103.仲間
帰りの道すがら、シンは改めて、始まりの令嬢と勇者について、どのように語り継がれているのか、リアムから聞いた。
「この王国に暮らしている者なら、始まりの令嬢と勇者のことは、おとぎ話のように、幼い頃から聞かされている。始まりの令嬢は、世を蘇らせるために生まれ、勇者はこの世の悪しきものを絶つために生まれる。そして、この二人が同時代に生まれ落ちるのは、間違いを繰り返す人間に、このままでは世が終わってしまうことを知らせるためだと。但し、人間が過ちに気づき、悔い改めるのならば、始まりの令嬢と勇者の光により、新たな世がもたらされる……と」
「始まりの令嬢と勇者の光……」
シンが自分の手のひらを見つめながら呟くと、アンが、
「エステルちゃんの光も必要ってことだね」
とシンに投げかけた。シンは顔を上げ、
「勇者としてすべきこと……しなきゃな」
と、表情をキリっと引き締めた。
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今朝は、終わりが来るとは思えないほど山と積まれていた書類が、夕刻になり、ようやく全て机上からなくなった。ヘンリー以外の者が全て退室すると、アンは王太子のヘアスタイルに似せた長髪のカツラを脱いでポーンと放り投げた。
「あ~、やっと終わったぁ!」
と伸びをしていると、コンコンッとノックの音がした。アンの投げたカツラを左手でキャッチしながら、ヘンリーは右手で扉を開けた。周囲の様子を確認した後、ルビーを部屋に通した。アンにとって、唯一リラックスできる時間がやって来た……はずが、入って来たのはルビーだけではなかった。その後ろから、シンとリアムも入ってきたのだ。
「はぁ~っ。俺の憩いの時間はどこへ行っちゃったわけ?」
口ではこう言いながらも、アンの顔は明らかにウェルカムと言っていた。今日、二人も一緒に来ることは事前に聞いていた。アンが二人掛けのソファに腰を下ろすと、ルビーは当たり前のようにアンの隣りにちょこんと座った。シンがテーブル脇の一人掛けの椅子に腰かけた時、再び、コンコンッとノックする音がした。まだ入口近くにいたリアムが扉を開けると、アンナが一礼し、目線を下に落としたまま入ってきた。アンナは黙ったまま、テキパキとそれぞれの前にお菓子を並べ、お茶を注いでいった。アンナは、まだシンと目を合わせようとしない。
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昨夜のことだ。シンがエステルの部屋から出て行くのを柱の陰から見ていたアンナに、リアムが小声で声をかけた。
「まだそんなことしてるのか?」
アンナは、急に後ろから声がしたので、
「わ! びっくりするじゃない!」
と小声で言い返したが、それ以上は何も言わず、下を向いて黙り込んだ。リアムは、ふぅっと小さく息を吐くと、
「お嬢様のところに行くんだろ? 俺も一緒にいいか?」
とほほ笑みかけた。アンナは、また怒られると思い肩をすくめていたが、リアムの表情を見てほっとした。
「もちろん! 早く、早く!」
目をぱぁっと開き、声を弾ませ、リアムの上着の袖を引っ張りながらエステルの部屋に入った。エステルの黒髪を丁寧にブラシで梳きながら、
「こんなに艶やかな髪をなさって、お体だって温かいのに、どうして目を覚まして下さらないのかしら……」
とアンナが呟くと、リアムが言いにくそうに切り出した。
「アンナ……パトリッ、いや、シンが……」
その名前を聞いただけで、ビクッと反応するアンナに、どう話したものかと戸惑いながらもリアムは続けた。
「お嬢様のために、俺達にもできることがあるかもしれないって言ってきたんだ。きっと、何か考えがあるんだろう。今夜、皆で集まって話をしようってことになったんだが、お前も一緒に行かないか?」
「……お嬢様のためにできること?」
「あぁ」
アンナは、視線をリアムから再びエステルに戻し、しばらくじっと見つめた後、ボソッと答えた。
「……いいわよ」
