19話 神之円卓騎士団
現在進行形で異界に渡っていたアルファ、違和感を感じていた、自身に纏わりつくような視線をキャッチ、そして。
「ふむ、描写の理(御約束)に所属させてくるとはなぁ」
(暗黙的了解)御約束は主人公補正、ギャグ補正、ライバル補正、ヒロイン補正、モブ補正、やられ役補正等々、ありとあらゆる補正やご都合主義展開を支える法則のようなもの。
「だがそんな展開や描写が我に意味が与えられると思うのか」
無理矢理に与えられたメタ的な理を根絶やしにしていく。
「作者だからと言って、俺を操れると思ったか?」
瞬間、彼は概念同士を整理する、逆説的状態の概念同士を入れ替える技能を使った。
逆説的状態の概念とは、例えばの話だが”お互いを内包し合っている状態”これは何方も個として成立する、つまりは二律背反、これが矛盾的概念と呼ばれて表裏一体であるがキャラクターとライターのように、ライターが上位に立つ著者>キャラクターが成立してる状態、これが俗に言う逆説的状態だが今使った技能はその関係性に存在する不等号の向きを変える”変換”と言うメタ技能。
「むぅ!?(なんだ、この状態は!)」
人間が使えるメタ能力とは、人間は外側・高次的の観点を持ち、より深い真理を理解することで今までにない技術を内包するのだ。
漫画の前提を理解、掌握することで、書物に付随している理屈・摂理つまりは世界を構成する絶対的な法則を捻じ曲げて自身の道理(屁理屈)を現実と化してしまう、自身を中枢とした御都合を展開出来る、それが例え自身の良都合(敵の不都合)を全て無くそうが矛盾してようがガン無視に正当化されて成立させられる。
すべての物語的及び架空の可能性、ありそうもないこと全て、描写がなんだの表現がどうだの、御約束がなんだの、世界観が違うだからなんだのを、技量の高さ、技能が解決する。
例なら、ホラーはギャグを内包してしまう、笑えてしまうような絶望として単なる一種と見做せるからだ、だがしかしギャグ的なまでの恐怖を、恐怖をしてしまうほどのギャグに置き換えたりすることが出来るのだ。
だけではない、今までのような従来のあらゆるメタ能力や理屈すら超越して、言語化するまでもなく、直接・間接的に記さずとも、対峙対象に勝てる、それが虚構改竄技能の強みで在り、それが虚構改竄というものだ。
真理の認知、言ってしまうなら第四の壁を知覚することで今までにはない現実と物語にある絶対的な優位性を理解、そして支配権を獲るだけに留まらず基盤から、その物語とは別に新たな物語を創造する、そう言うものも含めて虚構改竄技能と言う、メタ技能分野。
「甘いんだよ、カスが、昔を思い出してくる、吐き気もするような甘ったれた御都合主義思想、偶々力を刻み込まれて、選定された選ばれしものだなんて浮かれていた過去の自分をぶん殴ってやりたいねぇ」
「ッッッ!?」
「作者が消えたからどうした?新たな解釈など、我が許さん、我が我自身を認識すれば良い、万物万象あらゆる全てがそれぞれが独自に挙動する単子であるのだからなぁ」
作者が消えた世界が動く理由、作者の世界にも作者(作者の作者)が居るからだ、万物/被造物を超越した造物主にすら創造主が在るのだから当然メタ的な階層にもそのようなものは在る、そして単子の理解、対象化が永遠に描き綴られる物語へと変貌する為の理で在った。
「グッ!?」
「今我が背後にいる貴様に見せているものは我がアイデアの一つのペット、ペンタクルス、メタ創造から産み出した存在者だ」
作者すら一眼だけで支配下に置かれて洗脳状態に入ってしまう、その存在を考えたら、そのことしか考えられなくなる。
作者は夢中にそれを書き続けた、まるで自分の手の上から更に覆い被せた誰かの手が自身の手を、手首を動かしているのかと錯覚するほど自然に、執筆中に深い集中に、トランス状態に入る。
その存在を描くことに強烈な多幸感が脳内に溢れてやまなく成るのだ、、、これはその存在に脳内を支配・洗脳されて執筆してしまっているのだ。
現実世界の人に自分の登場を報せる、その認知から記憶に媒介、記憶の中に定着することで下の世界から消失しても新たに執筆し直させたりが可能になった。
