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赤場くんだけは理解者 1

 赤場くんと最後に別れてからは本当に、忙しい忙しいと言う暇もないほど忙しかった。


 大学は夏休み。無駄に広い研究室はエアコンが効きづらく、さらに機械の排熱が常に行われているために、じっとりとした居心地の悪い空気感が漂っていた。それでも外よりは、幾分かマシではあるけれど。


 いま私の手の中にあるヘッドギアは、この研究室では最新のものだ。表面はプラグや追加パーツでゴツゴツとしていて不格好だが、精密機械の開発段階というのはこういうものになりがちだ。


 やるべきことは主に、安全性のチェックと、脳からの情報出力の安定性の確保、そしてその内容を文書にまとめること。研究室の佐々木教授や桑田さんは非常に優秀かつ協力的で、計画の進行そのものに滞りはほとんどなかった。それでもなお、完了の兆しは見えない。本当に見えないのだ。


 脳とは人間の身体の中で最も複雑な器官だ。ヘッドギアでは脳波を介して、安全性に問題のない形で情報を受信しているとはいえ、その部品の一つが一ミリズレるだけでも安定性は大きく崩れ、あっという間にイメージは崩壊する。


 さらに言えば、脳の構造は個人ごとに異なる。例えば指が六本ある人には、六本目の指を動かすためのエリアが生じていたりする。障害の有無や使用言語の差異なども、大きな問題になることは多い。


 要するに、無限に近いパターンに対応できなければ、大人数を相手にした体験展示など、夢のまた夢であるということだ。


 これほど試行回数が必要な研究であるというのにコンピュータでのシミュレートなども難しい。なにせ人間の脳を相手にした技術なのだから、仮想の脳を用意できない以上はどうしようもない。


 要するに、時間が足りない。圧倒的に足りない⋯⋯。




 作業に没頭しているといつの間にか日が沈み、教授たちは帰っていった。「音間さんも休むべきだ」とは言ってくれたものの⋯⋯そんなの、大人から見た都合だ。既に結果を出している皆さんとは違い、私は特別扱いしてもらっているだけの、ただの学生に過ぎない。失敗は許されないんだ⋯⋯。


 なにより、今回の展示には、私の顔や名前が大々的に表示されるのだから。


 机上に目をやる。乱雑に置かれたサイフェスの試作版パンフレットには「音間麗美さんの監修エリア」という文字。


 ──だから、私よりも教授たちの成果だって。


 こういう責任感に追われるくらいだったら、高校生時代のテレビ取材とか、断っておけばよかった。もしかしたら誰かが音MADにしてくれるかも、なんて期待をしなければよかったんだ。その取材を受けたせいで、今に至るまでズルズルと広告塔にされてしまっているんだから。


 昔は、自分が音MAD素材になるだなんて、この上ない幸福だと思っていた。しかし、いまとなっては、音MADにされることに対する期待すら消え失せた。高校時代あたりから、コロナ禍だったこともあって、音MADは激しく変容した。


 仮にいま私が素材になっても、どうせ上辺だけをなぞられて、すぐに忘れられるだろう。権利侵害してるゴミクズのくせに、実在人物──特に若くて訴訟してきそうな真面目な人間──を弄るときにだけ上っ面だけの倫理意識を持ち出してモザイクをかけるような今の生っちょろいユーザーに期待などできない。


 私はもっと、画像編集で顔を歪められたり、ブレまくった音程で歌わされたりしたいんだ⋯⋯。


 そのために、ニュースなんかに顔を出して、声も晒したのに⋯⋯。私が美人で優秀でなんの面白みもないばっかりに⋯⋯! かといってチョケるのも違う。あえて自分からミームになりにいくのって寒すぎるから⋯⋯。


 ⋯⋯⋯⋯。


 ⋯⋯疲れた。


 おなかがすいた。

音間さんもだいぶ拗らせてますね。

次回はコンビニに行きます。

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