七つの徳目
「お前が掲げた『義・勇・仁・礼・誠・名誉・忠義』の七つの徳目、これぞまさに『侍道』の根幹。技や術といった形を追う前に、まず己の『器』となる心を鍛えんとするその姿勢、ワシは、深く感銘を受けた」
言うや否や、山のごとき巨躯を持った剛山が、畳に向けて静かに頭を下げた。
「これよりお前は、ただの『侍』ではなく、己の魂を磨く『求道者』となる。日々の迷いや甘えを捨て、この七つの徳を肚に落とし込む過酷な精神との修行が始まる」
剛山はゆっくりと頭を上げると、再び大和の目を真っ直ぐに見据えた。魂の深淵までを見透かすような力強い瞳。
「まずは、お前が最も揺るぎないものとしたい、あるいは今一番足りないと感じている『最初の徳』から向き合っていくぞ。大和よ……改めて七つの徳目を言葉にする。己に足りぬもの……もしくは磨き上げたいものを心に問いかけろ」
剛山は静かに目を閉じ、朗々と、しかし噛み締めるように最初の徳を口にした。
「『義』――それは人の道としての正義、打算のない決断の力。損得ではなく、何が正しいかのみで動く心の軸だ」
言葉は、道場の古びた柱に染み込んでいくように響く。大和は微動だにせず、師の言葉を耳から心へと染み込ませていく。剛山は息を整え、次なる言葉を紡ぐ。
「『勇』――それは正しいことを成すための、恐れを知らぬ勇気。義を貫くためには、時に世界を敵に回すほどの恐れに立ち向かわねばならぬ」
道場を揺らす夜風が、その「勇」の重さを試すかのように障子を小さく鳴らした。二人の正座の姿勢は崩れない。
「『仁』――それは他者への深い慈しみ、強者が持つべき優しさ。力を持ちながらも、弱き者を慈しみ、包み込む包容力だ。これなき力はただの暴力に過ぎん」
剛山の声にも、どこか慈愛のような温かさがある。それは、これまで大和を育て上げてきた師の背中そのもののようだった。
「『礼』――それは型を通して相手を敬う、美しき格調。自らを律し、他者を尊ぶその振る舞いこそが、侍を侍たらしめる」
大和は、先ほど自らが取った寸分の狂いもない正座の姿勢を思い出す。型とは、心を映す鏡なのだ。
「『誠』――それは言葉と行動を一致させる、嘘偽りのない誠実さ。侍の言葉に二言はない。吐いた言葉は、命に代えても成し遂げる武人の証だ」
明日、未知の大陸へ行くという自らの決意。それもまた、この「誠」の試練なのだろうと大和は胸中で反芻する。
「『名誉』――それは己の誇りを尊び、恥を知る心。他人にどう見られるかではない。誰が見ていなくとも、己の魂に対して恥じる行動をしないという誇りだ」
大和の背筋が、さらに一寸、すっと伸びたような気がした。
「そして『忠義』――それは己が尽くすべき大義や存在への絶対の忠誠。主君のため、あるいは己が信じた大いなる道のため、命を賭して尽くす心だ」
七つの美徳が、すべて夜の道場に出揃った。剛山は見つめたまま、再び大和へとその問いを突きつける。
「さぁ、お前はどの力を望む?」
七つの選択肢。どれもが侍として欠かせない、輝かしい精神の光だ。並の侍であるのならば、この中のどれか一つを選び、その修行を請うところだろう。
ーーしかし、大和は違った。
大和は師の視線を正面から受け止め、変わらぬ声で問いを返した。
「師匠、改めて問わせて下さい。この精神は、全ての力を持ち続けろという精神なのでしょうか? 『義・勇・仁・礼・誠・名誉・忠義』の全ての精神は持っているが、義に大きな力を持つ、勇に大きな力を持つというものは、本来の侍道から外れたものになるのでしょうか?」
大和のその言葉が道場に落ちた瞬間。
剛山の巌のような眉が、再び小さく動いた。




