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六喰の鍵師  作者: 長月 こたつ
ギルド編
40/63

40.二つ名持ち

「では、これにて本日の会議を終了致します」


 光帝により、長かった会議は締め括られた。

 周囲では各々近くの者と雑談に耽る中、紅葉は会議室に入ってからずっと気になっていた者に目を向ける。

 大事なはずの会議にも関わらず、一人部屋の隅で転がっている、常闇に。

 白目を剥き、四肢を投げ出した状態の常闇に、果たして何が起こったのかと。


「常闇っちは会議中に居眠りしてたんすよ」


 まるで紅葉の心を読んだかの様な発言と共に、いつの間にか彼は隣に立っていた。

 その瞳は、まるで見定めるかの如く紅葉を見詰めている。

 霞んだ黄金色と黄土色の間位の色をした仮面と外套を着けた、先の紹介で剣王と名乗っていた彼の瞳には、常闇ほど好戦的な意思は宿ってはいない。

 だがその代わり、お前には負けないという挑戦的な色を灯していた。

 紅葉もその視線の意味に気付きはしたが、敢えて指摘するほどの事でもないと無視を決め込む。

 だがそれに対し剣王は、わざとらしく紅葉の爪先から頭の天辺に視線を走らせ、ニヤリと笑う。


「六喰っちも相当やるっすね…………剣とか」


 その発言に、紅葉の瞳に鋭さが籠る。

 しかし、なにも彼は紅葉に態々喧嘩を売りに来たわけではない。

 自らの手を開き、紅葉へと向けた。

 それは降参の意図に思えるしぐさ。だが紅葉の目前に開かれた手には、使い込まれた黒い指貫グローブが嵌めてあった。

 紅葉にもそれが、彼が今まで行ってきた努力を体現したグローブだと分かった。


「だから…剣王か」

「さすが六喰っち、当たりっす!」


 我が意を得たりと言いたげに笑う剣王を見て、紅葉の瞳からも鋭さが消えた。


「けど、良くわかったな?」

「それは剣王の名に恥じないだけの事は出来るっすよ」


 良く言えばフレンドリーな、悪く言えば馴れ馴れしい剣王だが、紅葉は以外とこう言うタイプは嫌いではなかった。


「年も近そうだし、仲良くしてほしいっすね」

「こっちこそ」


 剣王が差し出した手を、紅葉も握り返した。


「ひゅーひゅー、もう仲良さそうね」


 そんな二人を茶化しに来たのは水妖だった。

 面白いものを発見したとばかりに、口許を押さえて笑っている振りをする。


「…………お前な」


 紅葉はじと目を向けるだけだったが、剣王はその名に恥じぬ切り返しを見せた。


「しょうがないっすよ六喰っち。水妖っちはラブがボーイズなお話しが好きなんすよ」


 剣王はやれやれと肩を竦めた。

 その言葉が面白くなかった様で、水妖が不機嫌を顕にした。


「そんなわけないでしょ!」

「そうなんすか?必死過ぎて怪しいっすね」

「それが好きなのは剣王の所の合鍵でしょ!」

「彼女も水妖と同じで否定するっすよ?」


 凄まじい言葉の切り返しを見せる剣王に、仕掛けた水妖の方が押され始める。

 剣王の名は伊達ではない、と紅葉は変な所で痛感した。

 仲のよい?二人のやり取りを見ていた紅葉に、別の場所から声が掛かった。


「六喰、後で私の部屋に来てちょうだい。説明とかあるから」


 司会者台から資料を手に持った光帝が、紅葉へ向かい声を掛けたのだ。

 だが、呼ばれなれていない六喰と言う名に、紅葉は直ぐに反応出来なかった。


「………わかりました」


「あぁ、それと。二つ名持ちは指令系統は私が一番上だけど、上限関係はないから敬語はいらないわよ」


 それだけを言い残し、光帝は扉へと向かったのだが。


「いつまでも寝たフリをしてないで、一緒にいらっしゃい」


 途中で振り返り、底冷えのするような声を部屋の隅へと向け発した。

 その声にじゃれていた剣王と水妖も口をつぐみ、周囲の者も会話が途絶える。


 嫌な静寂に包まれた会議室に、尚も氷河は続く。


「そう…そっちがその気なら、こっちも考えがあるわよ」


 光帝は鍵を取り出し、精霊回路を解錠。

 そして、躊躇することなく精霊魔法を放った。


「光弾」


 容赦という言葉が完全に欠けた数の光弾が、部屋の隅の目標物へと飛来する。

 もはや、常闇には逃げ場はなかった。

 言われた通り直ぐ起きればよかったと後悔しながら、一発も常闇から外れる事なく光弾が降り注いだ。

 声をあげる暇もなくのされた常闇は、身体から煙を立ち上らせていた。


「…精霊回路施錠。まったく、手間取らせんじゃないわよ」


 首根っこを掴まれ、光帝により気絶したまま常闇は連行されていく。

 身動き一つしない常闇はまるで死体のようで、その場にいる者達を更に震え上がらせた。

 光帝の言葉に逆らわなくて良かったと、紅葉はその光景を見ながら安堵していた。

 どこか既視感を抱く光景を紅葉を含め皆が見守る中、光帝振り返った。


「あ、六喰。少し遅くなりそうだから、部屋でゆっくり待っててちょうだい」


 仮面から覗く目が、光の籠らぬ笑みを作っているのを紅葉は見てしまう。

