かりづらいが、頬に色もなく、冷汗なのか首筋に薄らと汗が滲んでいる。
眼鏡で上手く隠れているが、きっと瞳も潤んでいることだろう。
「……言い逃れは、出来なさそうだな……。」
「彰良から差し入れの時点で無理だよ。それでも嘘つくなら、体温計も準備するけど。」
「……参ったからそれはやめて……。」
ふ、と笑う顔に、やはり熱もあるのかと溜息が溢れた。
大した役者だ。
「寒くない?それ暖めてこようか。」
「いーよ。平気。今飲んじゃうから。」
カシャ、と軽い音で缶の蓋が開く。
ひと口含んで、玲はほっとしたように息を吐き出した。
そのままこちらに顔を向けると、座るように手で示される。
隣に椅子を持ってきて腰掛ければ、ピンと張られていた背が、背もたれに沿って少しだけ曲がった。
「ね、今日は早く帰ったほうがいいよ。後はなんとかしておくから。」
「……ん。まあ……キリがいいとこまで、ね。」
曖昧な笑みに眉を寄せて見つめれば、玲が困ったように微笑む。
休んでいられないのは勿論分かっているが、それでも譲れない。しばらく無言で押し問答を続けていると、先に根を上げたのは玲の方だった。
「分かった。なるべく遅くならないように帰るから。……それより頼みがあるんだけど、いい?」
「頼み?……いいけど、どうしたの?」
滅多にないお願いに、二つ返事で頷く。
玲は機嫌良さげに笑うと、眼鏡の奥の水晶の瞳を、悪戯っ子のように煌めかせた。
◇◇◇
「彰良。」
そろそろ日付が変わりそうな頃、清治は2番隊の執務室に顔を出した。
軽く見回し、目立つ銀髪を見つける。彰良だ。
清治が見つけたと同時に、彰良も清治を認識したのだろう。僅かに傾げられる首に手招きすれば、彰良はすぐに出てきた。
「どうした?」
「ちょっと頼まれごと。彰良、自販機まで行こう。」
「?ああ。」
不思議そうな彰良を連れて、休憩室へと向かう。
低い可動音と、冴えない明かり。清治は彰良を待たせると、弱く明滅するボタンを押した。
「はいこれ。」
出てきたジュースを差し出せば、彰良が小さく眉を寄せた。
「……なんだよ、急に。」
「玲から。お礼だって。」
「は?」
子供のように目を瞬かせる彰良に、笑いが漏れる。
予想だにしていなかったようだ。
彰良は桃色の缶を手元で持て余しながら、複雑そうな顔をする。
玲からの指定のジュースは、彰良のお気に召したらしい。
「……あいつは?」
「帰らせたよ。まあ、色々手が離せなくて結局20時くらいになっちゃったけどね。」
ベンチに腰掛ければ、隣に彰良が座った。
缶を開ける軽い音が響く。深夜の廊下は人の気配がしないからか、静かだった。
「そんくらいに帰れればマシだろ。気にするなよ。」
「でも……気づけなかったし、ほんと頭が上がらないよ。どんだけ肩代わりしてんだろって反省した。」
「好きでやってんだよ、あのバカは。」
「そうなんだろうね。」
励ましなのか、少しぶっきらぼうに付き合ってくれる彰良に苦笑が浮かぶ。
しばらく雑談に興じていると、清治はふと玲から預かっていたメモを思い出した。
「あ、そうだ。これ彰良に、って。」
手渡した付箋用紙には、流麗な字で『Du bist nur neugierig』とだけ書かれている。
確か、ドイツ語だっただろうか。
彰良に渡しておいて、と言われた時の意地悪そうな顔を覚えている。
「……何語だよ、これ。」
メモを見た瞬間、彰良の表情が嫌そうに歪んだ。
その顔に笑いながら、清治は口を開く。
「これ、ドイツ語だよ。玲、語学は大体どれでも出来るでしょ?」
「それでなんで俺に通じると思ってんだよ。俺が読めるわけないだろ、こんなもん。」
「僕もちょっと気になってるんだよね。調べようか?」
「嫌な予感しかしねーぞ。」
彰良の静止のようで、そうなっていない忠告を聞きながら、清治はスマホを取り出して検索にかける。
出てきた直訳に首を傾げた。
「うーん、『あなたはただ興味があるだけです』?よく分かんないね。言い回しとかあるのかな。」
適度に画面をスクロールしていく。いつの間にか彰良も、清治の手元を覗き込んでいた。
そして。
「あ。」
「っ、んの野郎……!」
スマホに示された言葉に、彰良が舌打ちを溢す。
対して清治は、腹の底に湧いた笑いに肩を震わせた。
「ふ、ふふ……あはは!玲らしいね。」
Du bist nur neugierig(お節介め!)
清治「あー、笑った。もう少し仕事頑張れそう。」
彰良「俺は最悪。」
読んでいただきありがとうございます。
ハグレモノ短編第26話はいかがでしたでしょうか?
自分は英語すら苦手ですが、外国語の言い回しやニュアンスは調べると面白いなって思います。
今回の玲は少し皮肉寄りですね。
素直じゃないやり取りと、彰良と清治の関係を楽しんでいただければ嬉しいです。
次回は土曜日19:30頃に本編投稿予定です。
よろしくお願いします!




