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死に続ける者、物語に喰われる  作者: Y.M


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第4話 溶ける境界

第4話 溶ける境界

白い広間は、もはや血と闇の色を帯び始めていた。

佐藤悠真は床に倒れたまま、指一本動かせなかった。体は無傷のはずなのに、全身の神経が焼けつくような痛みを記憶していた。死の残響が、波のように繰り返し襲ってくる。

ナラは彼のすぐ傍に立っていた。ワイングラスなどなく、今はただ冷たい視線を注いでいる。彼女の表情には、わずかな興奮すら浮かんでいた。

「蓄積率97%。佐藤悠真……いや、もう『悠真』と呼んでいいのかしら? 自我の境界がかなり曖昧になってきてるみたいね。神々は大満足よ。『この子は長く持つ』って、久しぶりに賭けが盛り上がってるわ」

悠真——あるいは、悠真だったもの——はゆっくりと上体を起こした。視界の端で、自分の手が一瞬、別の形に歪む幻覚が見えた。爪が伸び、皮膚が黒く変色する。

「……俺は、誰だ?」

声は掠れ、他人事のように響いた。頭の中では、無数の「自分」が叫んでいる。村を焼いた自分、リアを殺した自分、クローンを食った自分、そして食われた自分。記憶が混じり合い、どれが「本物」なのか判別がつかない。

ナラは肩をすくめた。

「それが無限物語の真髄よ。主人公など最初から一人じゃない。無限の可能性が、同時に走り、競い、喰い合い、最後に一番『面白い』一個が残る——それがルール。あなたは今、その過程の真っ只中。壊れかけた17万1人目の欠片よ」

彼女が指を鳴らすと、ウィンドウが赤黒く輝いた。

【死の記憶蓄積率:97%】

【精神汚染:重度。自己同一性崩壊進行中】

【警告:次回の死により、『主人公』としての資格剥奪の可能性あり。怪物化ルートへ移行】

「次の舞台は特別よ。あなたが一番恐れていた『終わり』に近い場所。……存分に味わいなさい」

激痛が魂を貫き、悠真の意識は再び引き裂かれた。


目覚めた場所は、崩壊した王都の中央広場だった。

空は灰色に覆われ、雨は血のように赤い。地面には無数の骸が積み重なり、その多くが人間のものではなく、歪んだ「悠真」の姿をしていた。

彼は立ち上がり、自分の体を見下ろした。レベルはまだ1。だがスキルウィンドウに、新たな項目が増えていた。

【無限物語:狂気分岐進行中】

【獲得スキル:他者記憶吸収(弱)】

周囲から、足音と呻き声が近づいてくる。

現れたのは、複数の「自分」だった。

一人はドラゴンの鱗を生やし、目は完全に狂気。

もう一人はリアを抱きかかえ——いや、彼女の死体を盾のように持っていた。

さらに別の自分は、村人たちの腐った肉を喰らいながら這い寄ってくる。

「ようこそ、また俺」

「お前が最後か?」

「全部お前のせいだ。物語を続けたいと願ったのはお前だろ?」

彼らは同時に襲いかかってきた。

悠真は抵抗した。木の棒などなく、素手で。爪を立て、歯を剥き、血を啜る。

痛みはもはや快楽に近かった。死の記憶が彼を駆り立てる。

「俺は……主人公だ……!」

一人のクローンを押し倒し、首を絞めながら叫ぶ。だがその瞬間、相手の記憶が流れ込んできた。

無限の死。無限の裏切り。神々が見下ろす嘲笑。

そして——ナラが本当は「管理補佐」などではなく、この世界の退屈を食らう「捕食者」であること。

「うああああっ!」

悠真はクローンの頭を地面に叩きつけ、砕いた。血と脳漿が飛び散る。

別の自分が背後からナイフを突き刺す。痛みが爆発し、臓器が掻き回される感触。

リアの死体を抱いた自分が、静かに囁く。

「もういいよ。終わりにしよう。俺たちはみんな、玩具だったんだ」

視界が赤く染まる。

自分が複数の「自分」を殺し、食い、吸収していく。

境界が溶ける。

佐藤悠真という人格が、黒い泥のように崩れ、混ざり合う。

最後の瞬間、彼は空を見上げた。

灰色の雲の向こうに、巨大な目が無数に浮かんでいる気がした。神々——あるいはこの世界そのもの——が、愉しげに観察している。

「はは……はははははっ!」

笑い声が、喉からではなく、世界全体から響くように聞こえた。

死。


白い広間は、もはや真っ暗だった。

血の海の中で、悠真は仰向けに浮かんでいた。

ナラがその上に跨がるようにしゃがみ、冷たい指で彼の額に触れる。

「蓄積率100%。おめでとう、佐藤悠真。あなたは『主人公』の座を失ったわ。次からは、怪物として物語を彩る側ね。神々は大喜び。『ようやく新しい玩具ができた』って」

悠真の口から、別の声が漏れた。

「……俺は、誰?」

ナラは優しく——残酷なまでに優しく——微笑んだ。

「もう、誰でもないわ。ただの『次の展開』。さあ、起きなさい。あなたの骸を踏み越えて、物語は続く。永遠に」

光が爆発した。

だが今度の痛みは、死ではなく「変容」の痛みだった。

人間だったものが、ゆっくりと闇に飲み込まれていく。

無限物語は、容赦なく次のページをめくる。

そこに救いなど、最初から存在しなかった。

(第4話 終わり)

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