104.狙われた王太子
「……これまで、俺は、自分がしたことは正しかったのかとずっと考えていた。だが、答えを出せないまま時間ばかりが過ぎていって……無力感に苛まれていたとき、リアムに『勇者としてすべきことをしているか?』と問われて、ハッとさせられたよ。俺はただ、罪悪感から逃れようとしていただけだったんだと。
エステルはずっと、誰に言われるでもなく、幼い頃から国民の、いや、全ての人のことを考え、誰もが幸せに暮らせる世界を作ろうとしてきていた。それをこの間、目の当たりにして、依頼された任務だけをこなしていた自分の小ささを思い知らされ、そんな自分にあきれたよ。けど、それで腐ってたらこれまでと何も変わらない。
エステルを、いや、始まりの令嬢を救うことは、人類を救うことになる。俺は、始まりの令嬢を救ってみせる。そして、エステルが成し遂げようとしていることを実現できるよう、支えていく。それが、勇者としてすべきことだと思う」
シンが一人一人の目を見ながら語った言葉が、長らくバラバラになってしまっていた皆の気持ちを、再び一つにしたようだった。皆それぞれに、感じたことを、思いのまま口にしだした。
「お嬢様が成し遂げようとされていること……」
「争いのない、誰もが安心して暮らせる世界を作ること」
「そのために、五つの石を探していた」
「これまでに見つけたのは四つ……」
「あと一つの行方は……」
*******
あの夜以来、皆は五つ目の石の手掛かりを探すべく、アンの執務が終わる頃に合わせて、王室図書館に集まり、禁書の間で調べものをするようになった。王室図書館の閉館時間になると、アンの執務室へ移動し、皆で夕食を取りながら、それぞれが得た情報を共有するのがルーチンになっていた。
「そろそろ時間だな」
秒単位の行動を迫られる世界に身を置いており、さらに皆を指揮する立場にいるシンの時間感覚は、時計が不要なほどに優れている。夢中になって調べていた皆が禁書の間の壁にかけられている時計を見ると、いつものようにきっちり閉館の十分前だった。アンナがテキパキと片付けを始めると、他の皆も自分が読んでいた本をテーブルの上に置いた。アンが、
「俺、まだ上手くやれないんだよね〜」
と言いつつ、呪文を唱えると、ヨロヨロと本が元の場所へと飛んでいった。が、一冊、宙を彷徨っている。それを見たリアムがブツブツと呟いたかと思うと、その本はヒュ〜ッと吸い込まれるように、本棚の一番高いところへと収納された。
「はぁ〜っ。さすがだね」
「練習すれば必ずできるようになる。これだけの短期間で、あれだけの冊数を一度に飛ばすことできるようになっただけでも大したものだ」
珍しくリアムに褒められたアンは、
「まぁ確かに、忍びの技を習得するよりは早くマスターできそうな気がするよ」
と笑って見せた。とはいえ、強い魔力を得て間もないアンにとって、それをコントロールするのは、忍術の鍛錬とはまた違った苦労が伴った。それでも、眠り続けるアルフレッドの代わりに自分にできることは何でもしたいという気持ちが、アンを奮い立たせていた。
夕食準備のため、一足先に王宮に戻るとアンナが言うと、ルビーも、
「あ、手伝うよ!」
と言って、一緒に出て行った。アンが、エステルがしていたのと同じように禁書の間を閉じ、三人が王室図書館から出た時には、辺りはすっかり暗くなっていた。行き来するものは皆、ランタンを手にしている。
シンが、唯一できる光の魔法で三人の行く手を照らして歩き始めると、アンとリアムはそれに続いた。禁書の間を出たところからアルフレッドの振りをしているアンに対し、すれ違う者たちはスッと道を開け、頭を下げた。
王宮に入る手前の庭園には、外敵を防ぐ目的もあり、人の背よりも高い垣根が植えられており、外からはすぐに中の様子を知ることができないようになっている。が、先頭を歩いていたシンが、
「待て」
