音間さんはマッドサイエンティスト 5
「いつだって価値は生じてきた。私が愛したあの頃の音MAD作品群だって、のちの世から見れば立派な文化遺産だった。それらは当時、立派に無価値だったはず。だけどどうしてだろうね。いまとなっては、古いものが価値を帯びるどころか、新しい無価値が生じることすらなくなった」
「それを作りたいんですか?」
「いま作ろうとしたよ。だけど無理だったから、やめる」
「もっと粘ってもいいじゃないですか」
「努力して作ったものは等しく価値があるよ」
「それはまた⋯⋯難しいですね」
「赤場くんはさ、案件動画作っちゃったよね。ショックだったな」
「ごめんなさい」
「思えば、赤場くんは悪くなかったんだよ。あの時はお金が必要だったんだもんね。それも私のために」
「だけど音間さんの美学を踏みにじってしまった」
「赤場くんも価値の奴隷だったんだよ。この世界の人間は全員そう。社会はそれで回っているから、私を助けるためにそうせざるを得なかった」
「そうかもしれません」
鳥が飛び立った。
「思えばなにも思い通りはいかない人生だった。私が追い求めたものは存在してもいなくて、今後新しく生まれることはない」
「そんな、まだあきらめるわけには」
またあの混沌が始まり、しばらくして終わった。二人は同じ場所にいた。
「私以外の人間は、みんな同じ形の心を持っていた。そして私も、こんな真似事を繰り返すしかできない」
「それは無価値ではないんですか?」
「確かに以前、中途半端さが無価値さの条件だとは言ったけど⋯⋯でもなんか違う。私はこれに納得できない。あとは、笑えればいいのに」
「僕も少し作ってみていいですか」
「いいよ」
演歌歌手の四肢が爆散した。
「ブヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ! そりゃ卑怯でしょ!」
音間麗美はのけぞりながら笑った。呼吸すらままならないような笑い方だった。
「音間さん、そんなふうに笑うんですね」
「んーいままで人前では隠してたけどね⋯⋯もう死んじゃうしいいかなって」
「もっと自分をさらけ出してもよかったんじゃないですか?」
「無茶言わないでよ。私にも立場ってものがあったから」
「だけど最後は僕にそれを見せてくれた」
「引いちゃった?」
「うれしいです」
「なら、よかった」
よくねぇよ、と俺は思った。
まるで、操り人形になった自分を遠くから見ているかのような、そんな違和感のある状態だった。
俺の口から出る言葉は俺の意識と直結しておらず、音間さんが考えた台本をなぞっているだけだ。音間さんがまたあのカオスを作り出して、それが十三時間以内に、音間さんの満足のいくものになれば、それで解決なのだろうか?
いや、きっと結果がどうであろうと、音間さんは俺もろとも死ぬはずだ。現実に戻れば音間さんのこの行為は刑事事件にまで発展するだろうし、そうなれば音間さんは今後の人生で何もできなくなる。
だからここで死ぬつもりなんだ。
俺と一緒に。
またカオスが始まった。思い出の名曲が汚されていく。音間さんは俺の手を引いて、この複雑な空間の道筋を案内した。
ここが水族館なら、きっと素敵なデートのように思えただろう。
だけどここは澱んだ色で塗り固められた、複雑怪奇なカオス空間だ。先ほどからウンコなどが飛び散っている。星空のように見える上方の光の粒の正体は小さな虫たちだ。
脳の内側をムカデが這っているかのような不快感が常に続いている。脳に直接情報が送られるというのは、濾過せずにドブを飲み込むような感覚だ。俺が普段、景色を美しいと思えるのも、眼球や視神経が適切なフィルターになってくれていたからなのだと、ここに来て初めて実感した。
そんな地獄の中だからこそ、音間さんはいつもより輝いて見えた。あんな下品な笑い方も美しく思えた。
──チクショウ。
殺されかけているのに、俺はまだ音間さんが好きだ。
だけど、死ぬのはゴメンだ。
泥臭いね。
次回は赤場覚醒回です。




