音間さんはマッドサイエンティスト 6
少し前から、俺の頭の中で一つの問いが反芻されていた。
それは「赤場くんは、どうして音MADが好きなの?」というものだった。
初めて音間さんの部屋に入ったあの日、俺は「わからない」としか答えられなかった。音間さんはそれでいいと言ったけど、そんな曖昧な立場では、きっとこの状況を打破することはできない。
今はとにかく、待つしかない。
音間さんが本当の俺に話すチャンスをくれるまで、どうすればこの世界から脱出できるのか考えるしかないんだ。
これが走馬灯なのかは分からない。だけど俺の脳内では、今までの人生が思い返されていた。
幼稚園では、友達なんていなかったような気がする。ずっと隅で絵本を読んでいた。小学校では数人いたけど、違う中学校に行ってしまった。
それからはまた独り。インターネットが友達。テレビもちょっとは見たけど、やっぱりネットが一番だった。
高校一年生から音MADを作り始めた。違法行為なので、最初はスリリングだった。次第に慣れていくのが怖かった。人に自慢できる趣味じゃないのは自覚してたけど、これが一番面白かった。
親に迷惑をかけたくなくてとりあえず勉強だけはしていた。それが意外とうまくいって、いい感じの高校に行って、苦労しつつもT大学に入学。
世間的に見て、自分は成功者かもしれない。強者なのかもしれない。
──だけど空虚だ。
俺は一瞬でも、なにかに夢中になれたのだろうか?
勉強は嫌々やっていた。それ以外の趣味なんてほんのちょっとアニメやネットを見て、あとは音MADを作るくらいだったじゃないか。
「赤場くんは、どうして音MADが好きなの?」
別に、ただおもしろかっただけで⋯⋯。深い意味なんてない⋯⋯。
──いや、違う。
音MADを見たり作ったりしているときの心地よさ。顔がクシャクシャになるまで笑ったときの、面白さだけではない安心感。それらには確固たる理由があったはずだ。
音間さん、どうか──。
気づいてください。この世界に無価値なものなんて何ひとつないんだということに。
それからどれほどの時間が経過したのか、正確にはわからない。
俺は焦っていた。もう既に十時間くらいは経っているように感じた。タイムリミットまで余裕がない。
音間さんが操る俺は、献身的で、上品で、音間さんが言いたいことを先回りして発言する。まぁ音間さんが考えた台詞を言っているだけなので、それが当たり前ではあるのだが⋯⋯どうにも気味が悪い。
そして周囲は、今まで以上のカオスが繰り返される。それでも音間さんは満足せずに、次へ次へと進んでいく。
この世界に来たばかりの俺は、音間さんを天使や女神に喩えたが、それは大きな間違いだった。
──音間さんは魔王だ。
世界を思い通りに荒らして書き換えて遊ぶだけの魔王なんだ。きっとそれが最も適切な喩えだろう。
世界一かわいい魔王さまだ⋯⋯。
想像もできなかった。いつもの音間さんの眼鏡の裏にはこんな光景が広がっていたなんて。だけどもうすぐ死に至るこの瞬間だからこそ、本当の自分をさらけ出せているのかもしれない。
音間さんが立ち止まる。
「ねぇ赤場くん、あと一時間しかないよ」
それが真実かどうかすら俺には確かめられない。
「身体の主導権、返してほしい?」
俺には返事も、頷くこともできない。
「身体っていうかアバターなんだけど⋯⋯細かいことはどうでもよくてさ、最後の言葉くらいは、PCに保存してあげてもいいよ。
でもどうだろう。発狂とかしちゃってたら困るなぁ」
音間さんは半笑いでそう言った。それからしばらく俺の顔を見た。
「精神は安定しているようだし、いいよ。赤場くん、喋ってみて」
ついに、この時が来た。
身体の感覚が隅々まで行き渡る。口が思い通りに動く。そんな素晴らしい復活体験に、身を委ねている暇はなかった。そうだ、俺は、音間さんを説得しなければいけないんだ。
「⋯⋯音間さん」
「なに?」
「俺は、この音MADを権利者削除します」
神の一手だね。
次回はレスバします。




