第22話
三島くんとの通話を終えた私は、大所帯で打ち上げが行われる店へと向かっていた。
仙川さんの言っていたことは気になるし、本当ならすぐに家へ帰るべきなのは分かっている。
ただ、芸能界で生き残っていくためには、こういったイベントは絶対に参加しなければいけない。
どんなにコンプライアンスの順守が重要とされる社会になっても、人付き合いは疎かにしてはいけないのだ。
「お疲れ様、金沢さん」
どこから湧いて来たのか、富水くんが声をかけてくる。
三島くんの読み通り、この現場にいたのは彼の両親のコネらしい。
彼の顔の広さは思った以上で、今回の撮影のプロデューサーとも知り合いらしく、わざわざ私に紹介までしくれた。
「初めての演技とは思えないほど良かったよ」
「ありがとう」
私としても、しっかり練習の成果は出せたし、良い演技だったと思う。竜ケ崎さんもしっかりと褒めてくれた。
けれどそれは、私がどうこうというより、相手の演者さんが良い演技を引き出してくれたからに他ならない。
相手の演者さんは大手事務所が売り出し中の若手俳優。
大手が売り出すこともあって、やはり演技力が違ったし、主役に抜擢されているのも頷ける。
歳も近いし、本当は色々と聞いてみたいけれど、今も集団の中心にいてとてもではないがそんなことはできない。
「私も負けていられないわね」
「……? 何か言った?」
「いいえ、何でもないわ」
それから店に到着し、打ち上げが始まる。
立食パーティー形式で、各々好きなテーブルで談笑を楽しむ形式だ。
「どこのテーブルに行こうか」
「――どうして付いてくるの?」
「僕の知り合いかもしれいないし」
紹介できる方が話しやすいでしょと、当然のように彼は私の傍を離れない。
正直にいって、今日の彼は異常だ。今までこんなにしつこかったことはない。
結局、私が行く先々まで彼はついてきた。
実際、彼がいたおかげで上手く会話することができた点もあった。
それでも、彼が一緒にいるというだけで私の不安は加速していく。
結局、話せなかったわね。
打ち上げが始まって圧倒間に二時間が経ち、総監督が締めの言葉を口にする。
主演の彼は常に人の輪の中心で、竜ケ崎さんですら一言挨拶を交わすので精一杯だった。
「真佳ちゃん、お疲れさま」
総監督の言葉に皆が耳を傾ける中、竜ケ崎さんが声を掛けてくる。
「お疲れさまです。どうしたんですか?」
「今から知り合いと二次会に行くことになってね。本当なら、真佳ちゃんを送ってあげたいんだけど」
「気にしないでください、私なら大丈夫です」
本当は、竜ケ崎さんにも一緒にいて欲しい。
けれど、新しく事務所を立ち上げ、人脈作りに集中する必要がある竜ケ崎さんの時間を、私なんかが奪う訳にはいかない。
「本当に大丈夫?」
「はい、彼も呼んでいるので」
「そうか、なら大丈夫だね」
一度しか会っていないが、どうやら三島くんは竜ケ崎さんからそれなりに評価されているらしい。
竜ケ崎さんは安心したように頷くと「気を付けて」と言ってこの場を去っていく。
それから総監督のありがたいをお話が終わり、大きな拍手で打ち上げ締められ、関係者たちが各々散り散りになり始める。
さて、終わったって伝えないとね。
最後にスマホを見た時、三島くんから最寄り駅にいるから終わったら連絡して欲しいと言われている。
「金沢さん」
「何?」
今から三島くんに連絡を取ろうとしたところで、富水くんが声をかけてくる。
正直、無視して三島くんを待ちたかったが、彼の隣にいる人物を見てそういうわけにもいかなくなった。
「せっかくだし、一緒に駅まで送ろうと思ってね。あと、僕と二人じゃこころ細いと思って、平介さんも連れてきたよ」
平介さんというのは、富水くんが紹介してくれたプロデューサーの中野さんことだ。
中肉中背の銀縁眼鏡の中年男性で、富水くんと似て人当たりは良く、私が話したかった彼とも何度か言葉を交わしていた。
「いいんですか、私なんかに」
「いいよいいよ。俊くんがすごい子がいるって言ってて、ずっと気になってたんだ」
「どうかな、金沢さん」
絶対に、行くべきではない。
「あの、私――」
「いや実はね、一つ仕事の話もしたいと思っててさ」
私が断ろうとしたタイミングで、中野さんが声を重ねてくる。
「金沢さん、せっかくだし話だけでもどうかな?」
もし、これが本当に仕事に繋がる話だったら。
仕事を取るのは簡単ではない。
私のような新人は猶更だ。
場数を積まなければ、本当の意味で演技は上達しない。
すごい演技を見せつけられてしまっていたが故に、私の気持ちは早っていた。
駅までの道のりは、人通りも多い。
最悪の事態でも、何とかなる。
「――分かりました」
私はゆっくりと、二人の提案に頷いた。
※※※
打ち上げ場所の最寄り駅について三十後、金沢先輩から終わったと連絡が入った。
だが、打ち上げを行った店には来なくていいらしい。
「どうしてだ……」
一応、理由を聞いてみると、現場の関係者と一緒に駅までは行くことになったからで、富水俊もその場に一緒にいるらしい。
「どう考えても、怪しいだろう」
嫌な予感しかしない。
ただ、仕事の話もするから俺を同行させることはできないと言われれば、素直に俺は従うほかない。とはいえ――
「何もしないなんてことは、ないよな」
りりあからの忠告もある。
本当に何事もなければ、それならそれでいい。
だが、常に最悪の事態は想定して動くべきだろう。
俺は今の状況で考えられる最悪の事態を考え、その足で駅近郊にあるわりに、人通りの少ない通りへと足を向けた。