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そして今、久しぶりに皆が揃った訳だが、何とも重苦しい空気が漂っている。こんな時、突破口を開いてくれるのは、いつも決まってアンだ。
「おぉ、アンナちゃん、ありがと! 相変わらず気が利くね~。ヘンリーのやつ、ろくに休憩も取らせてくれないからさ、脳が甘いもの欲しがってたんだよね~」
ヘンリーは既に退室していた為、アンはここぞとばかりにくつろぎながら、こんがり焼き上がったばかりのスコーンをポイっと口に放り込んだ。
「ヘンリーって、昔からあんなスパルタなの?」
「スパルタというより、ヘンリー自身が疲れ知らずなので、休憩という言葉をそもそも知らないのでしょうね」
アンナが真顔で答えたので、アンがぎょっとした顔をして、
「マジで?」
と答えると、アンナはクスクス笑って、
「冗談ですよ」
と言った。それに対し、ルビーが、
「あれ? でも、アルフレッド王太子殿下のときはお体をいたわって、かなり余裕をもったスケジュールを組んでたよね」
と茶化すように言うと、
「アンドリューなら別にいいと思ってるんだろ」
と、リアムまで面白がって、突き放すような言い方をした。
「なんだよ、俺なら別にいいって~」
アンは、子どものようにふてくされた顔をして、どさくさまぎれに、隣りに置かれたルビーのスコーンをパッと摘まんで、むしゃむしゃと食べ始めた。
「ちょっとぉ! それ私のスコーン!」
最近は、盗み食いどころか、食事もまともにとっていなかったルビーが、残りのスコーンを食べられてなるものかと、お皿を抱えてもりもり食べ始めたのを横目で見たアンは、内心ホッとしながら、
「はいはい、じゃぁこれもどうぞ!」
と言いながら、自分の皿にのっていたスコーンをルビーの口に突っ込んだ。口いっぱいになって話せなくなったルビーが、ウーウーッと文句を言っているのを見て、皆笑った。リアムまで面白がって、
「俺の分も食うか?」
と意地悪な顔で自分のスコーンをつまんでルビーにやろうとしたとき、横からパクっと……
「え?」
食べたのはアンナだった。リアムが目を丸くしていると、アンナは少し頬を赤らめて、
「あんたが持ってるのが一番上手に焼けたやつだったから、人にあげるくらいなら私が食べようと思っただけよ!」
と言った。リアムは、ルビーと同様にこのところろくに食事をしていなかったアンナが久しぶりに食べてくれたことが嬉しく、
「ハハ! じゃぁ、これ全部お前にやるよ」
と満面の笑みで自分の分を皿ごと差し出すと、アンナは照れを隠すように、
「じゃ、じゃぁ……交換ね」
と言って自分のお皿をいそいそとリアムに手渡した。その後、アンナは下を向いたままリアムからもらったスコーンを食べながら、
「……パトリック様も良かったら召し上がってみてください。それ、二番目に上手く焼けたスコーンですから」
と言った。しばらくぶりにアンナに声を掛けられ、一瞬驚いた顔をしたシンだったが、
「あぁ、頂くよ」
と僅かな笑みを浮かべ、口に入れた。
「うまいな……」
シンは、久しぶりに食べ物の味を感じた気がした。
「うん……うまい」
シンがゆっくりと、噛みしめるように繰り返すと、アンナはさらに顔を赤らめ、
「当たり前です。誰が作ったと思ってるんですか?」
と、さっきよりスコーンを頬張る手を早めながら答えた。アンが、
「そりゃ、シェフでしょ?」
と冗談まじりに言うと、
「……アンドリュー様にはもう作って差し上げません」
とピシャリと言い切った。
「えーっ、そりゃないよぉ! これが最後のスコーンかぁ……」
と、しょんぼりしながら最後の一口を食べたアンの様子が可笑しく、皆が声を揃えて笑った。
(いつぶりだろうな、こうして皆でバカを言って笑い合うなんて……)
そう感じていたのは、シンだけではなかったようだ。明らかに、最初この部屋に皆が集まって来たときとは違う、温かな空気が流れていた。
ようやくシンが、ゆっくりと語り始めた。
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次回、新たな事件が?
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