記憶や記録、記事や記述、名簿や報告書等あらゆる記録媒体から、インターネットワークに流出することで希釈的に偏在してしまった画像や動画、それらから人々の認識に更に侵蝕、人々がその日その時その秒分に思考する意識的・無意識的な二次創作にまで普及していく、もはやその存在を消すなど不能、物語内外を侵蝕したそれはもはや
読者(観客)等、その現実世界の人間達に電波を通じて、口伝を通じて、伝播した情報、ソレ自体やソレに関連した記憶全ての一部や概念が残留する限り何をしたって絶対的に存在を消すことが出来ない。
画面越しのテレビの視聴者はリモコンを手に持ちながらもはやチャンネルは動かせない、ペンを握る著者はもう手を休めることはない、自分が描いた物語の読者となって、それの次の描写が気になって仕方がないからだ、小説家はその鉛筆を止めない、その文章に生成された文字列に夢中になった、釘付けになったあらゆる観客はもう終わりを迎えるほかにない。
それら全ての知的生命体はある種の一体感が産まれる、その存在の概念に認識も記憶も汚染され尽くして囚われてしまうのである、それらはその現実世界の存在の物理的に顕在する存在としての一部の細胞のようになってしまうのだ。
支配下の存在として情報を書き換えられて、非正規な登録させられて、所属させられてしまう、死とも生とも断定出来ない状態にさせられるのだ、そうして。
アルファの元にペンタクルスが帰還する頃、一つの現実世界の全知的生命体が滅亡していた。
「よしよしよくやったペンタクルス、君には二つ名も上げよう、天使の猟犬だ、なんか犬っぽい見た目だし」
「ワン!」
「あ、アイデアが投影されてマジの犬属性付与された、、、」
、、、。
「おっすベータ」
彼は序列二位ベータ、通称プログラマー、アルファの技能にはまだまだ及ばずだが、それでも高い技術力を保有している、まだまだメタ技能は習得してはおらずの時。
量子力学的に完全なる無(真性の真空)は実現しないもの、ほぼ無(偽性の真空)が普通で在る、不確定性原理の背後に存在する完全なる無(矛盾)を経由、完全なる無と不完全な無を媒介とする変遷、それらを扱える、言う(比喩する)なれば”パソコン”のような技能を手にしたのだ。
世界全体を自身の理想のままに設計し直す、それこそがパソコンで在る。
まず手始めにタイピングする、真空に分布する0と1から構成されているピット数列、量子系を弄り、ほぼ無の空間から素粒子と弦を生成した、量子真空を操ることでほぼ無の中から物質を生成することが可能になったのだ。
そこから紡ぎ、亜原子→原子→分子→高分子などと順序立てて形成していく。
より具体的にはクォークとレプトンを生成し強い力をタイピングし、陽子と中性子を結合。
中心の原子核へ、正確な確率密度関数で電子をトラップし電荷を完全に中和させ、安定した元素(水素、炭素、酸素など)を固定化。
電子軌道を重ね合わせ、共有結合やイオン結合のコードを実行、水や二酸化炭素といった基本パーツが空間に満たし。
数千、数万の原子を正確に連結、複雑な結晶構造、炭素ナノチューブ、そしてDNAのような複雑な情報高分子へと昇華させたのだ。
と言った物理的な操作のみしか出来ないほど矮小な存在だった、いまや対象化を理解しており。
「塵芥が」
「うご!?」
自分自身をその物語世界の中に登場する存在として、メタ的な俯瞰を、そして情報や数式から構成される仮想空間だとして認識、自身の主観を画面越しの視点を持って遊戯分身だとして再解釈・再定義する。
まずは物理的に存在している状態、一般的には肉体があって、眼から認識可能な可視のもの、物理的で有る物質が規則的に集合して存在する、物理の法則、生の概念にも死の概念にも囚われた窮屈な状態にある量子情報的には1。
物理的に存在しない≠完全に存在しない、そんな基本的な話だが、物理的には存在しないが非物理的には存在している状態、量子情報的に0な存在だっていると思うよ、心理の法則に従った存在がね、情報や概念のようなものに類似する、生きている状態と死んでいる状態どちらでもありどちらでもない。
そうして1でも0でも、その重なり合いでも無い、今まで生きて来た現実世界を物語だとして、一段と階段を登る、それらを操っているプログラマーはまさにそのような0か1か両方かそうで無いかと言う選択肢を選択する側であった。
