音間さんはマッドサイエンティスト 7
「俺は、この音MADを権利者削除します」
その言葉は確かに音間さんの耳に届いたはずだ。なのに音間さんは何も言わずに、ただ後ろを向いた。よってその表情も、息遣いすらも観察することはできない。
「⋯⋯どういうこと?」
「音間さんはさっき言いましたよね。この世界そのものが、音間さん自身が作った音MADだと。であればここに無理やり連れてこられて、この世界の一部にさせられている俺自身は、立派な素材であり、同時に権利者です。
だから俺は、この世界を削除できるはずです」
音間さんは顔を見せないまま話し始めた。
「そんなこと言って、私がおとなしく従うとでも思っているの?
いま、この世界の主導権は私のものだよ。赤場くんがそんなことを言っても、無駄なんだよ」
「だけど初めて音間さんの部屋に行ったとき、確かに言っていたはずです。音MADにはモラルがない。強いて言うなら『権利者削除されたらモザイクかけて再投稿するくらいの最低限の遵法意識が関の山』だって。
逆に言えば、一度は削除要請に従うというのが、音間さんが愛した音MADの基本姿勢だということです。
音間さんは、無価値な音MADを再現したいんですよね? だったら権利者削除にも、おとなしく従うべきです」
音間さんは黙った。
ここから先は、分の悪い賭けだ。世界の削除が何を意味するのか、俺自身にも分からない。一時的にでも現実世界に戻ることができれば最高だ。逆に最悪なのは、虚無空間で残りの一時間を過ごすことになること。
「赤場くんって本当に気持ち悪いよね。なんでそんな、細かいことを覚えてるの? そんなに私の部屋に来られたのが嬉しかったの?」
気持ち悪いと言われてショックだったがそんなことに構っている暇はない。
「嬉しかったけどそれだけじゃなくて⋯⋯俺の中で答えが出たんですよ。俺はどうして音MADが好きなのかという問いへの答えが。
──それは、俺自身の記憶を肯定してくれるからです」
音間さんは黙ったままだ。長い黒髪が風になびいている。その風も、音間さんが作り出しているのだろう。
「俺はずっと孤独だったし、大した思い出もありません。内向的なのに、趣味は中途半端で⋯⋯だけど音MADで笑えたんだとしたら、それは誰かと思い出を共有したことになると思うんです。同じアニメを見ていないと、アニメMADで笑うことはできない。笑えたのなら、自分の思い出に価値が生まれたと思える。少なくともその一瞬は、自分の行動や人生が、今の笑顔のためにあったと思えるんです」
また口が封じられる前に、出し切らなければならない──。
「音MADを作るときも、同じ気持ちです。使う素材は、いわば自分の記憶で⋯⋯編集中はそこに潜ることになる。つまらない人生だったかもしれないけど、向き合ってみれば少しは価値が見出せる。そして何より、完成してネットに上げれば、誰か一人には伝わる。反応が貰える。音MADという形式なら尚更、多くの人に見てもらえます。見る側だろうと作る側だろうと、俺は、音MADに自分を肯定してほしいだけだったんです。
だから、音間さんの発言を覚えていたというよりは、音MADの編集と同じ感覚で思い出せたというだけです」
音間さんは、まだ動かない。
次の瞬間、細い糸のようなものが前方から高速接近し、俺の首を切断した。
俺の頭部は地面に無造作に転がった。胴体が倒れる音が聞こえた。
言い返せないと暴力に走るのかわいいね。
次回はもっとレスバします。




