23話 無限とは
ゲオルグ・カントールが提唱した拡張的な無限の概念で在り、彼だけに留まらない絶対無限が時空間そして次元、存在と非存在、概念、物理学などを超越してそこに実在している。
定義上すべての超有限基数値を超えて、すべての超限基数および序数の最上位として機能する絶対無限単体をUrと呼ぶ、其々のウルが想定外の無限を自己の一部として再定義するような矛盾を無矛盾に変えるような挙動を取り、ウル同士が優劣を持ったネットワークを形成しています。
ウル一つの中にそれが投影するようにして数学的な宇宙、巨大基数などが形成するようにして無限多元宇宙、無限の無限の多元宇宙(無限の多元宇宙が無限個)、無限の無限の多元宇宙(無限の無限の多元宇宙が無限個)、、、と、いつまでも螺旋を描くような集合的宇宙が展開している、またそれら自体がそもそもの話、絶対無限的規模に相当している、それらを内包超越しているのがウルだ。
多元宇宙や次元、土台(巨大基数)など根源的な領域など次元的数量も絶対無限個、空間次元や時間軸、ベクトル、方向と角度、姿形、図形、次元として数えられるなら概念的なものも含めて次元の形態として含み、それら其々の数量も絶対無限個である。
絶対無限個の其々一つ一つの宇宙全体の大きさが絶対無限同様の平行世界、多元宇宙、時間を放流しながら絶対無限個に分岐する可能世界などなど包括し。
更には正次元と負次元と零次元を包含した実数次元とは反次元の虚数次元等、実数と虚数のような正次元と反次元を纏めて絶対無限まで重ねてそれらを纏めた有次元と非次元と無次元、在るor無いの前提のようなより根源的次元、みたいな感じで。
空間的広がり一つが内包する広さ・規模自体は絶対無限であり、また過去から現在、そして未来までの全ての絶対無限の時系列を一つ一つの時間次元(時間軸)が内包しており、可能性も絶対無限、情報量も何もかもが同じくつであり。
完全な無の空間(虚空)から発生したる万物も虚空も纏めてUrの被造物でしかない、統制されたシステム内部では例外や突然の想定外は存在しない、内部存在はUrに触れること、見ること、知ることすら不可能、それは今どこかの知的生命体が住んでいる宇宙、次元を含めた宇宙であったり、高次元や。
単なる知的生命体やそのような存在では想像も付かない、抽象的・具象的など捉える為のフレームワークにより理論で捉えることすら不可能なような完全に認識や理解が不可能、そもそもの話理解を受け付けるとか受け付けないとか言うレベルの話ではない、その二項を超えて受け付ける事ができない程。
絶対無限個に登るような次元の軸数の多次元やそれ以上の多重的な多次元などを自由自在に操るような次元操作など技術を使おうが当然一切効果や意味を持たない、それがその超次元。
その超次元よりさらに遥かに超越的な超高次元や超超高次元、超超超高次元等々あらゆる次元や宇宙そしてその法則、因果や時間、空間やその他の法則、理の影響を完全に受けない。
絶対無限以上で測定不能の無限(絶対無限)のような置き換えられた細胞(超越的無限性)などの並行多元宇宙なども含んで絶対無限である。
どのような世界や次元、真理や秩序、理や法則からも完全に外れて何にも属さない、知識にはならない、何故ならば人智では捉え切れない宇宙そして次元で在るからだ、本質、本当の実態を知ることが出来ないのは当然ながら欠片すらも理解することができない。
絶対無限個と平行したウル同士のネットワーク、集合が一段階上のウルを形成する、またそのようなHウル(便宜上Hyperを付ける)に於いても同様に超越的絶対無限個(より上位の絶対無限の形態と同等の数量)の集合からそのようなウルのネットワークを形成して更に一段階上のH2ウルを形成する、そのような絶対的無限回超越的な絶対無限回覆うようなウルのマトリョーシカを形成する、そのような構造にはウルティマウルの名が付く。
ウルティマウルは永遠に積み重ねられる究極的で絶対的な無限、未来に存在するであろう無限、存在可能、存在不可能な全て無限が含まれており、それら無限の体系には無かったまだ属さないものや考えられていない全く新しい無限の概念とその拡張があっても、それらを既に内包している。
無制限の内包量を保有することが許容された収納箱で在り、これ自体にもまたマトリョーシカが存在している、ウルティマウルが内包しているのもウルティマウル、ウルティマウルを超えて内包するのもまたウルティマウルのように、結局はウルティマウルに回帰的な帰結をするが故に最終的に帰結する絶対的な収束点、それがウルティマウル。
