赤場くんだけは理解者 2
外はすっかり暗くなっていた。夏とはいえ、夜にもなると風が肌寒く感じられた。
広い道路を歩きながらふと思う。
──最近、音MADを見ていない。
当たり前と言えば当たり前だが、日課の新着順巡回や過去作漁りなんて、できっこない。いまの私には息をして食事をするので手一杯なのだから。
大学構内のコンビニへ入る。端の棚に直進し、適当な弁当を手に取った。少々割高だが仕方がない。壁沿いの冷蔵庫から水も取り、レジへ向かう。
「あの⋯⋯すみません⋯⋯」
無人のレジの奥に呼びかける。こんな時間だ。ワンオペか、それに近い状態なのだろう。
扉の奥から「はい」と声が聞こえた。
現れたその店員は、私の顔を見るなり、「あれ? 音間さん?」と言ってきた。
ほとんど無心だった私は、きっと有名人な私を見て驚いているのだろう、と考えながら顔を上げた。それにしても名前を呼んでくるなんて無礼な店員だな、と思ったのは事実だが、どうやら事情はそんなことではないようだった。
──その店員は、赤場くんだった。
「⋯⋯大丈夫ですか? めっちゃボーっとしてますけど」
そう言われてやっと我に返った。もはや今の自分は、相手の顔を識別してから適切な返答をすることすらも満足にできていないのだ。
「うん⋯⋯というか赤場くん、ここでバイトしてたんだね」
「今だけですよ⋯⋯。夏休みなんでバイト増やしてるって感じです。
っていうか音間さんこそ、こんな時間まで研究ですか?」
「⋯⋯まぁね」
こんな時間──と言われても、いまの私は時間すら把握していないのだけれど。ふと壁面上部の時計を見上げると、もう日付が変わるくらいの時間になっていた。
「いやいやいやいや、いくら時間がないったって、この時間までやるのはちょっと度が過ぎてませんか?」
赤場くんはそう言いながら商品のバーコードをスキャンしていた。
「こうでもしなきゃ、終わんないから」
私はポケットから財布を取り出し、500円玉をトレーに乗せた。いつもならお釣りを計算して、端数までちょうどよく払うところだが、今はもうそんな気力すらない。
支払いを済ませ、そそくさと帰ろうとした私に、赤場くんは背後から声をかけてきた。
「音間さん、なんか俺に手伝えることとかないですか?」
「え?」
「いや、なんか⋯⋯あまりにも疲れてそうだったんで⋯⋯」
私はそんなにヤバくなっているのだろうか?
「まぁ⋯⋯単純作業とかも多いから、人手はほしいかも。
だけど、バイトとか忙しいでしょ?」
試しているような言い方になってしまったのはよくなかったかもしれない。
「⋯⋯あとで連絡します」
赤場くんは下を向いていた。
私はコンビニを去り、研究室で弁当を食べて、少しだけ研究を進めて、その場で寝てしまった。
それから二週間ほどが経っただろうか。猛暑がピークに達し、汗ばんだ下着が肌にくっつくのを鬱陶しく思いながら、PCに向かって脳波受容媒体の設定を微調整する。
ヘッドギアに設定を取り込み再起動。その時、ふとスマホに目をやると、通知が来ていることに気づいた。
赤場くんからメッセージ。『いろいろあって、明日からでもそちらを手伝いに行けるようになりました。都合の合う日に、そちらに行ってもいいですか? 自分は明日以降ならいつでも大丈夫です』
⋯⋯そういえば、少し前から、赤場くんに手伝いにきてもらうつもりで話を進めてあったのだった。しかしバイトなどの時間と重なってしまい、今まではどうしても無理だったのだ。
次に来てほしい時間を書き、送り返す。
何はともあれ、久しぶりに赤場くんと長時間一緒にいられるのであれば、久しぶりに音MADの話などもできそうだ。そう思うと、キーボードを押す力も無意識に強くなるというわけで、その日はいつもよりは楽しく作業できたのだけれど⋯⋯。
翌日、研究室に訪れた赤場くんに、会って早々「バイトは大丈夫なの?」と尋ねた。
「ぜんぶ辞めました」と赤場くんは弱々しく答えた。
こういう変に勢いのある行動は怖いね。
次回は研究をします。




