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死に続ける者、物語に喰われる  作者: Y.M


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第5話 怪物という名の続き

白い広間はもはや原型を留めていなかった。

壁は黒く腐食し、天井からは赤黒い液体が滴り落ち、床は無数の骸——おそらくこれまでの「悠真」の残骸——が埋め尽くしている。

佐藤悠真……だったものは、その中心にうずくまっていた。

体は人間の形を半ば失い、左腕は黒い鱗に覆われ、指先は鋭い爪に変わっている。右目は血走り、左目は虚ろに白濁していた。

ナラは彼の前に立っていた。彼女の表情はもはや冷笑ではなく、満足げな飢えの笑みだった。

「蓄積率100%超え。ようこそ、怪物ゾーンへ。佐藤悠真という『主人公』は死んだわ。あなたは今、無限物語の『脅威』として機能する。神々は大興奮よ。『ようやく17万1人目が役に立った』って」

悠真の口から、複数の声が重なって漏れた。

「……俺は……まだ……ここに……いる……」

ナラは笑い声を上げた。低く、愉悦に満ちた声。

「いるわよ。でももう、あなたじゃない。無数の死と記憶が混ざり合った、ただの『物語の歯車』。次の舞台では、あなたが他の転移者たちを狩る側よ。自分の過去を、希望を、踏み潰す側にね」

指が鳴らされた。激しい変容の痛みが、残った人間性を引き裂いた。


目覚めた場所は、巨大な闘技場のような廃墟だった。

空は永遠の夜。観客席には無数の影——神々か、死んだ転移者たちの亡霊か——が並び、嘲笑のざわめきが響く。

体は完全に怪物化していた。身長は三メートル近く、背中に歪んだ翼の残骸が生え、口からは鋭い牙が覗く。

【無限物語:怪物分岐確定】

【獲得スキル:記憶喰らい / 絶望拡散(強)】

【警告:人間性残滓 3%】

周囲から、複数の気配が近づいてきた。

新たな転移者たちだった。まだ希望を失っていない、目が輝く者たち。

一人は剣を構えた青年。もう一人は魔法の杖を持つ少女。

彼らは悠真を見て、勇ましく叫んだ。

「魔物だ! 倒せば村を救える!」

悠真の——怪物となった残骸の——体が、勝手に動いた。

爪が青年の胸を貫き、心臓を抉り出す。血の味が、甘く舌に広がった。

同時に、青年の記憶が流れ込んできた。

平凡な高校生だった彼が、チートスキルで希望を抱き、仲間を集め、魔王を倒す夢を見ていた記憶。

それを、悠真は貪り食った。

「う……ぐあああっ!」

少女が魔法を放つ。炎が怪物化した体を焼く。痛みは激しいが、もはや快楽に近い。

悠真は少女に飛びかかり、牙で喉を噛みちぎった。

彼女の最後の記憶——家族の顔、転移前の温かな日常——が、魂の奥底で砕け散る。

観客席の影たちが拍手喝采を送る。

ナラの声が、直接頭に響いた。

『素晴らしい。あなたの絶望が、他の希望を汚染していく。もっと、もっと深く壊しなさい』

だがその時、怪物となった悠真の奥底から、微かな人間性の残滓が叫んだ。

「……やめろ……俺は……こんな……」

一瞬の隙。

新たな転移者——銀髪の少女、リアに似た誰か——が、聖剣を振り上げて突き刺してきた。

刃が胸を貫き、黒い血が噴き出す。

痛みと共に、過去の無限の死がフラッシュバックした。

自分が人間だった頃の、ただの社畜だった頃の、平凡な日常。

それが、すべて幻だったかのように感じる。

怪物は咆哮を上げ、少女を叩き潰した。

骨の砕ける音、肉の裂ける感触。

血と絶望が、闘技場を満たす。

「はは……ははははは……」

笑い声が、世界を震わせた。

自分を笑うのか、世界を笑うのか、もうわからない。

人間だった悠真の最後の欠片が、静かに消えていく。

死——ではなく、完全なる怪物への同化。


再び、白い(もはや黒い)広間。

ナラは怪物となった悠真の巨体を、優しく撫でていた。

「人間性残滓 0.8%。もうほとんどいないわね。次は、あなたが『主人公』を狩る側。17万2人目、17万3人目を、希望ごと食らい尽くしなさい。物語は永遠に続く。退屈は決して許されない」

怪物は、低い唸り声を上げた。

その声には、佐藤悠真という名前の残響が、かすかに混じっていた。

「もっと……暗く……」

ナラは微笑んだ。

「ええ、そうね。あなたの望み通り、もっと深く、もっと残酷に。神々も、あなたも、世界も、すべてが玩具。さあ、次のページを」

光が爆発し、怪物は新たな闇の舞台へ放り込まれた。

無限の死と絶望は、そこでさらに膨張し、すべてを飲み込んでいく。

希望など、最初から存在しなかった。

ただ、物語が続くための、永遠の苦痛だけがある。

(第5話 終わり)

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