 紅葉もその矛先が思わぬ弾みで自分に向かぬよう、頷くだけに留めた。

 会議室から光帝が出ていき、誰かしらの安堵の溜め息が複数聞こえた。








 ギルドマスター室にて、紅葉と光帝が会議前と同じく向かい合って座る。

 ここには居ない水妖の代わりに、ボロボロの常闇が床に転がっていた。

 常闇を連れた光帝が室内に入室した際、その悲惨な姿を目の当たりにした紅葉は、何が行われたか問うのは憚られた。


「まず、二つ名持ちの規則がこれに書いてあるわ」


 光帝はそう言って取り出したものを、テーブルの上へと置く。それは広辞苑ほどの分厚さの冊子だった。

 紅葉はそれを遠い目で見詰めた。この量を自分が覚えられるはずがないと、要らぬ確信をしていた。

 そして、光帝もそれは了承済みである。


「書いてあるだけで、全部覚えろなんて言わないわよ。良く考えなさい。そこに転がってる馬鹿がこれを覚えられると思う?」


 指を差された常闇を見て、紅葉も納得してしまう。

 確かに常闇にこの量を覚え込ませるのは、骨が折れるでだろうと。


「そこで、絶対に守って貰うことは八つ」


 光帝が指折りそれを挙げていく。


 ─ギルドの不利益になることは慎む。

 ─仮面の下は公に明かさない。

 ─任意で明かす場合は、自己で責任を負い始末は己でつける。

 ─二つ名持ちの私闘を禁ずる。

 ─ 依頼、任務で死ぬことは許されない。

 ─二つ名持ちは仲間であり、監視者である。

 ─本部の決定には従う。

 ─二つ名持ちに恥じぬ行動を。


「まぁ、これくらいかしら?」

「…………死ぬことは許されないって」

「それは心構えみたいなものよ。死んだら罰する事も出来ないわ」

「監視者ってのは?」

「二つ名持ちはそれだけで凄まじい戦闘力を保持してるでしょ?誰かが暴発しないように、互いに注意しあうことよ」


 紅葉はいったん、聞いたことをきちんと理解するため会話を止めた。光帝もそれに添い、紅葉が口を開くのを待つ。


「任意で明かすってのは、どこからどこまで?」

「そうね、自分で処理できる範囲ね。簡単に言うと、仮面の下がばれて、ギルドに不利益が生じそうな場合にその人物を殺せれば問題ないわよ」

「…なるほど」

「まぁ、私みたいに殆ど公然の秘密みたいな事は例外よ」

「公然の秘密?」

「私って貴族でしょ?」

「……え!?」


 驚く紅葉に、逆にリアスが首を傾げた。


「あら?私の顔、見たことないの?ほら?」


 リアスは当たり前の様に仮面を取り素顔を見せるが、紅葉が知るはずもなく首を横に振る。


「……どんな田舎から出てきたのよ」


 リアスの訝しむ目が、紅葉へと向けられる。

 スーっと紅葉は視線から逃れるように横を向く。


「プラーミア家は?」


 それにも反応のない紅葉に、リアスは妙な頭痛を覚え、こめかみを押さえて顔をしかめた。

 異世界から来た紅葉に、この世界の常識が通じるはずが無かった。ましてや人族の生活圏に出てきて数ヵ月。ここまで馴染んでいることこそが驚くべき事だろう。

 しかし、それを知らないリアスは苦言を漏らす。


「とんだ田舎者だわ…それもびっくりするくらい」

「…………」


 紅葉も異世界から来たなど、おいそれと言える訳もなく無言を貫くしかった。


「まぁいいわ。他に聞きたい事は有るかしら?」


 折角うやむやになりそうな話しを、紅葉も態々掘り返したくはない。


「いや、たぶん……大丈夫」

「なら最後にこれを渡してお仕舞いね。手、出しなさい」


 リアスが出した手の下に、紅葉も手を広げる。

 その手に落とされた物を、紅葉は見たことがあった、と言うか現在も身に付けていた。


「二つ名持ちのギルド証よ」


 鍵を模したピアス、そこまでは紅葉が着けているものと同じだ。

 ただ、それは黒い色をしている。


「ギルド証が二つになるんだけど?」

「それはそうよ。二つ名持ちは匿名なのよ?今、持ってるギルド証を更新する訳にはいかないわよ」

「あ、そうか。これは返せばいいのか?」

「持ってていいわよ」


 返されても困ると、リアスは苦笑いを浮かべる。


「ギルド証も渡したし、話しはこれで終わりよ」

「そういえば」


 紅葉は思い付いた事をそのまま口にした。


「二つ名持ちってギルドを持たなくていいのか?」

「持ちたいなら持てるわよ?」

「いや、やりたくない」


 紅葉は変に間を開けず、即答した。

 二つ名持ちと、紅葉は望んでもいない地位を半ば強制的に拝命させられ、その上事務処理にまで駆り出されては堪ったものではない。


「残念」


 大袈裟に肩を落としているが、リアスのその姿はまったく残念そうには見えなかった。

 紅葉は面倒臭そうに眉を顰め、嫌そうな顔を仮面の下で行う。

 目しか見えないので、紅葉の表情を完全には読み取れるはずはないのに、リアスはクスクスと笑っていた。

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