と後ろにいる二人に小声で伝え、灯していた明かりを消した瞬間、何者かが垣根の向こうから現れ、三人に向かって剣で切り掛かってきた。まだ暗闇に目が慣れない中、気配と音でサッとかわしたシンとアンの後ろから、夜も目がきくリアムが前に出てきて応戦した。が、すぐに相手は一人ではないことが分かった。リアム達が戦っている脇から複数の影が現れた。
シンもアンを背にし、表向き、王太子を守るようにして戦い始めたが、一味の一人が、
「王太子を狙え!」
と言うのが耳に入ると、アンはニッと薄ら笑いを浮かべた。
「リアム、いいか?」
と念のため尋ねると、嬉しい答えが返ってきた。
「こいつらが、この城から二度と出られないようにすれば問題ない。存分にやれ!」
「だよね。じゃ、久しぶりに暴れさせてもらうわ」
と言いながらスッと剣を抜き、シンと並んで戦い始めた。王太子暗殺を企てるだけあり、かなり腕の立つ者ばかりだったが、アンの見事な剣捌きと動きの速さに、
「お、おい……どうなってるんだ?」
「王太子は病弱なんじゃないのか?」
「剣はろくに扱えないだろうって……」
「聞いていたのと全然違うじゃないか!」
と、一味は慌てふためきながら、何とか反撃しようとしたが、アンとシンは的確に急所を突き、次々と倒していった。
「剣だけで、これだけの人数を生かしたまま倒すとは……お前たちには毎回驚かされるな」
精霊魔法で一味を一括りに縛り上げながら、リアムが敬意を込めて言った。
アンは、それに応えるようにリアムに向かって微笑んだ後、
「さぁて君たち、誰の差し金で俺のこと狙ったのかな?」
跪かされ、アンを見上げている一味に向かって尋ねた。だが、誰も口を割ろうとしはない。
「あのねぇ、俺、こう見えて結構気短いんだよね」
と言いながら、リーダーと思しき男の目の前に剣の先端を突きつけた。男は、
「ひっ!」
と顔を後ろに引こうとしたが、後ろで縛られている自分の仲間の頭に思い切りぶつかり、二人は、
「うっ!」
と痛みを堪える声を漏らした。別の男が、何とか魔法の縄を解けないかともがいていたが、もがけばもがく程、魔法の縄はキツくなっていった。
一味をまとめて縛り上げている縄が、彼らの体にどんどんと食い込んでいくと、
「ぐぁぁっ……」
と苦痛に耐えかねて、白目を剥き始める者もいた。すると観念したのか、開き直ったのか、突然リーダーらしき男が笑い出した。
「ハハハハハハハ! 俺たちが戻らなければ、ことはすぐに決行される! 王太子よ! 我が身を差し出さなかったことを後悔するがいい!」
と叫んだと同時に、シンが、
「マズい!」
と言って、結界を張ろうとしたが、一味は全員口から血を流し、その場に崩れ落ちた。
「ちっ! 捕まったら自決するよう言われてたのか」
アンが悔しそうに言うと、
「いや、何者かに口封じされたようだ。一瞬だけ魔法が使われた気配を感じたが、もう姿を眩ましたようだな」
シンが、同意を求めようとリアムを見ると、深刻そうな顔で何かを考えているようだった。
「何か気になるのか?」
シンの問いに、リアムはハッと我に帰り、
「今のは……」
と言いかけて、
「いや……」
と言葉を濁した。アンは、騒動を聞いて駆けつけてきた王室騎士団員達に現場の処理を任せ、
「ヘンリー!」
と呼んだ。王太子付きの精霊であるヘンリーが、どこからともなく現れ、サッと周りを見渡し、状況を把握すると、
「遅くなり申し訳ありません。お怪我はありませんか?」
と体を気遣った。アンが、
「我々は大丈夫だ。このことを父上に報告してくる。パトリック卿、リアム、私の部屋で待っていてくれ。すぐに戻る」
と言い残し、ヘンリーと共に国王の執務室へ向かった。
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次回、さらなる悪夢が?
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