第99話
地面に横たわっていたモイを姫抱きにして、ノーマンが歩き出す。
その背中をエイガが追いかけようとすると、ふと後ろから地面から這い上がるゾンビのような声が聞こえた。
「ま……て」
エイガが気が付いて振り返ると、そこにはこちらに手を伸ばす秋山がいた。
ノーマンは気が付いていないのか、それとも気が付いていないふりをしているのかはわからないが、そのまま歩き続けている。
しかしエイガは、吸い込まれるように委員長の方へと走り寄り、秋山の口元に耳をすませた。
「負けたなら殺せ、さっさと殺せよ」
「委員長……」
エイガは言葉に詰まった。
「僕がお前に負けたなんて……お前が殺せよ!僕への罪滅ぼしで!」
「それは……」
秋山はもう体力も限界なのか、片方の目が閉じている。
エイガは少し迷った後に、何やら覚悟を決めたようにスッと息を吸って、委員長の頭に触れた。
「俺さ、委員長のこと大好きだったよ。だから委員長のこと嫌いになれないけど、今は仲良くしたいとは思えない」
「殺せ、殺せ、殺せ!」
「だからきっと、殺そうと思えば殺せるのかもしれない。案外平気なのかもしれない。俺はそれくらい冷たい人間なのかもしれない」
「さっさと殺せよノロマ!」
「でも!」
エイガは秋山の手を取った。
「委員長を殺せば、俺はずっと苦しみ続けるんだきっと!」
「は?」
秋山は意味が分からないと言った風にかすれた声を漏らした。
エイガは秋山の手をさらに強く握って、秋山をまっすぐと見つめていた。
その瞳は嘘偽りなく、純粋な瞳そのものだった。
「自分勝手とは思うけど、呪いを自分でかけたくないんだ」
「……それくらいいいだろ、お前を救ってやったんだ、お前のつまらない正義感のためを優先するなんて――」
「これ以上言わないでくれ。傷つくから」
「何を言って――ムグッ」
エイガが秋山の口を軽く塞げば、秋山は一瞬ピタリと動きを止めた。
秋山は今の状況を理解したのか、ゴロゴロと体を動かし抵抗を始める。
しかし、エイガはさらに口を強く塞いだので、その手は秋山の口から離れることはなく、秋山の吐き気もひどくなるばかりだった。
そんな秋山を見ながら、エイガが何度か瞬きをすれば、涙が溢れてくる。
――あぁ自分は弱いな。
なんて頭をよぎっていく言葉と一緒に、エイガは流れ出る涙を飲み込んだ。
涙を袖で拭って、エイガは自分を睨む顔を見つめ返す。
「俺は委員長も幸せにしたいけど、モイも、ノーマンさんも、オーリアさんも、あのクマみたいなおじさんも、肝っ玉母ちゃんも、あの子供も、みーんなみんな笑っていてほしい。俺が目指すのはそういう治癒師なんだ」
「む、むー!」
「俺が嫌な思いしたら、苦しんだら悲しむ人がいる。俺が自分を犠牲にする方法しかしらないから、代わりに傷つく人をもう見たくない。だからこれ以上委員長と話すともっと傷つくから、もう話さない」
吐き気の限界が来たのか、エイガの手のひらに委員長は吐瀉物を吐いた。
しかしエイガは手を離さない。
「ごめん、とりあえず今までごめん」
エイガは苦笑した。
「委員長も幸せになる方法が見つかるまで、俺のこと恨んでてくれ。委員長にも死んだら悲しんでくれる奴はいるだろ? そいつらのためにも自分のこと大切にしてくれ」
そう肩をくすめて、笑い、エイガはノーマンの方へと走っていった。
口が自由になった委員長は負け惜しみのように、エイガに叫ぶ。
「許さないからな!お前なんて地獄に落ちろよ! この世で一番不幸になればいい!」
秋山がそう叫んだが、エイガが振り返ることはなかった。
ふと見えたのは秋山を冷たく見据える緑眼。
その手には物理を司る魔法である白の精霊がまとわりついていた。
「遮音魔法か……」
秋山はもう自分の声が届かないと知ると、その場に突っ伏した。
「少しくらい堕ちろよ、なんでお前だけずっと綺麗なんだよ」
秋山のぽつりとつぶやいたその言葉は、誰にも届くことはなかった。
コツンと秋山の前に何かが落ちてきた。
黄色に輝くビー玉が二つ付いたバングル。
アレーシアの通信用魔道具をノーマンが投げ捨てたようだった。
朝日が昇る。
反射したビー玉の傷が見えてきて、秋山はさらに惨めな気持ちになった。
「……いねぇよ、僕にそんな奴」
秋山はそう言い残しながら、揺れる視界の中で意識を手放したのだった。




