音間さんは天才? 5
「これから実際に脳内の情報を出力してみますから、みなさんはスクリーンに注目してください」
スクリーンには、パソコンのデスクトップ画面が表示されている。音間さんがヘルメット型デバイスを装着してしばらく経つと、画面内のマウスカーソルが動き始めた。
「このマウスカーソルを、いま私が脳内で考えるだけで動かしている状態です。
今回はみなさんに分かりやすいように、マウスカーソルを用いた、通常のパソコンに近い操作形式で動かしていますが、本来はもっと直感的な操作が可能です」
観客席から感嘆の声が上がる。
「まずは適当に、文字でも入力してみましょうか」
マウスカーソルが動き、メモ帳アプリが開く。かなりスピーディーな動きだ。
「それでは、はじめますね」
そこから先は、現実感のない光景だった。
超高速での文章構築。『平家物語』の序文だ。
速筆やタイピングとは一線を画すスピード。気づいた時には既に文章が構築されている。後ろから書かれたり、順序を無視した書き方も少なくない。なのにどうしてだろうか、文章そのものは完璧だ。一呼吸する間に、『ひとへに風の前の塵に同じ』と書き出され、入力は終わった。その間、三秒ほど。
「⋯⋯とまぁ、これは事前に暗記していたので、普通よりもやや早く終わりましたが、いかがでしたでしょうか。一度見ただけで、その効率がわかると思います。思った瞬間に入力が済んでいるのですから、指を動かす時間が不要になるわけです」
観客席はざわついていた。これくらいのデモンストレーションは、海外の偉い人が実践している動画などが出回ってはいるのだが、実際に目の当たりにすると衝撃的だ。
なんだか、未来を見ている気分になった。
「次は、画像でも作ってみましょうか」
ペイントツールが起動し、そこに茶色くボンヤリとした楕円形が浮かび上がる。それがどんどん繊細さを増していき、八秒ほどで写実的なセミの画像が生まれた。
またしても観客席が騒がしくなった。それもそのはずだ。この光景は、あまりにも異質すぎていた。
概形が一瞬にして詳細になっていく過程は、人類が積み重ねてきたどんな芸術や造形技術とも重ならないものだった。強いて言えば彫刻などはそれに近いが、それにしても高速すぎる。
「このように、イメージをそのまま出力することができます。この画像はパソコンに保存できますし、印刷したり編集したりすることも可能です」
⋯⋯すごすぎる。俺が唖然としているうちにも、講演は進んでいく。音間さんは機器類をステージ脇にどけて、また以前までのように話し始めた。
「⋯⋯今回は私が情報を出力しただけでしたが、このプロセスを逆転させることで、脳内に直接情報を送ることも可能です。こちらはまだ実験段階ではありますが、例えば書籍の中身を通常の何倍ものスピードで読み取ることができるようになるかもしれません。目を動かしたりページをめくったりする必要もなければ、解釈に時間をとられることもなくなりますから」
「このような技術でどういうことが可能になるかについても、話しておこうと思います。
基本的には、障害者福祉への応用が最も期待されています。例えば何らかの原因で声を出すことができなくなった人に、このデバイスとスピーカーを装着すると、イメージした声がそのまま出せるようになります。また、指を動かせない人でもスムーズに文章が書けるようになります。
さらに、脳に情報を送ることができれば、勉強という行為が根幹から変わりますし、カメラを用いて視覚障害のある人に疑似的な視覚をあたえることができるようにもなります。私が思いつかないような応用法も、たくさんあるでしょう」
なんだか本当に、歴史を変える技術を目の当たりにしているのだと思えた。
「さらには、仮想現実の技術と応用することで、五感全てを仮想世界に送ったりなんかも、できるようになるかもしれません⋯⋯というより、もうほとんどそのようなことができてはいるのですが、まだいろいろと安全面の調整が必要な段階です」
それからも音間さんは機械みたいな正確さで話し続けた。
他国でも研究が進んでいること、脳波をいじる技術だから直接脳に接触する必要がなく安全であること、健康維持のための工夫がたくさん考案されていること、その他多くのことが語られた。
そして講演は無事に終了した。とにかく圧巻だった。これからの世界はどうなっていくのだろうか? 子どもみたいに高揚してしまっている自分がいる。
何より、途中で音間さんが言っていた『五感全てを仮想世界に送』れるというのが、衝撃的だった。アニメとかで観られるような、フルダイブのようなものなのか? 死ぬ前にそういうゲームで遊べる可能性があるというのも、なんだかすごく非現実的だけど、嬉しかった。
俺はそのへんのことをもっと詳しく聞きたくなって、講演終了後に控室のほうに行ってみることにした。講演時の質問タイムには、ビビりなので手は挙げられなかったが、まぁこうして直接聞きに行けるんだし、別にいいだろ⋯⋯?
ホールの端、控室のドアを開くと、そこには音間さんと、見知らぬ大人のひとが二人、立っていた。
おそらく、音間さんの両親だ。だけどどうしてだろう? 親子にしては、音間さんの態度がよそよそしい気がする⋯⋯。
気になる女性の両親と対面。怖いね。
次回はそんなにギスらないので安心してください。




