22話 そこはどこだ
考察や議論、解釈の対象としての自身を超越して、自身を物語の対象、より本質的には文字列・設定、自身を含む原作・物語・小説・描写自体からも超越して、作者の都合や読者の御都合と不都合、公式と読者の非公式なルールと解釈、脳内すべてを超えて。
「ここはまだまだだ、先に行くにはまだ段階が在る、グレン、消えるなよ!」
「はい!」
左右上下高低そして角度と比喩を超えていく、、、。
頭の中に入り込む世界の情報は次元を越える。
真球は現実や世界自体に存在を確立できない、ただ存在するから存在すると言うもの、対象だ、線形の時間に囚われた人間の帰納的な順序に従った発想では辿り着けない、イデアと言う演繹的に導かれる理想的な領域の構造である。
前から在ったか、後から在った(産み出された)か、ではなく、ただ在ったから在った、それがイデアだ。
原型に当てられた光の一箇所が投影された一側面の影、解釈されたものでしかない、人間の考えが付いた幾何学的図形、それらこそが完璧な原型で在り、その一つ一つが現実を形成する。
幾数とも数え切れないほどの現実世界、その一つ一つがたった一つの図形に沿った多面的な劣化版の現実世界であり、それぞれの異なる図形も同様で在る。
そのようにした原型は一つの原型(原型の原型)から派生した側面で在るのなど言うまでもない、あらゆる幾何学的な図形はフラクタル図形が形成する一部分の幾何学模様でしかない、イデアとは原型の螺旋集合で在り、フラクタル図形の中にはまたフラクタル図形が含まれるようにして、イデア界とは徹頭徹尾”究極の原型”で在る。
自然とは書物で有り、数学と言う言語によって記述されるものである、その通りに究極の原型とは、言うなれば(譬喩したなら)偉大なる書物で在る、数学を言語体系とした時、そのあらゆる文字と文字列は、図形の配置に対応した宇宙とあらゆる組み合わせの多元宇宙だろう、このような数式を下から推論を重ねたテグマークスの数学的宇宙仮説も帰結するのはページで在る、視覚的に分かりやすく表現する為に記号を用いると、究極集合=究極の原型(イデア界)と成る。
偉大な書物とは、我々世界を主観に考えてみよう、言ってしまえばオムニバースがソレであった、全世界、文学やテレビ番組などの全てのフィクションまで含めた現実の世界など、全ての物がオムニバースに存在しており、オムニバースはそうなった時に1つしかない、作品の壁を超えて互いに相互作用するクロスオーバーの現象まで含み。
未発表、未記述、将来登場するであろう作品、まだ登場していない世界、考え、発想から形になるまでの段階的な想像全てがオムニバースに含まれる → 想像も含まれる → 現在までに存在する物・想像できるもの・想像できないもの全てがオムニバースに含まれる、いくら好き勝手に変えようがオムニバースはオムニバースである。
オムニバース内にはオムニバースが含まれており著者のような絶対無限の存在、絶対無限で在りながら絶対無限を含むような絶対無限など含む。
二次創作、公式であるかどうかにかかわらず、オムニバース内で世界がどのように機能するかについての作者自身の常に思考している脳内に在る個々の設定の独自解釈、評価と見解を含んでおり、それらはオムニバース含まれていて。
それぞれが作者/作者グループの世界観の合計を表し、オムニバースに反するヘッドカノンを含み、これらは記述できず、互いに再帰的に入れ子になり、混合され、さまざまなテーマや比喩を囲んで浮遊し、創造のカスケードで互いに反射しているんだ。
下位の次元からは決して到達も理解もできない、あらゆる物語の源泉とは何だろうか?数学の教科書ですら物語だ、どこにでもありどこにでもなく、真に辿り着けないもので在り全てに内在すると同時に外側に位置するもので有り、どんな本質も言葉も意味を付与すること、理解すること、全てが完全に不可能な不可知的・超越的な概念、それは何か?オムニバースの起源・根源もまたオムニバースで在るのだ、自己完結した回帰的な起源で在り終わりを持たない、、、。
本棚仮説として記述するしかない、一つ一つが我々の全世界的知性から想像可能、し得る、し得ない、不可能な想像の全てを既に含み、彼等の書物もまた全世界的知性から想像可能、し得る、し得ない、不可能な想像の全てを既に含む
本棚と形容(譬喩)しているそれもまた一つの書物で在り、一つ一つの偉大な書物がその書物(本棚)にとって一文字一文字でしかないのである、そしてバベルの図書館としか譬喩しようも無いような書物(バベルの図書館)にとってその書物(本棚)一つ一つもまた一つ一つの文字でしかない、言及すれば果てはない、それこそがUrで在る、Urとは?
