第19話
翌日の月曜日。世のサラリーマンを筆頭に、一週間の始まりを憂鬱に感じる者が多い中、俺もまた同じように気持ちを曇らせていた。
「今週、やって行けるかな」
俺にとって休日は、翌週を乗り切るための充電期間としての意味が強い。
それが、昨日一昨日はどうだったか。
土曜日。撮影現場で男避けを務め、憧れの牛久先輩とお話した。
前者で疲労は溜まったが、牛久先輩との会話で完全に疲れが吹っ飛んだ。
日曜日。金沢先輩に焼き肉をご馳走になり、家に帰って姉貴にボコられた。
前者で英気は養ったが、後者で土曜日のプラスを含め完全にマイナスになった。
金沢先輩と疑似交際するという条件で、基本的に姉貴は俺に暴力を振るうことはできない。
ただ、それは俺が何もしていない場合に限る。俺に少しでも非があるのなら、約束の例外となってしまう。
「ああ、もう一日休みたい」
最近、姉の暴力にさらされていなかったせいか、耐性が完全になくなってしまっていた。おかげで、身体中が痛い。
しかし、学校を休むという選択肢はない。
ズル休みをすると、父親が口を出してくる。
警察官という職業柄、サボりは許せないらしい。
俺としても、家庭内の唯一の見方と言っても過言ではない人まで、敵に回すわけにはいかない。
仕方なく制服に着替え、家を出る。
「今日はどっちから出ようかな」
どんなに疲れていても、りりあへの警戒は怠らない。
ごめん、やっぱり嘘。
「エレベーター使おうっと」
俺の直感は階段を使って裏口から出ろと言っていたが、無視した。
階段を使う気力がない。
りりあに絡まれたら、疲れたで押し通す。
最悪、姉貴のせいにする。
それなら、普通に何とかなりそうだ。
思考停止に等しい状態でエレベーターに乗り込み、エントランスに出る。
結論からいうと、りりあはいなかった。しかし――
「何であの人が……」
なぜか、エントランスから外へ通じる自動ドアの向こうに、俊くん、じゃなかった、金沢先輩の要警戒人物である富水俊がいた。
嫌な予感がするな……。
この状況で思考停止を貫くわけにもいかず、もう一度エレベーターに乗り込み、裏口ルートを目指そうとする。
しかし、ちょうどエレベーターは上へと上がってしまい、待ちぼうけを食らう状態に。
そして、富水俊と目があった。
笑顔で俺に手を振って来る。
一言も話したことないのに。
あえて何も見なかった風を装って、エントランスを出る。
てっきり、すぐに声をかけてくると思ったが、笑顔を向けてくるだけ。
これはあれか、俺から話しかけろと言っているのか。
わざわざ、俺から話しかける意味がわからない。
これはワンチャン、そのままスルーできるのでは?
声をかけず、黙っていつも通学路を進もうとする。そして――
「少し、いいかな」
「――」
「君だよ、ガタイの良い君」
「――」
「無視は良くないと思うよ」
何も聞こえないふりをしていると、制服の袖を掴まれた。
「誰ですか、あなた」
あえて、知らない振りをする。
人違いで通せれば、それに越したことはない。
「さすがにそれはないんじゃないかな」
まあ、無理ですよね。
「それで、何の用ですか」
「これについて、教えて欲しいな」
そう言って富水俊は、スマホの画面を見せてくる。
画面には、金沢先輩とのツーショット。
姉貴を激怒させた写真と同じものだ。
俺との関係性をアピールするために、送りつけたといったところだろうか。
有効な手段だとは思うが、事前に一言くらい欲しかった。
こういう細かい報連相がないところは、金沢先輩の欠点だ。
さて、どう答えたものかな。
「見ての通り、ですけど」
「それじゃわからないな」
「俺と金沢先輩は付き合っているんです」
「どうして?」
りりあがよく俺に向けるものと同じ、光のない瞳が向けられる。
もしかしてこれ、束縛系男子ってやつ。需要ないだろ。
「普通に告白されたからです」
「彼女が君に?」
どうして自分ではなく、俺なんかに。
そんな含みを感じる。
何だか少し、ムカついてきたな。
「もしかして富水さん、金沢先輩のことが好きなんですか?」
「――」
今、聞くことじゃないだろ。
そんな冷たい視線が向けられる。
彼は基本的に、何事も自分の思い通りに進めたいタイプなのだろう。
容姿も優れているし、昔からチヤホヤされ続けた弊害といったところか。
何というか、アレだな……美男子も本質的には美少女と変わらない。
つまり、美男子は美男子で俺に災難を運んでくる。
「結局、俺に何が言いたいんですか?」
一秒でも早くこの会話を終わらせたい俺は、単刀直入に問う。
だが、すぐには答えは返ってこない。
「あまり調子に乗るな、そんなところですか?」
「さあ、どうだろうね」
すぐに答えが返ってくるあたり、当たっているのだろう。
言質だけは取られたくないので、雰囲気だけで俺に悟らせたかったとみた。
本当に面倒くさい人だ。
何となく、金沢先輩が彼のことを嫌っている理由がわかった。
「特にこれ以上、話すこともないですよね」
目的もわかったことだし、これ以上、会話を続ける意味もないだろう。
俺は彼に背中を向けると、そのまま歩き出す。
今度は、袖を掴まれるようなことはなかった。
これは、本格的に面倒なことになってきたな。
とりあえず、彼についても金沢先輩によく聞いておこう。
※※※
は、何なの、あいつ。
私、仙川りりあは、エントランス出てすぐの物陰から、見心と話す美男子を見ながら舌打ちを漏らす。
外に見慣れない男がいるので、念のため待ち伏せするのはやめ、登校中を狙うことにしたのだが、まさか見心を待っていたとは思わなかった。
私と見心の時間を奪ったことの罪は大きい。ただ――
あの男、金沢真佳が好きなのね。
これは使えるかもしれない。
「あの、少しいいですか?」
「おや、何だい?」
見心の背中に冷たい視線を送っていた相手に、私が声をかけると、彼は表情を一変させ、爽やか風の笑顔を向けてきた。
さて、使い物になるかしら。




