第21話
先週と違って今日は何もないため、普段通り昼まで眠っていた俺は、眠気が抜けない身体をリビングのソファーに預ける。
今頃、金沢先輩は撮影中か。
撮影は午後からだと聞いていたから、ちょうど始まったくらいだろうか。
そういえば、今日はスマホをまだ見ていなかったな。
今までは特に見なくても良かったのだが、金沢先輩と疑似交際を始めてからはこまめに確認している。
見ないとけっこう怒るんだよな女子って……と、クラスの彼女持ちの言葉をそのまま借りさせてもらう。
案の定、スマホのメッセージアプリを確認すると金沢先輩からメッセージが来ていた。
「これは……っ」
嫌な予感が、当たってしまった。
金沢真佳:富水くんが来てる
メッセージはただの一言。
送信された時間は一時間前。
呑気に寝ている場合ではなかった。
三島見心:大丈夫ですか?
既読はつかない。どうやら、撮影は始まっていると考えてよさそうだ。
どうする……?
残念ながら、考えてみたところで今の俺にできることなんてない。
「愚弟――おい愚弟!」
突然ソファーの背もたれた蹴られ、姉貴に呼ばれていることに気づいた。
「何だよ」
「あん、そっちの態度こそ何だよ」
しまった。焦っていたせいで、つい態度がでかくなってしまった。
どんな窮地に立たされていようと、姉貴への対応を誤ってはいけない。
「何でございましょうか」
「あのクソ女が、あんたに電話したいって」
クソ女というと、りりあのことだ。
というか、珍しいな。いや、あり得ないといった方がいいか。
「どうして姉貴がそんなことを?」
あの姉貴が、りりあからの伝言を俺に伝えるなど、普通にあり得ない。
伝言というは、言い方を変えれば使い走りだ。
「富水俊」
「――っ」
「その様子だと、心当たりがあるみたいね」
「まあ、な」
どうしてりりあが、富水俊を知っているんだ。
状況に理解が追い付かない。
「分かった。とりあえず、電話してみるよ」
「誰だか知らないけど、そいつと金沢真佳に関する話があるらしいわよ。じゃあ」
姉貴はそれだけ伝えると、自分の部屋に戻ってしまう。
それから俺は、家の電話を使ってりりあの家に発信する。
『もしもし、見心?』
コール一回でりりあが出た。
電話の前で貼っていたとしか思えない。
「見心の方からかけてくれるなんて、嬉しいな~」
「そんなことより、どうして富水俊のことをりりあが知っているんだ?」
「え~、いきなり本題なの?」
からかうような調子のりりあに、俺は見えないと分かっていても頭をその場で下げる。
「頼む、教えてくれ」
「――」
少しの沈黙の後、仕方ないな~と言って、りりあは続けた。
「今日の撮影で、何かするんだって」
「何かって、何を――」
「そこまでは知らな~い」
「――っ」
「ちょっと、そんな怒らないでよ~」
思わず出てしまった舌打ちに、りりあがおどけた振りをしてみせる。
いけない、冷静になるんだ。
「りりあ、富水俊とはどういう関係なんだ?」
「ん~、まあちょっとした知り合いくらいかな」
「つまり、連絡先は知っているのか?」
「知ってるけど」
「だったら、何をするつもりなのか聞いてくれないか?」
「それは嫌だな。ていうか、私が連絡したところで今は無視されると思うよ?」
確かにりりあの言う通り、連絡しても返事は返ってこない可能性が高い。
富水俊のことだから、今頃は金沢先輩に張り付いていることだろう。
「念のため聞いておくけど、他に用事は?」
「ないよ。あっ、見心が良かったらまだ一緒にお話し――」
「分かった。富水俊について何か分かったら姉貴経由でまた連絡して欲しい」
「えっ、ちょっと見心――」
これ以上の通話は、いつものような無駄話に繋がるのは明白だ。
りりあの制止を無視して、俺は一方的に通話を切る。
「とりあえず、撮影場所に行くか」
さっき送ったメッセージに追加して、撮影場所について尋ねる。
今からでも現場近くに行けば、帰りは一緒にいられる。
いくら富水俊でも、俺が近くにいる時に何かをすることはないだろう。
金沢先輩から返事が返ってきたのは、メッセージを送ってから二時間後のことだった。
金沢真佳:今から少し話せる
OKを返すと、すぐに電話がかかってきた。
「金沢先輩、大丈夫ですか?」
「ええ、今のところは。撮影も無事に終わったわ」
「そうですか、良かったです」
「メッセージで言っていた見送りの件だけど、この後打ち上げがあるから、それが終わるころにお願いできるかしら」
「分かりました」
「ありがとう。あとで住所を送っておくわね」
打ち上げの店への移動があるらしく、金沢先輩との通話はすぐに終わった。
とりあえず、まずは金沢先輩が無事に撮影を終えたことにホッとする。
ストーカー擬きのせいで、今までの練習が台無しになったら大変だ。
だが、安心はできない。
りりあが言っていたことが、まだ引っ掛かる。
このまま、事が終わってくれるとは思えない。
金沢先輩から送られてきた打ち上げの場所への返信として、りりあの件も伝えた。
そういえば……。
ようやく少し気持ちがお付いところで、俺はある疑問を覚えた。
どうして、りりあは俺に富水俊のことを教えてくれたんだ。
正直、りりあにとってメリットはないように思える。
むしろ、りりあとしては富水俊に協力して、俺から金沢先輩を引き離す方がいいはずだ。
「まあ、考えても仕方ないか」
りりあの不可解な行動は今に始まったことではない。
深く考えればドツボにはまってしまうだけだ。
早い到着になってしまうだろうが、万が一のことを考えて、準備を終えるとすぐに俺は家を出るのだった。




