第100話 閑話
ノーマンが秋山と対峙している際、流しの間にてアレーシアは、目を覚ましていた。
「うーんやっぱり負けたかぁ」
呑気に伸びをしながら起き上がると、視界がまだ暗い気がした。
ぼやける目をこすりながら、辺りを見渡すと、情けなく盆の隅っこに引っかかっている自分の一番弟子がいた。
なんとも無様で、あともう少し流れれば、死体だらけの谷底に仲間入りをしそうな弟子である。
ノーマンに言われた通り、自分の弟子は修業が足りないな、なんて思いながら、アレーシアはリアムの元へと歩いていく。
「ほらリアム―、おーきーてー」
そう言いながらアレーシアが魔法で容赦なくリアムを足を思いっきり引っ張れば、リアムの体は勢いに任せて宙を舞い、受け身も満足に取れない体制のまま盆の上に落下した。
「あ」
「へぶっ!」
その衝撃で覚醒したのか、リアムは鼻血を垂らしながら、目を覚ます。
「……ここは?」
最初は今自分が置かれている状況が理解できていなかったようだが、ハッとしたように辺りを見回し、アレーシアを見つけたかと思うと、目の前にまるで兎の如く、素早く飛んできた。
「ア、アレーシア様⁉ ご無事で⁉」
「おはようリアム君。初っ端で退場して飲んだ水の味はどうかな?」
アレーシアが髪をいじりながら、そう聞けばリアムは何があったのか、すべて思い出したようで、悔しそうに顔を歪める。
「すみません、私の力及ばず……鼻も痛いし。ノーマンの野郎……」
アレーシアはその言葉にピクッと肩を揺らす。
どうやらリアムは、アレーシアのせいで鼻血が出たということに気づいていないらしい。
なるほどこれは都合がいいと、アレーシアは素知らぬ顔をして話し続けた。
「いやーリアム。流石に舐めすぎだよ。いくらノーマンだからって、腐っても四天王なんだから」
アレーシアの言葉に肩を落とすリアム。
「すみません、今のノーマンなら勝てると思ったんですが」
「私がノーマンを雑魚雑魚言ってるのは、精神面の話だからね。周りの雑魚って言葉を信じすぎちゃだめ。一番弟子として失格だぞー」
「返す言葉もないです」
つんつんとリアムを笑顔でつついていたアレーシアだったが、ふと目が鋭くなる。
「改めて教えておくよ、正直ノーマンに勝てる生き物は、おそらくこの国で一人もいない」
リアムが首を軽く傾げる。
その仕草にまだ幼いなと感じながらもアレーシアは話し続ける。
「今回がまぐれでないとおっしゃるのですか?」
「うん、正直私はノーマンに勝てるイメージが全くわかない。イメージできないってことはできないってことだ。腕一本ぐらいならもぎ取れるかもだけど、意味はないだろうしね」
アレーシアの周りには水子の精霊が集まってきて、アレーシアの体を撫でまわし始める。
それを撫で返しながら、アレーシアはため息をついた。
「ブルムなしで勝てないなら、正直私に勝算なんてどこにもない。今回が一番のチャンスだったんだけどねぇ」
「それはなぜ」
「リアム、それくらい自分で学びなよ」
「す、すみません」
「まぁしょうがないね、今の四天王は私を含め、規格外だから」
少しどや顔で言うアレーシアだが、リアムはそんなアレーシアを見ておらず、俯いて唇を噛んでいる。
恨みがましく、時々ノーマンの名前を出してブツブツと呟いているのを見て、アレーシアはまるで子供の癇癪を見るような目で、肩をすくめた。
「リアムはさ、その距離から私の脳幹だけを正確に打ち抜くことができる?座標指定魔法で」
「座標指定魔法ですか?」
「そう、この口の奥にある部分の脳ね、座標指定魔法だから絶対ずれちゃだめ。脳幹だけ焼いてって言ったらできる?」
アレーシアは大きく口を開けて、口の奥を指さしながらそう言った。
リアムは頭の記憶を探ったが、それを実行できそうな知識は出てこない。
「すみません、私が知る限りでは、そんなことは不可能かと……」
「その理由は?」
理由を聞かれると思っていなかったのか、リアムは一瞬目を見開いて、慌てたように頭の中を探る。
もしかしたら自分が忘れている魔術があるのかもしれないと、頭を回すが、一向に不可能な理由しか出てこない。
