火車の噺
東京を江戸と申した時分のお話。
とある寺で、葬儀の最中に起こった物語である。
ある年の事。近在の村の肝煎りの家で不幸があった。その土地では中々名の通った名士であったので、家は勿論のこと近所の村人や百姓たちもこぞって協力し合い、立派な葬儀を出す事になった。
葬儀の日。
風はなかったが曇り空のどんよりとした暗さがあり、遺族も弔問客たちも葬儀の雰囲気も相まって陰鬱な気持ちに包まれていた。
やがて寺での法要が終わり、棺桶を墓場まで担いでいく段になった。力のある若い衆が何人もいたので、棺を運ぶことは容易かった。
だが、その道中で事件は起きた。
ただでさえ暗い雲が、さらに黒々と渦を巻くと稲妻が届いた。葬儀に参列していた一同は一体何事かと固唾を飲んで見守っていた。すると、その雲の中から炎を纏った鬼と猫を混ぜた様な恐ろしい妖怪が現れたのである。
その妖怪は空を自在に飛行して、皆を一度驚かした。そしてその隙をついて肝煎りの亡骸の入った棺桶を奪おうとした。怯んでいた衆も、棺桶を持って行かれてはたまらないと、一人また一人と宙に浮かびつつある棺桶にしがみ付いていき、辛うじて攫われるのを防いでいた。
このせめぎ合いはしばらく続いた。その内に、その化け物が一旦手を離してしまったので、しがみ付いていた連中は体を崩し、皆が地面へと転がってしまった。
化け物はここぞとばかりに、棺桶に近づいた。
ところが、その騒動で棺桶の蓋がズレており、中にあった亡骸の足がだらしなく外に出ていたのである。その様子を見た化け物は、何故だかギャッと悲鳴を上げると、瞬く間に天上の雲の中へと逃げ失せてしまった。
それからは曇天の空も嘘のように晴れ渡り、青い空が顔を覗かせるようになった。
◇
しばらくは本心状態だった一同も、ぼちぼち気を取り直してきた。そして誰かが、寺の和尚様に化け物の事を聞いたのだった。
「あれは『火車』というて、さっきのように人の死体を持ち去る妖怪じゃ。今日の葬儀は人手が多かったから辛うじて無事じゃったが、並の葬儀だったならば無惨なことになっていただろうのう」
和尚様の言葉に面々は今一度、胸をなで下ろしたのだった。
「それにしても和尚様。その火車というのは、何故あの時になって悲鳴をあげて逃げ出したのでしょう?」
「ふむ。それはきっとご遺体の足が棺桶からはみ出してしまったからだろう?」
「それが一体どうしました?」
「火車は『火の車』と書いてそう読む。何よりも『足が出る』のが嫌なのじゃ」
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