「お疲れ様ですアルファ様、そのワンちゃんは」
「最近作ったペンタクルス、お前もアイデアを投影してエネルギーを投射してって、一次元空間の生物種をコロコロっとイメチェンして二次元空間→三次元空間→ 四次元時空の生物種に変換してったら行けると思うよ」
「なるほど、今度やってみます!」
、、、ベータ、彼もまた自殺願望を抱いた存在だった、外見至上主義の社会に晒され、絶望の淵にいた、だがしかしアルファが発言した言葉(真理)が、今の彼の指針になっていた。
「誰しもが脆弱性を抱えるものである、故にして劣等は生き抜く為に必要な材料でも有るのだ、これを抱えながら爆破してより高い場所に飛躍するのだよ、意識には常に美が醜を含み醜が美を含むような循環した矛盾的概念として、自身の評価軸の正しいを正当化し続けていけ、それこそが外見至上主義社会を生き抜く処世術で在る」
その言葉は、ベータに究極の美的感覚を感じささせた、究極の美的感覚は先天的なものでは絶対に身に付かない本質的な技術で、生物の進化の為に表面的に用意された角度や比率に夢中に成る程度の人間には成り退がると言う、退化と言う名の進化を辿ることは、種の存続を自らが停滞させるに等しい愚行である、故に究極の美的感覚を有することこそが進化や社会的な改革に必要なものである。
それだけじゃなかった。
今あなたの目の前に美善な外見をした人と醜悪な外見をした人が居ました、そう言った状況となった時に人間は、必然的に悪い選択肢を後者の人に宛がってしまうのです、このような状態を第一次印象付けと言って認識ラベル(偏見)を貼ってしまう状態です。
本質的に人間には分析性と適応性が在り、相手を解釈する為にパターン化されたものを当て嵌めてしまうのです。
生物皆進化の過程でいずれにせよ”臆病”に成り易い、人間も例外ではない、臆病さと高い知性による分類癖(潜在的差別思想)から、そのような”本質を見極め切らない状態での単純化”してしまう、このような欠乏多様的な状態は非常に良くない。
※必要以上に複雑化してしまうことを過剰多様として、このような状態を欠乏多様と呼称する。
外見至上主義的思想に基づいた分析心理学的印象論に於いて、人生を生きる間に人間は器を形成します、蓄積されて形成される個人的意識下つまり個人的無意識に小さな原型としてそのような局所共有性の、その名も経験的器を。
非普遍な偏った認知の歪みがフィルターに掛かってしまう、だがしかし本質的な部分では理解し難い真実があるのも理解しているのだ。
醜があるからこそ対比される調和の美が映える、そんな美が無惨にも引き裂かれるからこそ対比される不調和の醜が冴えなさが浮き彫りになる、存在の聖邪を感じ取ろうとしてしまうと言うことに。
だが違和感を孕む、それは摩擦からである、理性・感性は無意識的に美は美醜を、醜も美醜を包括するそのものの二項対立(本質的な美学)が経験的器に対して新たな経験値を蓄積すること、関わり合いを持つことから定義は徐々に再定義され始める、このような場合を第二次印象変化と呼ぶ。
どれだけ醜かろうが趣味が合ったり、いい奴だったり、そう言った初めにあった印象とのギャップが、この経験的器を正しく陶芸する、物理美的感覚ではなく、心理美的感覚を研ぎ澄ませるのだ。
どれだけ清楚な美人だってタバコを吸い、舌打ちに中指に口悪い、そんなやつに対して美しさなんか1ミリも感じないのだ、歪み過ぎたプラシーボ効果、物理美的感覚による思い込みが、そのような醜悪である筈の美人を合理化してしまうこともあるがギャップが広がればそのような歪みも矯正される、つまり真実は不変で在る。
二律背反の矛盾を内包して、自分の真に正しいと思った方に向かって歩いていくべきだよ、たとえ誰かが用意した正義が自身に牙を剥いたからって、自分の正義が悪なわけではないのだから、その自分自身こそを正当にするべきである、自己を中心として考えて利己的に、我儘にでも自分自身を押し通せ、と。
「先輩から学んだ考え方、フレーム、センス、そしてビジョン、ずっと大事にして行きます」
ベータがボソリと呟いた。
「ん?どうした?」
「いえなんでもありません」




