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音間さんは懐古厨 5

「さっきも言った通り、私は価値あるものをそのまま受け止めることができない。だから中途半端でくだらない音MADを好むようになった。だけどそこには価値が生じ始めて、今じゃほとんど芸術作品⋯⋯。まあ、これがほとんど全てだね──私の趣味嗜好の全て」


「⋯⋯⋯⋯」


「あーあ。言っちゃった。誰にも言う気なかったのに。何度も言うけど秘密だからね」


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


 音間さんは、椅子をクルリと回転させ、デスク上のヘッドギアをいじり始めた。


「それでも⋯⋯音間さんが、昔の音MADを好んでいるんだったら⋯⋯一応は、好きなものがある状態ってことですよね⋯⋯?」


「いちおう、本当にいちおう、ね。

 そういうのも、今となってはノスタルジーの対象じゃん? 誰かにとっての思い出であって、戻ることのできない過去であって、その世代に向けたSNSマーケティングの道具になっている。もちろん、たまに見返すことはあるけどさ⋯⋯やっぱり当時ほど面白がれないよね」


 つまり、音間さんには現在進行形で面白がれるものが、ほとんどないのかもしれない⋯⋯。


「その感覚は分からないこともないですけど⋯⋯それがどうして、EL技術の研究に繋がるんですか?」


「言ったじゃん。あの頃の再演だって」


 音間さんはヘッドギアを装着し、目を閉じた。その表情は、ほとんどいつもと変わらなかったが、ほんの少しだけ穏やかに見えた。デスク上のモニターが点滅する。


「あの頃がどうして輝いていたかわかる?」


「⋯⋯?」


「あの頃のインターネットを形づくっていたのは、ある種の純粋さなんだよ。

 ネットがやっと一般層にも普及し始めて、『新しいコミュニティ』として徐々に広がっていた時代。当時はおよそ全員が平等に『初心者』で、無知ながらもこのコミュニティが有する可能性に対して期待や高揚感を抱いていた。

 そこで行われていたのは、子どもが虫を潰すような、悪意のない悪行⋯⋯単純な好奇心ゆえに他者の尊厳を無意識で踏みにじる、自然体の思考に最も近い活動だったわけだよ。たとえばCMを弄るときに、CMの出演者や演出家のことは考えない。


 ⋯⋯いや、考えるか考えないか以前に、そういう都合を意識するという概念自体がなかった。せいぜいちょっとの背徳感と、権利者削除されたらモザイクかけて再投稿するくらいの最低限の遵法意識が関の山。


 当時の私は小学生だったわけで、こんなのは私の勝手な感想でしかないんだけど⋯⋯私が追い求めているのはそういうものだよ」


 まさしく小並感ってか⋯⋯なんて脳内ツッコミを考えることもできなかった。それほどまでに、圧倒されてしまった。


「それで、これがEL技術⋯⋯というか、ELNの研究に繋がる理由なんだけどね⋯⋯。

 すごく単純に言うと、当時の構成要因だった『純粋さ』と『新鮮さ』を再構築して、次世代の黎明期を作りだすことができれば、もう一度あの頃のような空気感が生まれるんじゃないか、という試みを、私はしているんだよね。


 脳波による直接的な創造と、情報交換。これは今までの視覚メディアとはまったく異なる媒体になるし、一般層に普及すれば、みんなが創造性を純粋に発揮できるはず。新しい形態の音MADを作ろうとする人も現れるだろうし、そうではない他の無秩序な何かが発生するかもしれない。


 その最初の数年間を、私は見てみたい。みんなが慣れ始めたら、あとはどうでもいいけど」


「それは⋯⋯」


 本当、なのだろうか? いま自分の目の前にいる音間麗美さんは、冗談なんかではなく、本気でそんなことを言っているのか?


「⋯⋯壮大な夢ですね」


 ふと、PCの画面を覗くと、なにかの制御画面のようなものが表示されていた。常に変動する折れ線グラフのようなものや、数字の羅列がウィンドウを埋め尽くしている。画面下部にはTESTの文字。なにかの実験でもしているのだろうか。音間さんのヘッドギアの小さなランプは青く光っていた。


「逆に聞きたいんだけどさ⋯⋯赤場くんは、どうして音MADが好きなの?」


 最初に俺が質問をしたのだから、次に音間さんが質問してくるのは、当然と言えば当然だった。だけど俺は、音間が語る夢の衝撃から抜け出し切れておらず、その言葉を受け止めるのにも時間が必要だった。

この辺の説明ちょっとしつこいけど、振り返りも兼ねてるので許してね。

次回は赤場がこの問いに答えます。

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