音間さんはマッドサイエンティスト 8
首を切断され、地面についた頬の辺りに鋭い痛みを感じたが、なぜか俺は生きている。無論、首から下の感覚はなく、金縛りのような強い不快感があるのに変わりはないが、口は動くし瞬きもできる。
音間さんがやっと振り向いた。自分が首だけになって下から音間さんを見上げているせいか、その影は巨人かのように思えた。
音間さんはゆっくりとしゃがんで、俺の頭部を両手でそっと持ち上げた。
「なんで⋯⋯そんないじわるいうの?」
半泣きだった。というかもうほとんど泣いていた。嘘みたいだ。音間さんの泣き顔なんて、あまりにも現実味のない光景だ。電脳世界の、やや解像度の低いアバターではあるが、それでも音間さんは確かに泣いていた。大粒の涙が俺の顔に落ちてきて、二秒ほどでフッと消えた。液体の処理は容量を食うから、すぐに消えてしまうのだろう。
「音MADに価値を見出さないでって言ったじゃん!」
まるで駄々をこねる子どものようだ。
「ごめんなさい⋯⋯。でも俺から見た音MADは、そういうものなんです」
「だってそれは私のルールに反してて⋯⋯」
「自分の気持ちに嘘はつけません」
音間さんは俺を持ち上げ、地面に叩きつけた。バカ痛い。
「赤場くんが言う通り、音MADに価値があるんだったら、尚更この世界を消しちゃダメじゃない!? ねぇ、そうでしょ!」
「消されることで増していく価値もあるんです。それは音間さんが一番わかっているはずです。消えた名作はロストメディアとして多くの人が捜索し始める。昔の動画とか、そういうの多いじゃないですか。それにも価値があるはずです」
「屁理屈ばっかり⋯⋯そんなに現実に戻りたいの!?」
「戻りたいです。俺はまだ、人生を諦めたくない」
音間さんは、宇宙人でも見るかのように俺を見下ろした。
「なんで⋯⋯⋯⋯」
「残念ながら、俺は普通です。現実世界の音間さん以外の大多数と同じように、丸っこい深層心理を持った、価値観も精神も普通の人間なんです。
普通だから、死にたくないし、無価値なものを求めていないし、帰るべき家があります」
「そんなのわかってるよ。でももう赤場くんに拒否権なんてないから⋯⋯」
「逆に、音間さんはどうしてそんなに死にたがっているんですか?」
「⋯⋯私だけ心の形が違っている別人類のようなもので⋯⋯他の誰とも一生分かり合えない。そして私が目指した無価値なものも、結局は作れなかったし、その美しさを誰かと共有することもできない。
やりたいことが、一つもできない。
だったら⋯⋯死ぬしかないよ」
「そこで俺を巻き込む理由がわかりません」
音間さんはもう一度俺を持ち上げた。目線が合うくらいの高さまで上げてくれた。
「死ぬとき⋯⋯一人だと寂しいから」
音間さんの涙は収まりつつあった。
残された時間は、そう長くなかった。
音間さんの心は、やっぱり自分とは違う。生きるという選択肢が、最初からないのかもしれない。
俺は顔に力を込めた。
現実であれば、頭だけの状態で頭をひねることはできない。軸となる首が存在しないからだ。
しかしここは電脳世界。ものすごい力を込めて、顎をひん曲げて、頬もひねろうとすれば、どうにか動くことができた。
──そうして、俺は自分から地面に落ちた。
顔を下に向ける。土下座のつもりだ。
こうなれば、やることは一つ。
気合をいれて
「ごめんなさい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
音間さんはよろけた。
「俺が普通なせいで⋯⋯音間さんと死ぬことができません! 俺が音間さんと同じような心を持っていれば、音間さんの意に沿って、一緒に死ぬことができたのに! 本当に不甲斐ないです!」
この感情が元々あったのかは分からない。口から出まかせかもしれない。でも言っているうちに悲しくなってきて、涙が出てきた。
「どうしても死ぬのは嫌です! 音間さんだけ死ぬのも嫌です!
俺は、音間さんと一緒に生きていきたいです!
どうかお願いします!!! 俺も、音間さんも、助けてください!!!!
生きて俺と交際してください!!!!!」
もうこれしかなかった。素直に頼むしかなかった。
これでダメなら、音間さんと死ぬことになる。言った後で、それももしかしたら悪くないのかと思った。
音間さんは地面に寝そべり、俺の頭を持ち上げ、正面を向かせた。顔が近くにある。
「本気で言っているの?」
「俺はいつだって本気です」
音間さんはため息をついた。
「その頼みに応じたところで、私になんのメリットがあるの? 私が自分の理想を捨てて、生きるという選択肢を押し付けられるだけじゃないの?」
「⋯⋯その通りです」
⋯⋯⋯⋯⋯⋯。
我ながら、なんて情けない交渉だろうか。
世界は、最初の真っ白な状態に戻っていた。
「そんな条件、私にとっては⋯⋯本当の無価値かもね」
どこからともなく笛の音が聞こえてきた。世界が灰色になっていく。
「後悔はさせません」
そして、世界は消えた。




