すねこすりの噺
東京を江戸と申した時分のお話。
江戸の外れに住む百姓の倅に、部位郎という七歳になる悪戯小僧がいた。部位郎は老若男女構わず、とにかく人を転ばせて遊ぶことが何よりも好きで両親も手を焼いていた。
ある日の事。
いつものように遊びに出掛けると、早速人を蹴躓かせるための支度を思案し始めた。部位郎にはお気に入りの場所があった。そこは坂道で、ただでさえ足を取られやすいのに、地面がぼこぼこしていて尚更ひどい道だった。しかも脇には誂えたかのような茂みがあり、紐を仕掛けたり、穴を掘ったりした後には上手く身を隠せるのだ。
やがて坂に辿り着く。今日は草結びでもって行き交う人を転ばせようと画策していた。部位郎は早速、草結びで罠を作ろうとした。だが、不意に足に何かが当たり、まず先に自分が転んでしまった。
一体何に躓いたのかと、辺りを見た。しかし、別段足を取られるようなものは何も見つからなかった。小首を傾げながらも、部位郎は立ち上がり再び足を踏み出した。するとどういう訳か、また何もないのに転んでしまったのだ。
だが、今度は違った。明らかに自分の足に何かが当たった感触があった。丸っぽく、毛が生えているかのようにふわふわとした感触だった。きっと動物だろうとは思ったが、やはり辺りには何もいない。
けれども、何やら気配だけは感じることが出来た。じっと、気配のする箇所を見つめていると初めはぼんやりと、そしてやがてははっきりと何かが見えてきたのである。
犬のような、それでいて猫のような見たこともない獣がいたのである。更に驚いたことに、その珍獣は部位郎と目が合うと口をきいたのだ。
「人間のクセに、オイラが見えるのかい?」
「うん、見える。オレは部位郎ってんだ。お前は?」
「オイラは『すねこすり』って呼ばれている」
◇
聞けばすねこすりは、文字通り人間の足元や脛にすり寄っては歩くのを妨害し、人を転ばせるためにいる妖怪なのだと言う。先ほどの部位郎がそうだったように、特に何も躓く原因がない場所で人が躓くのは、このすねこすりのせいなのだそうな。
そう聞いた部位郎は、自分の話も聞かせた。すねこすりと部位郎は、人を転ばせるという生き甲斐で、すっかり意気投合したのである。
それからは互いに考えを巡らせて、色々な人を転ばせて遊んでいた。妖怪である分、すねこすりの方が一枚も二枚も上手であった。そうしているうちに、部位郎達は村の全員を転ばせるという勝手な目標を作っていた。
◇
ところ構わず村人を転ばせていき、いよいよ最後に村はずれに一人で住んでいる爺さんを残すのみとなった。
部位郎は紐や穴を駆使して爺さんを転ばそうとしたのだが、うまい具合に躱されて一向に上手くいかない。そこで最後の手段としてすねこすりに全てを任せたのだった。
すねこすりは、慣れた足取りで爺さんに近づく。だが、いざ脛にすり寄ろうとすると、またしてもうまい足さばきでそれを躱される。意地になって何度も何度も転ばせようとするのだが、まるでかすりもしなかった。
そうしているうちに、あべこべに爺さんの方に足を払われると、すねこすりの方がひっくり返ってしまったのである。
爺さんは笑いながら、
「人を転ばせると、怪我をして危ない。悪戯もほどほどにしておくんじゃな」
と言って去っていった。
残された部位郎とすねこすりは顔を見合わせた。呆気に取られていたが、すぐにお互いに笑いあった。
「すごい爺様だったね」
「全くだ。すねこすりのオイラと言えども、あの爺さんの足元にも寄れねえや」
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