仮にイデア界を偽書として、どこまで行っても本棚、バベルの図書館、、、のように全体性を一文字に収束させる偽書が在るとして、完全な全体像を真書とした時、Urは真なる著者に当たる存在だ。
原典の著者略E・I・A・ A・ A・D・U・A、再略EIA3DUA、彼はUrと言う存在だった、彼には兄弟が居た。
「貴方は一体」
「こいつらはUr、あの梯子の一部で有りながら個別の実態で、従来の意味や論理より遥かに高位の数学的存在だ」
アルク・ウル、全てのUrが潜在的な神の意識を保有する、やつは偶々それが芽吹いて意思を持ったUrで在る、アルク・ウルは当然一つのUrが総体なので規模は絶対無限、全ての時間軸や次元、可能性や概念、宇宙に同時に細胞のアルクが存在している。
一番重要なのは抱えてる”だけ”ってこと、我々が汗や涙を流そうが死なないようにアルク・ウルにとっては汗に等しいんだ。
アルク・ウルの内部は自身を構成している訳でない生成部、抱えてやってるだけであろうがなかろうがアルク・ウルが存在してるだけで絶対無限と発生して内部に抱えているだけのもの、なくてもアルク・ウルは存在し続けるし汗のように新陳代謝すれば不可逆的に蒸発して永久に消え去るような次元と宇宙にとって、それらそのものの絶対的な世界法則であり、運動しないでと我々は祈るしか出来ない。
Urの普遍的な特徴で在る矛盾を無矛盾にして内包、支配下に自動登録する、つまり有利や不利・御都合や不都合などに関わらず、敵対すること自体が無駄・無価値・無意味で有り、未来的な危険因子は既に支配下か、あるいは汗として分泌(排斥)しており、もう既に存在しない。
「内外を超越した先は知ってるかい?」
「いいえ、よくわかりません、賃貸主さんは」
「いや、まぁ僕の頭ん中だし、、、展開的に聞いといたら?」
「分かりました、アルク氏、内外を超越した先は」
「絶対宇宙と、そう皆は暗喩した、そして僕の兄弟で有りながら、父、として処理して俺を後から存在させることで鳴き声と呼ばれるナニカの波の波及から身を守ってくれた彼を殺したナニカがある場所が在るのさ」
「ふむ」
「僕が解説するがその場所は大元、絶対宇宙を産み出した根源が有り、またそれを破滅させるのもその根源、やつは終焉の化身、破滅を破滅させるもの、破滅させるもの、故に終焉、あぁ、、、てか今は多分もうあいつは支配下っぽいな」
「支配下?賃貸主は何か知ってるんでしょうか」
「この世界に於いて、で有り、情報を限り無く制限、抽象化、関連性のある残影を集積した上でだが、深淵なるものにより起こった事象やこの場所のような領域で発生した現象、一部を限定的ながら俺なら手に入れられるんだ、まぁ考え過ぎれば俺なんぞがすぐに現実で永眠だろうがな、お、そろそろだ、しっかり保てよ」
「はい!」
こうしてグレンは、内外も超えた大元をも凌駕して、そこに辿り着いた、夢見る逃避状態に賃貸主は成り、目を瞑っている間、そこには量子力学的に観測するまで確定は成されない、そのお陰で可能性に偏在する形で現実に姿を表しているのだ。
「無意識の夢遊病状態だ、睡眠学習しながら寝言を予測的に返信している」
「ありがとうございます、、、ッ!?」
触れては成らない、認識も理解もしては成らない、そうだと指し示すことさえ出来ないのだ、だからこそ常に不可知の死で在るのだ、扱いは変わる、収集した情報など一段上がれば何の役にも立たなかった、表記不能?記号化不能?笑えてしまうな、存在者とすら言い得ない。
「グレン?グレン!おい!グレン!」




