105.キース村
アンが執務室に入るとすぐ様、ルビーが心配そうな顔で駆け寄ってきた。
「大丈夫だよ」
ルビーが言葉を発する前にアンは笑みを浮かべながらルビーの頭をポンポンとした。アンは、テーブルに並べられたアンナとルビーが準備してくれた夕食が目に入ると、
「お。うっまそ〜! いっただっきまーす!」
と席に着くなりガツガツ食べだした。ルビーは呆れ顔で席に戻り、皆も互いに顔を見合わせて苦笑しつつも、ナイフとフォークを手に取り、食事を始めた。
「国王から、何か話があったのか?」
シンの質問に、皆一斉にアンを見た。ただの報告にしては時間がかかっていたことから、皆、きっと何かあったのだろうと気を揉んでいたのだ。
「あぁ……アルフレッドの代わりに危険な目に合わせて済まなかったとか、王太子の仕事はどうだとか……ま、今までろくに話す時間取れなかったから、この機会についでに聞いてくれたって感じかな?」
「そうでしたか。陛下も気にかけて下さってたんですね」
アンナがホッとした顔でそう言うと、ルビーも、
「まぁ、ヘンリーよりはアンのこと大事に思ってくれてるのかもね」
と冗談っぽく言い、皆が笑った。が、シンはリアムの表情が固いことが引っ掛かった。
「それにしても、どうやって王宮まで入って来られたのかしら。入城するには厳しい検問があるはずなのに……」
「それについては国王も、すぐに調べるように命じてたな。内部の者の手引きでもない限り、そう簡単には入れないはずだから」
「だよね……」
皆が押し黙ったちょうどその時、
ドドドンッ!
と強く、早いリズムで刻んだ音が扉の外から聴こえた。ノックというより、急いでここを開けろと言わんばかりの勢いに、リアムが素早く対応した。
「ヘンリーか?」
「あぁ、開けるぞ!」
と言い、リアムの返事も待たずにヘンリーは入室すると、すぐまた鍵を閉めた。
「何事だ?」
リアムが尋ねると、ヘンリーはアンナの方をちらっと見た。リアムが、
「アンナは、エステル王女殿下が最も信頼している侍女だ。情報を漏らすことなどない」
と言い切ると、ヘンリーは、少し渋った様子を見せながらも、急ぎ話し始めた。
「先日、キースの祭りの後、村人が何人か病院に運ばれたことは?」
「あぁ、聞いている。その後、結局、その祭りに参加していた全員が病院へ運ばれたんだろ?」
キースといえば、アンナが子どもだった頃と、成人してから秘宮に入る前まで暮らしていた村だ。リアムは、不安な表情を浮かべているアンナの様子を横目で窺いながら、話の先を聴いた。
「あぁ。そして、ついさっき、最後の一人が亡くなった……」
「え? 最後の一人って……」
その言葉に反応したアンナが、顔を青ざめながら立ち上がった。
「全員亡くなったんだ」
ヘンリーの答えに、アンナがふらっと倒れそうになったところを近くにいたシンがサッと立ち上がり支えた。リアムは、アンナを頼むというようにシンを見ると、ヘンリーに向き直った。
「確か、祭りの間は、皆元気にしていたんだよな? 集団食中毒か何かか?」
「いや、祭りで出されていた飲み物も食べ物も全て調べたし、保管、調理、管理、どれをとっても食中毒の原因となるようなものは見つからなかった。ただ……」
「ただ?」
「病院へ搬送した医療スタッフに、今になって、彼らと似たような症状が出始めたらしい」
「……伝染病か?」
室内に緊張が走った。
「まだ決まったわけではないが、念のため、隔離して治療を行うようにとの王命が出た。王族は、原因が判明するまでは王宮から出ないようにとのお達しだ」
ヘンリーがアンの方を見た。
「……あ、俺ね?」
アンの緊張感のない返答に一抹の不安がよぎったヘンリーだったが、すぐに気を取り直し、
「それから、秘宮に出入りする者も、秘宮と王宮以外の外出は当面不可だ」
「え? じゃぁ、俺達全員、王宮と秘宮から出られないってことじゃん」
リアムの代わりにアンが返答すると、
「そうなります。くれぐれも勝手に外に出たりしませんように」
とだけ答え、ヘンリーは再び出て行った。シンに支えられていたアンナを引き受けながら、リアムが、
「大丈夫か?」
と声をかけると、アンナは、
「どうして……」
と、その先を言葉にすることもできずに泣き崩れ、肩を引き寄せてくれたリアムの胸に顔をうずめた。両親を亡くし、親代わりとなってくれていたエステルも未だ目を覚まさず、ついには、ずっと親しくしていた村の仲間達まで、皆、アンナを置いて行ってしまったのだ。リアムは、
「今日はこれで失礼する」
と言って、アンナを連れて出て行った。扉が施錠されると、アンがぼそっと言葉を漏らした。
「シンが言ってた通りになってきちゃったね」
「あぁ。ついに、アーム王国にまで……」
homeを訪れる前、リアムとヘンリーも交えた五人で話をしたことがあった。その時、シンが「気になることがある」と言って話したのが、外の世界、つまりシンたちの住む世界にある小さな村で発生した病のことだった。シンの情報によれば、それは意図的に作り出された伝染病の可能性がある、ということだった。誰がどのように、何の目的で作り出したのか、今もって掴みきれていない。
「さっき俺を襲ってきた奴らが言ってたこと……」
「俺たちが戻らなければ、ことはすぐに決行される……か」
「あいつらの仕業かな?」
「あり得るな。タイミングが良すぎる。まるで見せしめのような……」
「黒幕の見当はついてるんだろ?」
シンの心の内を読んだかのように、アンが聞いてきた。
「まぁな。だが、確信はない。今回、アーム王国で最初の患者が出たキースは、ただの小さな村じゃない。アンナの両親を含め、代々王家に使える騎士が排出されてきたところだ。そこを敢えて最初のターゲットにしたのだとしたら……」
「王家への反乱ののろしを上げたってことか」
「可能性はある。今はお前が王太子だ。身の安全に気をつけろよ」
「あいよ」
シンは、アンの戦績と実力はよく知ってはいたが、
「油断するなよ」
とくぎを刺すと、アンはウィンクして返してきた。
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次回、このまま被害は広まっていくのか?!
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