第97話
それを見た瞬間、エイガは顔中の血の気が引いて、モイに駆け寄る。
「モイ!? ねぇモイってば! ノーマンさん! モイが!!」
「落ち着け、まず。ちょっと見せてみろ」
ノーマンはモイの腕を取った。
「1、2、3——」
30秒まで数えたかと思うと、今度はモイの胸に耳を当てる。
最後に胸の動きと、首を触れば、ふぅと安心したように息をついて、コクンと頷く。
「多分痛みで気絶してるだけだな」
「寝てるだけっすか?」
「そうだ」
「よ、よかったぁ……」
エイガは気が抜けたようにヘナヘナとその場に座り込む。
ノーマンはそんなエイガにフッと笑うと、くしゃくしゃと頭をかき回すように撫でた。
「魔法も使えないのに、こんな時まで他人の心配か。とんだバカだな」
「えぇ……」
「だが今回で俺はお前のことがまた好きになった」
「ファ!? な、何を」
「あ、変な意味じゃないから、勘違いすんなよ、気持ち悪い」
「上げて下げるのが好きなんすか。日本ならパワハラで訴えられるっすよ、ノーマンさん」
エイガがブーブーと文句を垂れているのを、なだめるように撫でていたノーマンだったが、「さて……」と気を取り直すように、後ろで悶えている秋山に視線を移した。
「俺の弟子に手を出したんだから、分かってるよな」
秋山は少し地面に吐瀉物を吐き散らかしながら、苦しさにブルブルと震えていた。
秋山は何度も胃から上ってくるものを飲み込みながら、ノーマンの顔を見上げ、睨みつけた。
「お前……何をした!?」
その顔に大人しい委員長の姿などなかった。
煮えたぎる怒りを剥き出しにして、今にも喉仏に食らいつこうとしているような——怒りという本能に支配された獣のようだった。
「おーおー、流石勇者様は威嚇がお上手なことで。剣をまともに振れやしないのに、虚勢だけは1人前でいらっしゃいますか」
委員長の前に座り込むノーマン。
「んじゃ、もう一段階上げるか」
ノーマンがパチンとまた指を鳴らせば、秋山はさらに苦しみだした。
その様子を後ろから伺っていたエイガだったが、恐る恐るノーマンの肩越しに委員長を覗き込んだ。
「ノーマンさん、委員長になんの魔法をかけたんすか?」
エイガをちらりと肩越しに見たノーマンは、肩をすくめて見せる。
「見てろ?」
ノーマンは悶えている秋山の耳の上あたりの頭を軽く叩いてみせた。
すると委員長はさらに苦しみながら、胃液を吐き出す。
「目の前の景色が動いていないのに、体なんかが揺れていると、吐き気を始めとした体調不良が起きることがあるんだよ、箒に慣れてないやつとかがよくなる病気だ。安静にしてれば、すぐ治るがな」
「車酔いみたいなやつっすか?」
「車? はわからんが、”花運び”で軽い脳震盪を起こして、擬似的に耳あたりの器官に振動を与えただけだ。それだけで人間はこうなる」
「そうなんすか……」
エイガは改めて秋山をちらりと見やった。
悶える秋山がふいにぎろりとエイガを睨む。
エイガはヒッと喉から声を鳴らしながら、目をそらした。
エイガの息は浅くなり、手は震えている。
委員長への罪悪感なのか、それとも愉悦なのか、安堵なのか、エイガに測りきれない感情がこみ上げてきて、頭の中がぐちゃぐちゃになってくる。
目の前の秋山をどう見ていいのかわからず、俯いたままだった。
ノーマンはそんなエイガをしばらく見ていたが、突然エイガを自分の前へと押し出した。
「え⁉ なんすか?」
「お前はこいつをどうしたい?」
「え?」
突拍子もない言葉に、エイガは戸惑うが、ノーマンは構わず喋り続ける。
「この世界で生きるなら大事なことだ。殺したかったら殺せばいい。殺したいけど殺せないなら、俺が殺してやる」
「え、そんなの駄目に決まって……」
「よくも悪くもお前らは立場上奴隷だって、どうせアレーシアに聞かされただろ」
いつも最後まで話を聞くノーマンが、エイガの言葉を遮った。
ため息交じりに、もう一発秋山を小突けば、秋山はまた苦しみだす。
「ノーマンさん、そこまでやらなくても——」
止めようとしたエイガの肩を掴んで、ノーマンは子供に言い聞かせるような目で、エイガと視線を合わせる。
「殺しても別に罪には問われない」
一呼吸おいて、ノーマンはエイガに言い聞かせるように言った。
「お前が決めろ、お前とお前の仲間を傷つけた敵の処分を」
それを聞いた瞬間、エイガはこきゅっと喉を鳴らした。
「え?」




