音間さんは天才? 3
バンドパフォーマンスが終わるころには、俺も音間さんもドーナツを食べ終わっていた。
「続いては、なにやら妙な人たちがパフォーマンスをするみたいです⋯⋯!」
ステージ上で司会がそんなことを半笑いで言った。
「なんだろうね」
「さぁ⋯⋯? サークルの発表とかじゃなさそうですけど」
実際のところ、これから何が行われるのかなど、一切予想できなかった。
──ステージ脇から登場したのは、アニメキャラのコスプレをした数人組の男たちだった。雑な女装とかそんな感じだ。
かなり有名なキャラばかりだったが、妙だったのは、全く異なる作品のキャラが集まっていることだった。
普通の人からしたら、なんの脈絡もない集団に見えるだろう。だけど俺はすぐにピンときたし、音間さんもそうだろう。
彼らはおそらく、数か月前に大流行りした音MADを再現しようとしている。
俺は大学受験で忙しかったから、件の動画のことは遅れて知ったのだが、確かに人気が出そうな音MADだった。人気キャラが出てきて、連想ゲーム的に次々と曲が変わっていくカオスな構成。それでいてキャッチーなフレーズも多い。かくいう俺も最初に見たときは大爆笑したものだ。
おそらく、数か月前にネットに触れていた人なら、誰しもが見ただろうと確信できるくらいに、盛り上がった作品だ。
ステージ上では既に発表が始まっていた。そういえばT大学ではこういうノリが行われることがあると、SNSで目にしたことがあった。
──驚いたことに、けっこうウケている。
内容は基本的に元動画を再現しているだけだが、ちょっとしたアレンジが加えられているし、なにより動きやセリフの勢いがよい。遠くの席では、およそ元ネタなど知らないであろうおばさんが笑っているのが見えた。
純粋に、すごいなと思った。音MADの真似事とはいえ、人を笑わせられることは素晴らしいことだ。俺だったら壇上でキョドって終わると思う。
そんなことを考えながら、音間さんの方を見た。
音間さんは無表情だった。それも、今まで話していたときの無表情とも違う、もっと何かを我慢していそうな無表情。
「音間さん、この発表よくできてますね⋯⋯?」
恐る恐る俺はそう尋ねた。すると音間さんはため息をついて、席を立った。
「私、もう行くから。今日はありがとうね」
何事もなかったかのように去っていく音間さんに、ちょっと待ってくださいと慌てて声をかける。
「ま、まだ一時間くらいありますけど⋯⋯?」
音間さんは小さく手招きした。俺はそれに従い、中庭の端まで移動した。ステージからの声がかなり薄くなるくらいの距離があった。
「赤場くんはさ、あの発表をどう思った?」
「えっ? まぁ、普通に面白いと思いますよ。ちょっとヒヤヒヤしましたけど」
「私はね、最悪の気分だったよ」
今までとまったく変わらない声色でそんなことを言うものだから、なんとなくドキッとしてしまった。
「自分がめんどくさいだけなのは分かってるんだけど、私は音MADってああいうノリに使われるものじゃないと思うんだ」
ほんの少し、音間さんが早口になったように感じた。
「音MADって本来、ネット上で密かに楽しむものだし、見るときも基本的に一人でしょ? もちろん、昨今はネットミームが一般化しているし、現実の友達同士ではしゃぐときのネタになるのも実際にあることだよね。だけどこうして大っぴらにやられてしまうと⋯⋯なんとなく居心地が悪くない?」
「それは⋯⋯まぁわかります。視聴履歴を公開されてるみたいな⋯⋯」
「わかってくれてよかった。やっぱり音MADは、自分だけのものであってほしいよね」
自分だけのもの? それはなんか、違うような⋯⋯。心の中に留めておきたいってことか?
「そんなわけで、私はもう文化祭を楽しめるテンションじゃないから、早いけどもう行くよ。赤場くんはなにも悪くないのに、ごめんね」
「あ、ちょっと──」
引き留めることもかなわず、音間さんはあっという間に人ごみに入っていった。
『赤場くんはなにも悪くない』という言葉に、安心している自分がいた。
しかしそれと同時に、なんとなく心が落ち着かない気分でもある。音間さんは、音MADの捉え方が普通じゃないような気がする。
たしかに言いたいことはわかるのだけれど、でも別にああしてみんなで笑いあえているんだから、そこまで不快になる必要もないんじゃないか⋯⋯?
わからない。まだ音間さんのことがわからない。
そういえば音間さんは、午後に講演を予定していたのだと思い出した。
俺の足は、考えるよりも早く、講演が行われる第一ホールを目指し始めていた。
このへんの考え方は自分も音間さん寄りです。赤場くんの考え方はポジティブで美しいけど。
次回は音間さんが講演をします。