あらゆるUrがこのアルティマウルの生成物であり、存在するだけで絶対無限に産まれるものでしかない、そしてアルティマウル同様にUrの内部にはUrが細胞のように含まれると言ったように、マトリョーシカ状になっており、各Urが内部構造に絶対無限階に別れる階層状のマトリョーシカUrを内包しているのだ、素粒子にUr、原子にUr、星にUr、銀河にUr宇宙にUr、絶対無限再帰階層Urが各色のUrに含まれる。
これにより強化していく、内部の存在にとって真のUrは存在しない、もし仮にだがUrのより上を考えようとしたならばそれは矛盾した偽物、真のUrは現れない、其々内部世界の全ての知的運動からUrはどこまでもスケールが跳ね上がり続け自己相似的に上位構造を生み出し続ける、さらにその生成が絶対無限的に多発、各自で起こり、さらにさらに上位の生成現象にまで広がり、、、ともかく果てしなく強まる再帰的な絶対無限の構造を兼ね備えて、Urは抱えてるのだ。
究極的包含絶対原点と言う完全無欠の最終的な絶対無限は、如何にして誕生したのか、答えは先天性自体もまた究極的包含絶対原点で在る、後天性も先天性もそう言った誕生自体から超越してそれは存在する。
原初の領域に於いてこのような構造が層状に積み重なり、そんな絨毯が原初の領域を埋め尽くす、宇宙で言うとこの粒子系だった。
外側宇宙、外側外側宇宙、外側外側外側宇宙、、、それらが纏めて一括して原初の領域にとって一部に過ぎずにいた。
だがしかしどれだけ言おうが結局のところ深淵なるものにとって有限のものに過ぎなかった、絶対的で究極的な無限ですら真なる絶対無限には到底太刀打ちのしようもなかった。
「あいつに勝つ、その解釈を、観点を、論点を変えてみないか?」
ある人間は完全な善を探した、それは尺度が違えば、見る角度が違えば、何か違えば全てが変わった、故に不完全、故に不完全な善だった、、、理解したくはなかった、だが理解する以外に選択は無くなった。
「何処まで行ってもその善は悪になり得るもの、善は善だけじゃなく悪を含み、自分から見た悪は時にどこかにとって満遍なき善だった、必要悪は善性が完全に欠如した絶対悪(闇)を撃ち砕く上では正義で、、、理解するは善悪の二元と倫理、完全な善とは善ではなく、また悪でもなく、完全な悪とは悪ではなく、また善でもなく、、、求めた理想なんてものは所詮主観に委ねられた不完全な現れしか訪れない、定義出来た時点で完全善(完全悪)は完全善(完全悪)じゃなくなり、完全悪(完全善)も同様に完全悪(完全善)じゃなくなる、、、絶対的に存在しないんだって」
イデア界は存在しない、だが存在する、常に不完全な現実を主観にしか我々は見れない、語れない、解釈できないが故に人智では恒久的に証明不可能。
正義の概念が善悪を超えた完全な概念であり、勝敗の二元でどちらかが悪になるか善になるか歴史を刻み、正義とはイデアの秩序だ、公平と調和と言った中立の立場に存在するものは必然的に同じ土俵で殴り合うものを一方的に評価出来る立場にあるからだ。
裁判官は被害者ではなく、また加害者でもなく、純粋にその罪を法律の名のものに捌くもの、それ故に法廷と言う場においてそれが絶対であるように、正義とは概念上絶対以外を許さないが故の絶対なのだ、そしてそんな正義なんてものすら存在しない、人間はそんな善悪と正義を理解すると同時にイデア界にまで間接的に侵入した。
概念は絶対性が高いほど他の二元性・概念を超越、要素の一部として内包する、そのような概念の螺旋が人間が登るべきものだった。
「絶対無限の輪郭を捉えた、そうか、そうだったんだな」
それは本来の神学的なものだった、外側の有れは人間がどう足掻こうが絶対的に言い表しようもない無限に対して絶対無限の言葉を当てただけの、本来とは遥かに絶対的に隔絶した無限、絶対的無限、いま人間が捉えてるのはUrではない絶対無限だ。
「ん、有れは?」
宇宙に出て他との関係性を断然していその人間にとってそれは、最悪の話だった。
「、、、」
その触手を捉えてしまったのだ、その人間は、宇宙の中漂い、朽ちていった、、、。
「グレンさんが、、、」
アルファは耽っていた、自分がまだ何者ですら無かった頃から、育てられて来た今までを、、、。