自分の頭に落胆しながら、リアムは気まづそうにアレーシアを見た。
「座標指定魔法は本来動くものには使えません……魔法学園ではそう習ったのですが……」
「そう、それが常識。でもねリアム。いつも言っているけど君はいい子過ぎるんだ」
アレーシアはそう言って水子の精霊たちをぎゅっと抱きしめた。
「それを越えていくのが、四天王、また幻精霊契約者っていうものだよ」
「……まさか、あいつはそれができるって言うんですか⁉」
「ご名答ー」
アレーシアが指を鳴らした。
リアムが信じられないと言った表情になり、そんなリアムを見たアレーシアは、水子達を撫でる手を止め、よしよしとリアムの頭を撫で始めた。
リアムはされるがままである。
「ノーマンと敵対して、命があるだけありがたいと思いなー」
「そんな……」
「ノーマンは確かに魔力はとんでもなく少ない。だけどね、その魔力への変換効率は歴代で桁違いなんだよ」
「変換効率?」
「魔力効率だよ、学園で習ったろ?」
「魔力効率って、種族によって変わるものでしょう。個人差が出るものじゃない」
「あぁそうさ、でもノーマンは、その壁を破ったんだ」
「そんなこと……できるんですか?」
「さぁね、おそらくノーマンが追放されていた時に手に入れた能力だから詳細は知らないけど」
アレーシアが水子の精霊たちをちらりと見た。
3人でじゃれ合っていた彼女らは、アレーシアの視線に気づくと、また近寄ってきて、アレーシアの頬、額、首へと3人が口づける。
水子の精霊たちは、満足そうにふわふわと出口の階段へと飛んでいった。
「かわいい子たちだ」
「なんと?」
「いいや、こっちの話」
アレーシアは箒を取り出すと、そこに腰掛けた。
「本当に、ノーマンは化け物だねぇ。一応こっちも幻精霊契約結んでるって言うのに」
箒に乗ったまま、ゆっくり階段に向かい出すアレーシアを、リアムは歩いて追いかける。
「……座標特定魔法は、精霊を配置する場所を正確に定めなくては発動しない魔法です。そんなことが可能なのですか」
「魔力効率を持ってして叶えたのが、あの馬鹿みたいな密度がいる魔法だよ。それがノーマンのオリジナル魔法である"花運び"。あの魔法がノーマンを四天王にした所以だよ。治癒魔法の腕はおまけみたいなもんだ。ノーマンが本気になれば、目の前にいる生物の脳を破壊することなんて簡単にできる、ここまで言って分かっただろ?」
リアムは未だに情報を処理しきれていないのか、俯いたまま立ち止まる。
少し先に行っていたアレーシアは、サッと箒で戻ってきて、ポンポンとリアムの肩を叩いた。
「ノーマンは手加減していた。その状態でやられてるなら、勝つなんて夢のまた夢だろ。気にするななんて言わないよ」
そのアレーシアの言葉に、リアムはだんまりとしたまま、そこから動こうとしなかった。
それにやれやれと首をふりながら、アレーシアは出口である階段の方に箒をすすめた。
少し先でこちらを覗いていた精霊たちを、また体にまとわりつかせながら、ふとノーマンが来る前のことを思い出す。
「あの少年、エイガって言ったっけ。なんか気になるんだよなぁ」
精霊の一人が首を傾げると、アレーシアはその頭を撫でた。
「いや、あんな魔力が少ないのにリアムの魔法を食らって起きてたのが、ちょっと気になってさ。召喚者なのに、あんな魔力が少ないのも気になる」
階段を上り終えれば、朝日が昇ってきていた。
廊下にはところどころ倒れた衛兵がおり、それを見ながらアレーシアははぁとため息をついた。
「ま、しばらくはノーマンにちょっかいかけないようにしよ。次は吐き気と失明じゃすまないだろうし。そろそろ出兵だしね。弟子たちも鍛え直しかな」
アレーシアは体を伸ばしながら、廊下を歩いていったのだった。
こちらで「ダッドエンド―最強治癒師の弟子となった出来損ないたち―」の第一章完結です。
お次は二章となります。ここまでお読みいただいた読者の方々に最大級の感謝を。
ゆっくりですが、精進してまいりますので、これからもよろしくお願い致します。
春鏡凪




