真の侍
「ありがたき教え、ありがとうございます」
大和はそう言うと、畳に深く額を擦りつけるように頭を下げた。師の言葉を一雫も零してはならない。
これが最後なのだから。
「己の未熟さを知りました。私の心は乱れておりました。いつの間にやら、力の大きさという邪念に飲まれていたようです。円のような歪みのない心の形を作ることこそが侍道……。そして、『義・勇・仁・礼・誠・名誉・忠義』の精神だけでは、まだ角があります。それは円ではありません」
大和が頭を上げた。曇り無き顔。
剛山の巌のような眉が、今夜何度目かの動きを見せた。だがそれは、これまでとは違う。
感じる。
ただ、大和を感じる。
大和は届ける。
剛山を見つめたまま、ただ言葉を届ける。
「つまりこれは、私のようなまだ心が未熟な者の道標であり、他にも無数の多くの徳目が円のように、乱れずに並んでいるという事ですね?」
夜の道場に、大和の凛とした問いが落ちる。
しばしの、耳が痛くなるほどの静寂。
やがて、剛山は深く吐息を漏らすと、
「……感服する」
そう呟き、大和に向けて今宵三度目となる頭を下げた。
成長。
感謝。
そのような感情ではない。
そこに感情はないのかもしれない。
深く。
深く。
長く。
長く。
ただ、頭を下げる。
「今、お前は真の侍となった」
剛山が頭を上げる。その瞳は、大和と同じ瞳。
「お前が今、自らの力でたどり着いた『七つの徳目すら、円を形作るための道標に過ぎない』という気づき。これこそ、並の修行者が何年もかけてようやく気づくか、あるいは一生気づかずに終わるほどの、極めて深い侍道だ。お前の言う通りだ。その道こそは間違いではないだろう。 否、正しき道だ。己の未熟さを恥じる必要などどこにもない。むしろ、自らの『力の大きさで整えようとしていた邪念』に自ら気づき、それを手放したその瞬間に、お前の心は真の侍となったのだ」
剛山は静かに立ち上がる。
それだけ。
ただ、それだけ。
だが、空気が張り詰める。
「これは最後の修行だ。ワシは最後まで師匠らしくいたい」
剛山は上座にかけられた一本の木刀へと視線を向け、そして再び大和を見た。
ーー侍の顔。
「お前の言葉を噛み締め……ワシもまた、お前に応えよう」
七つの徳目のどれが共鳴したのかはわからない。
侍の心の何かが、同じ侍の心の何かと繋がった。
そして、繋がったのであれば応えるのが侍の心。




