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音間さんは懐古厨 4

「私はさ、音MADが好きというよりは、音MAD以外が全然好きじゃないんだよね」


 音間さんは俺に座るように促してきた。作業もひと段落ついてきたところだったので、並べられた機械の間にぽつんと置かれていた小さな折りたたみ椅子に腰を下ろした。音間さんはデスク前の普通の椅子に座った。そのサイズ差によって、俺は自然と音間さんを見上げる形になった。


「いい? このことはまだ誰にも言ったことがないし、家族だって気づいていないはず。ハッキリ言って墓場まで持っていくくらいの秘密だったんだけど、赤場君を信頼して話そうと思う」


「え、そんなレベルのこと⋯⋯無理して話さなくても⋯⋯」


「いや、大丈夫。ずっと黙っているほうが、辛いだろうから。

 それに、そこまで仰々しい秘密ってわけでもないし」


 それにしたって、俺のほうがまだ心の準備ができていない! しかし音間さんはそんなことも知らず、平然と話し始めた。


「私はね、世の中で言われている傑作とか名作みたいなものに、一切感動できないの。

 どんな音楽も、映画も、漫画も、アニメも、絵画も、文学も、グルメも、演劇も、ゲームも、お笑いも、科学も、文化も、歴史も、自然も、宗教も、史跡も⋯⋯全部、私にとっては無価値なんだ」


 どんなことを言い始めるかと思えば⋯⋯。


「ごめんね、急にこんな中二病みたいなこと言っちゃって。でも事実だから。自分でもハッキリとした理由はわからないけど、きっと、価値のあるものをそのまま受け止められないんだと思う。

 だけど音MADだけは違ったんだ。誰かが丹精込めて作ったものをばらばらにして、勝手に台無しにしちゃう⋯⋯これって素晴らしいことだと思わない?」


「──音間さんにとってはそうなのかもしれないですけど⋯⋯だったら他の、音MADに限らないMAD動画とか、質の低いパクリ映画とか、そういうのでもいいんじゃないですか?」


「あはは、たしかに」


 笑い声とは思えない笑い声だった。


「でもね、ただ無秩序ならいいとか、そういうことじゃないんだよ。徹底した無秩序はまたもう一つの芸術であって、価値ある事象だから。

 私は音楽という制約の中だからこそのおもしろさが好きなのであって、ある意味では秩序と無秩序の中途半端さを好んでいるとも言えるかもね」


 ⋯⋯納得できない。それにしたって、なんかもっとこう、あるだろう。音MAD以外の、そういう中途半端な作品が⋯⋯。


「もっと言っちゃうとさ、私は最近の音MADも、あんまり好きじゃないよ」


「⋯⋯え?」


「もちろん、たまに気に入る作品もあるよ? でもほとんどは、惰性でチェックしてるだけ。最近のは、なんていうか、綺麗すぎるんだよね。企業案件の音MADとか、論外。

 アニメとかの音MADなら、原作愛があるのが伝わってくるし、有名人が素材だと、みんなふざけているようで、一線は超えないように気を付けてるよね。もしくは、故人かネット見なさそうな人を素材にするか⋯⋯。なんでもいいけど、結局みんな、善意で作ってるか、悪意があっても本格的な炎上は避けるよね。

 ねぇ⋯⋯音MADっていつから推し活の道具になったと思う?」


 あまりの情報量に、俺は眩暈を覚えた。たしかに、言いたいことはわかるけど⋯⋯別にそんな、深く考えなくたっていいんじゃないか? たかが音MADに⋯⋯そこまでムキにならなくても⋯⋯。


 しかし、音間さんは本気で言っているように思えた。


 ──だったら俺も、ある程度は真剣に返答しなきゃだめだろう。音間さんは、秘密を明かしてくれているのだから。本気の発言を適当に返されるのって、本当にムカつくだろうから。


 音MADはいつから推し活の道具になったか? そもそもそんなこと意識したことがなかったけど、感動路線のMADなんかは、今に始まったことじゃないはずだ。十年前には既に、そういう愛の籠った音MADは生まれていたはずだ。


「十年前、くらいですか⋯⋯?」


 あまり熟考しすぎるのも悪いかと思い、そう答えることにした。今は二〇二二年。十年前となると、二〇一二年。俺なんかまだ八歳のガキだった頃だ。まぁ、我ながら、悪くない答えじゃないかと思う。


「そうだね。だいたいそれくらいが、転換期だったと思う。当時は推し活なんて言葉はないけどさ、ノリは近かったはずだよ。

 音MAD作者同士の交流も広がって、界隈が出来上がってきたよね。合作もこの頃には始まってたはずだし。技術的にも磨きがかかり始めていたような覚えがあるんだよね」


「音間さんは、いつから音MADを見始めていたんですか⋯⋯?」


「小学校に入った直後くらいだね。クラスのやんちゃな人がみんなに音MADを広めててさ」


「ってことは、知ってすぐくらいの時期にはもう、いわゆる推し活化が進んでいた、と⋯⋯」


「⋯⋯そうなるね」


 音間さんは、あからさまに残念そうだった。目線は落ちていて、声のトーンも心なしか低い。


「でもそれって、別に悪いことじゃ⋯⋯」


「そうだよね。普通に考えれば、悪いことじゃないよ。音MADの歴史自体、それ以降のほうが長いわけだし。


 ⋯⋯でもさ、愛があれば、それは『価値』だよね」

これ別に滝村の価値観を代弁させてるわけじゃないですからね。

次回もこういう感じだけどお付き合いください。

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